ダークヒーローは流行らない

ヘロー天気

本編





 "オレ"の目の前に、コウモリのような羽を生やした耳の長い小鬼っぽいのが浮いている。ぱっと思い浮かんだのは、ファンタジーな生物でよく見るガーゴイル辺りか。


『お前ぇ死んだぞ』

「あ、そうなん?」


 ガーゴイルみたいなのにそう言われたので相槌を打つ。軽い。

 いつからここに居たのか、真っ白い空間がどこまでも続いており、自分の身体も無い事に気付くが、それに違和感を覚えない。

 こういうモノだと"オレ"は納得している。


『ふーん、随分適性が高けぇみてぇだな。取り乱しもしねぇし、存在が安定してやがる』


 ガーゴイルみたいなのは値踏みするようにしばらくこちらを観察すると、まあいいかと一つ羽ばたいて告げた。


『お前ぇは魔の陣営に選ばれた。そういう資質を持ってんだろうな』


「ま?」

『マ』


「んで、魔の陣営とはなんぞや?」

『マジで落ち着いてんな。簡単に言やあ神族に対抗する悪魔側の勢力てこった』


 神・魔の覇権と世界のバランス。神の陣営。魔の陣営。

 一つの人間界で生を終えた魂が、まだ未成熟で不安定な新しい世界に招かれて転生して、その世界の熟成に貢献するシステム。


『そういう生まれたての世界ってのが幾つかあるんだわ』


 相反する属性を担った存在が同じ世界の中で切磋琢磨し合う事で、その世界の存在力を高めて安定させる。

 いずれの世界も成長のチャンスと消滅のリスクを背負っており、成長に向けて活動する勢力と、消滅に向けて活動する勢力の戦いによって、その世界の姿形、結末が決まる。


『で、お前ぇは消滅させる側、魔の陣営に選ばれたってわけだ』


 魔の陣営に選ばれた者の役割は、送り込まれた世界を滅ぼす事。荒廃させるだけでも十分だという。


「こういうのって、普通は女神とかが説明に出てきたりするイメージあったんだけどなぁ」


 それで召喚先で勇者になるとか、何かチート能力貰ってスローライフ(スローライフではない)とか。

 オレがそんな異世界ものあるある展開について言及すると――


『ああ、あいつら上手くやりやがるよな』


 ガーゴイルみたいなのは「それな」という反応を示して、神の陣営側の活動について語り出す。


『昔は死んだら信仰する神の世界に招かれて、光の戦士になるってな言い伝えを信仰の施設から発信させてたんだがな』


 近頃は人間界の創作文化に干渉して、異世界という概念から紡がれる物語を通じて善性の者を広げようとしている。

 魔の陣営もそれを真似てはいるが――


『ダークヒーローはイマイチ流行らないみてぇでな』

「なるほど」



 それで、具体的にオレは何をすればいいのか問うと、『好きにやればいい』というお答え。


『まずお前ぇに付与される固有の特異能力だが』

「あ、そいうのは普通にあるのね」


『そりゃそうだ。仮にも世界の行く末、繁栄と滅亡を定める片陣営の使徒サマだかんな』


 こっちは滅ぼすほうだが、丸腰で送る筈がない。魔の陣営の案内人らしいガーゴイルみたいなのはそう言って、オレに与えられる能力の確認と説明をした。



 空気や水、土、魔力からあらゆる物質を生成できる能力。


『まあ有りがちだな』

「ありがちだね」


 そうして、オレはまだ未熟な世界の地上へと送られた。





 やたら適性の高い魂を地上に送り出した後、案内人のガーゴイルもどきは、次の使徒候補が現れるまでの数百年、地上の様子を観て過ごす。


 先ほど送った使徒は、付与された能力的に見ても『滅びの使者』としてはあまり期待は出来ない。使徒適性は非常に高かったようだが、付与される特異能力は個人の資質が反映される。


『チート能力で生産無双してちやほやコースかな』


 そんな風に思いながら観察していたら、案の定、最初に訪れた村をどんどん発展させて便利にしていく様子が窺えた。



 地上に降りた時から固有の能力を使って試行錯誤し、使い方を覚えてからは有用な物資を作り出して生存率を高め、数日後にはもうそこでずっと暮らしていけるような環境を構築していた。


