第9話

 「高校を卒業して二十二年が経ったお前さ、面白くない人生を生きているよなぁ。毎日、眉間に皺を寄せて、苦虫を潰したような顔をして、決まった時間に起きて、本社の事務所に行き、ストレスを思いっきり溜めてさ、それで生きているのを我慢しているんだろ?」と十八歳の高校卒の英雄が今の彼に語り掛けていた。


 「そんなに詰まらない生き方して、それで幾ら貰っているんだよ。月に五十万とか百万だろ? ボーナス入れたって知れているだろ? 『俺はもっと自分らしく生きてその世界で伸し上がってやるよ!』と青臭い世間知らずの生意気な小僧がこんな事を言っていたよな?」とそんな事を考えながら家に着いた。


 中古で買った家でも暖かく出迎えてくれる。家族はもう寝ているが、リビングに独り佇んでいた。高校時代の自分、高校時代の明子、現在の自分、現在の明子、優しい同窓生たちの事を考えていた。


 高校時代の同窓会から不倫に陥るという出来事は良くある。しかし、英雄は仲間との再会を通して、もう一度、自分の人生で忘れ掛けていたものを感じるようになっていた。その最たるものが心から笑える気持ちだ。


 忙しさに追われ、針の筵の日常の中で自分を見失わないようにしているが、そこには無表情で冷たい雰囲気で仕事をしている自分がいた。人の上に立つようなあまり良い上司ではないと分かっていた。


 何となく冷たさを前面に出して、部下にバカにされないようにして肩肘を張って生きていた。だから、家族以外の誰も信じられなくて時々、無性に寂しくなっていた。


 そんな時に、アッコの誠実さと心の底から笑っている笑顔、そして同級生の優しさに接した。いつの頃か眉間に皺を寄せて、苦虫を潰したような顔で仕事をしていた自分を再認識させてくれた。


 明朝、姉さん女房の妻に相談してみようと思った。今のゼネラルマネージャーという立場を辞めて、現場人間に戻してもらえるように上司に相談しても良いかと。はたまた、自分で独立するのはどうか?と。


 このゼネラルマネージャーの地位は英雄だけ一人で頑張って掴んだ地位ではなく、年上の妻に尻を叩いてもらいながら、二人三脚で掴んだ地位だったからだ。


 もう一度、末端の立場でご利用者さんのお世話をさせて頂き、原点回帰し、ご利用者さんと共に毎日、喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりの現場に戻りたい。あの頃の心から笑える自分に戻りたいと強烈に思った英雄だった。


 ― 了 ―

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あの頃の心から笑える自分に戻りたい @k-shirakawa

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