 強力な武器防具も創り出し、衣食住にもまったく不自由しないのだから、これはしばらく停滞するかと眺めていると、意外にも自らその環境を捨てて旅に出た。


 人恋しさかとも思ったが、そんな雰囲気でもない。


 やがて降臨地点から然程離れていない辺境の寒村に辿り着いた彼は、そこで能力を発揮。貧しかった寒村は瞬く間に豊かな村へと変貌を遂げた。


 痩せた土地でも育つ作物に、恐らくこの近辺で最も繁栄している王都にも無いであろう自動組み上げ装置付きの井戸と上下水道。丈夫な防壁に温かい住居など。


 十数日間をその村で過ごした彼は、別れを惜しむ村人達に見送られながら旅立った。




『んー、やっぱそんな感じになるか』




 そうして辿り着いた最も近場にある小さな街に入った彼は、不況と凶作による物不足であえぐ街の人々に大量の物資をふるまった。

 食料も資材も足りていなかった街は、彼の大盤振る舞いで息を吹き返したように活気にあふれた。


「行ってしまうのかい?」

「オレには使命があるんだ」


「にーちゃん、またあえるよなっ」

「げんきでな!」


 次の街に移り、そこでも大量の物資をばら撒く。最初の寒村に施したような発明品の類は無いが、有り余る物資で街は大いに潤った。余った分は備蓄にも回せるし商人に売る事も出来る。


 突然景気が良くなった辺境方面の街の噂がその地方を治める領主の耳に入り、噂の真偽も計るべく彼に領主からの迎えが寄越された。


「我が領内で随分と勝手をやっていると聞くが?」

「領地とかに詳しく無くて」


「我の元で力を振るえ。さすらば貴様の身分は保証してやろう」

「りょ」


 領都に招かれ、辺境の領主の館に居を移してどんどん物資を供給する。彼を手に入れた領主は格安で良質な食糧や資材を大量に売り捲る事で近隣の市場を独占。


 『奇跡の領都』等と呼ばれ、領主の名声は急速に高まる。領民が豊かになる一方で、領主が儲ける事に走り過ぎた為に商売が立ち行かなくなる商人も続出した。


 物資の過剰供給で物価はどんどん値下がりし、内輪の商人たちが利益を出せなくなったのだ。


 遠方から大量の買い付けに来られる豪商以外の商人が寄り付かなくなってしまった領都だが、それでも物資に困窮する事はなかった。


 幾日かが過ぎた頃。国境に近い土地故か、『奇跡の領都』の噂を聞きつけた隣国に狙われる事となった。


「まずいぞ、貴様の情報が漏れたのやもしれん」

「まあ、あれだけ他国の商人呼びつけてりゃあねぇ」


 戦に備えようとする領主だったが、ここへきて懇意にしていた豪商たちが一斉に手を引いた。まるで示し合わせていたかのように、戦に必要な武器の調達をのらりくらりと躱すのだ。


「商人共が武器を売ろうとせん」

「出すよ」


 彼が固有の特異能力で創り出せるのは、生活を豊かにする物資に限定しない。

 切れ味抜群の刀剣類。丈夫で軽い盾。頑強且つ動き易い全身甲冑。強力な弓に使い易い機械弓まで、あらゆる贅沢仕様の武具がこれでもかと並べられる。


「兵士の数が足りぬ」

「傭兵を雇えば良いんじゃないかな」


 必要な資金は幾らでも湧いて出る。金が欲しい者には金を。良い得物が欲しい者には業物を。名誉の種は隣国から果敢に攻めてくる。



「ほ、本当にこれ貰っていいのか!?」

「すげぇ……見ろよこの剣、魔法効果が付与されてるぞ」


「俺、全身甲冑なんて初めて装備したぜ。意外と動き易いんだな」

「そんな訳あるか、この甲冑が特別なんだ。とんでもねぇ代物だぞこりゃ」


 大金を報酬に雇われた珠玉入り混じる大勢の傭兵達は、今まで手にした事も無いような素晴らしい装備を無料で配布され、大手傭兵団から末端の日雇い傭兵まで皆が勇猛に戦ってくれた。


 辺境伯の援軍が到着する前に隣国の軍勢を撃退して見せたのだ。


 この活躍で王都にまでその名声が轟いた辺境の領主は、叙爵が決まって王都の城に召致される事が決まった。

 これには彼も付いていく事になっている。


 王の印がなされた招致状には、『貴君が囲っている錬金術士を必ず連れてくるように』と綴られていた。


「貴様の事が、王都の貴族達にも知られている……」

「まあ当然、密偵とか来てただろうね」


 辺境の領主は彼を手放したくはなかったが、『奇跡の領都』を成した立役者たる彼のような存在は、一地方領主が囲っていて良い存在ではないという、中央貴族達からの圧力には抗えなかった。



 王都へ呼び出された辺境の領主は、隣国の兵を退けた功績と、優秀な人材を王都に献上した事への褒章という名目で爵位の階位上昇を賜り、数日の滞在後、自分の領都へと帰って行った。


 一緒に王都にやって来た彼は、到着した日から一人離宮に招かれ、隔離されていた。

 叙爵の式典にも参加せず、宛がわれた大勢の綺麗所きれいどころ(艶やかなお姉さん達。美少女も含む)にちやほやと持て成され、辺境の領主が帰った事は後で知らされた。


「まさに酒池肉林だなー」


「ご主人様、あーん」

「おにぃちゃん、これ美味しいよ?」

「さあ、お着替えしましょうね~」


 その間、彼は宛がわれている綺麗所の他にも、偶に様子を見にやって来るローブ姿や甲冑姿の偉いさんっぽい人達から請われるまま、あらゆる物資を生成して見せた。


 ローブ姿の文官っぽい人達は、鉱石や穀物に興味を示した。


「ふむ、この質の鉱石は後どれほど用意出来ますか?」

「いくらでも」


 ゴロゴロゴロ……と、最高品質の希少鉱石が山盛り現れる。


「っ! な、なるほど」



 甲冑姿の騎士っぽい人達は、良質な武具類に関心があるようだった。


「失礼する。貴殿が辺境の戦いで傭兵達に譲渡したという装備についてお尋ねしたい」

「あんまり詳しくないんで、そっちで調べてくれるかな」


 ゴトトン……と、先の戦いで味方に配られた武器防具一式が現れる。

 剣や盾、槍に弓に機械弓と全身甲冑まで、いずれも磨き上げられた光沢に細微な装飾彫刻も映える美しい仕上がりに魅せられる。


「おお、これは……!」



 そして彼の籠絡に宛がわれている綺麗所達は、宝石や装飾品をおねだりする。しばらく怠惰な隔離された日々が続いた後、正式にこの国の王に召し抱えられる事となった。


 彼の処遇に関しては、王室と貴族連合が彼の所属を何処にすべきかでかなり揉めたが、彼の従者に貴族連合の人間を置く事で王に仕える者として落ち着いた。




『はーん、順調に成り上がりライフってのやってんなぁ』




 彼は、王室に仕えるようになってからも、変わらず大量の物資を提供し続けた。

 王は王室の力を強化する為に彼を利用し、金や物で靡く貴族を際限なく派閥に加え、その勢力を膨らませていく。


 贅沢の限りを尽くす悪徳貴族がどれだけいても養える富。尽きない物資。彼の力を得た王国は、有り余る物量を以て君臨し、周辺国を怒涛の勢いで併呑していった。

 そうして、数年と掛からず大陸中央部の半分以上を占める巨大帝国へと成長した。



 栄華を極める新帝国。急激に発展し、今なお勢力を伸ばし続ける新帝国に脅威を覚えた諸外国は、同盟を結成して新帝国に対抗する。


「この情報は確かなのか?」

「間違いない。大手傭兵団や最近台頭してきた高ランク冒険者からも確認がとれた」


 新帝国に多くの間諜を放った同盟は、以前より噂されていた『奇跡の領都』の民から、彼の存在を突き止めた。

 無限の富の供給源。新帝国の力の源である彼に、諸外国同盟より刺客が放たれる。


「彼の者を討ち、帝国に痛撃を与えんとす!」



 その頃の彼は、新帝国の帝都となった旧王都の王城脇に建てられた『砦宮殿』にて、相も変わらず物資の生成をしていた。


 宮殿でありながら物々しい砦のような造りをしている『砦宮殿』は、彼を外敵から護る防壁でもあり、外へ逃がさない為の檻でもある。


 本来ならこのような施設に侵入するなど困難を極めるところだが、砦宮殿は造りと機能こそ本物なれど、管理運営している者達がハリボテだった。


 彼に宛がわれる大勢の綺麗所を目当てに希望して赴任して来る低位貴族の嫡男や、高位貴族家の三男、四男。

 爵位を金で買った貴族とは名ばかりの商人上がりなど、帝国貴族の中でも中央の煌びやかな世界からは縁遠い者達ばかり。


 労せず与えられる無限の富で栄華を極めた新帝国の人々は、いつしか力の源である彼の存在を忘れ始めていた。

 巨大帝国誕生の起爆点となった事は確かだが、それももう過去の話。


 今や唯一無二の超大国となった新帝国内で、魔導士や機械技師たちによって日々生産される大量の帝国製品の一端を担う、過去の功労者。



 彼自身は、砦宮殿であまり贅沢はしていない。この国に来た時から変わらず、淡々とした生成活動の毎日を送っている。


 怠惰では無いが覇気があるでもなく、酷く醜いわけではないが特に美形でもない、可も不可もない冴えない風貌。

 砦宮殿の最重要人物とされているので蔑ろにはされていないが、一部では使用人達からも侮られるほど軽視されている。


 彼に宛がわれた綺麗所も、ほんの一握りを除いて彼を便利な金蔓くらいにしか見ていない。

 乞えば与えられる金貨に宝石、装飾品。最近はドレスまで出すようになったが、彼女達が御執心なのは適当な伴侶や愛人を漁りに砦宮殿に赴任して来る貴族家の若者達だ。



「……この帝国を、ここまで繁栄させた英雄に対する扱いではない」

「そうかい?」


 ある夜。諸外国同盟の刺客が、彼の寝室まで侵入してきた。刺客は、砦宮殿内での諜報活動をおこなう中で、彼の境遇に違和感を覚えた。


 もしや影武者かと疑い、確かめるべく寝室に踏み込んでみたところ、一瞬で身動きを封じられた。彼が生成する物資の中には、防犯効果の高い道具や罠もあるのだ。


 それらが実際に生成される瞬間を目にした刺客は、彼が本物の『無限の富の供給源』であり、『新帝国の力の源』。そして『奇跡の領都』の立役者と謂われた錬金術士であると認めた。


 そんな新帝国の偉大なる英雄が、こんな場末のような爛れた愛憎蠢く砦宮殿で、半ば飼い殺しにされている。



 諸外国同盟から彼の暗殺を依頼された刺客は、信賞必罰しんしょうひつばつを重んじ誇りとする超精鋭一族の戦士である。故に、彼の境遇を捨て置く事が許せなかった。


 暗殺依頼は彼自身の力によって封じられたので、任務は失敗だ。仕事は終わった。それはそれとして、彼をこのまま放置する事は出来ない。


「我が国に来い。同盟の各王達を説得し、汝を賓客として迎える事を約束しよう」

「いいよ」


 軽く了承した彼は、この砦宮殿に住む極一部の本当に親しい人達にも声を掛け、彼に付いて行く選択をした者達を連れて、同盟の刺客と共に砦宮殿を後にした。


「こ、これは、空を飛んでいる……っ」

「これなら同盟の本部まで一日で着けるぞ」


「ご主人様、すごいです!」

「おにぃちゃんは神」

「寒くないですか~? ぎゅっとしましょうね~」


 飛行機械で空を行く彼は、星空のような夜景が広がる帝都の街並みを見下ろしながら呟いた。


「とりあえず、使命を一つ成せそうだな」



 異変は直ぐに現れた。彼が居なくなってから物資の供給が止まり、徐々に崩壊が始まる新帝国。帝国の魔導士や機械技師達による大量の生産品は、彼の物資が無ければ賄えない。


 最高品質の素材を元手無しで湯水のように扱えたからこその超発展。

 それが無くなれば全ての製造が止まってしまう事に、気付いていたのは彼と直接取引の経験がある一部の者達だけだった。


「鉱山を開拓しろ! 道具はあるのだ、出来ない道理はあるまい」

「無理だ。よしんば鉱脈が見つかったとて、品質が低すぎてこれまでのような開発は出来ぬ」


「インフラを維持する為の資材は確保せねば」

「兵器の維持が最優先だ! 我々は常に周辺国とやりあっておるのだぞ!」


「それは和睦で何とかしろ!」


 平穏で贅沢な暮らしに慣れきってからの破綻という窮状に人々は混乱する。

 帝国内に残った良質の資材や製品の買い占めが続発。奪い合いから殺し合いに発展するのは直ぐであった。




『ああっ! こいつ! わははっ なるほど、すげえなこいつ』


 ここまで彼の軌跡を見守って来た案内人ガーゴイルもどきは、感心して喜んでいた。


『富ませて、堕落させて、一気に、確実に滅ぼしやがった』


 それも、住人達がほぼ自らそれを選んだ。特別そっち崩壊へ誘導したわけではない。富まして、甘やかして、離れただけ。

 彼は『滅びの使者』としての使命をしっかり果たした。



 巨大帝国にまで膨れ上がった超大国が、一年足らずで瓦解していく様子を、魔の陣営の案内人ガーゴイルもどきは楽しそうに観察する。


『さあ、次はどうやるんだ? 期待してるぜ』


 崩壊した巨大帝国の良質な生活製品や兵器類は、周辺国へと流出した。火種は大量に撒かれている。


 そんな火種に油をくべるが如く、彼は今日もせっせと良質の物資を生成し続けるのだった。






   おわり



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