ビクトリーラーメンマンシリーズ第5弾 渡り鳥

ロックホッパー

 

  ビクトリーラーメンマンシリーズ第5弾 渡り鳥


                           ―修.


 「甲斐くん、ちょっと来て。」

 俺は課長から声を掛けられ、課長の席の前に立った。課長は、俺と一回りは変わらないであろう、30台後半の女性である。ショートヘヤーを後ろで小さく結んでおり、かっちりしたグレーのビジネススーツを着こんでいる。デスクから少し離れたところで足を組んで座り、ディスプレイから目線を外さず、マウスに手を置いたままだ。

 いままで課長は男性ばかりだったが、最近初めて女性の課長になった。かなりのやり手と社内でも噂の女性だが、自分が優秀なゆえに周りは馬鹿ばっかりに見えているのかもしれない。何か話すときも言葉は選んでくれず、ストレートに切り込まれ、俺の心が痛むことも多い。この前のAIロボットの課長は見た目もロボットで表情というものがなかったが、会話にはよほど親しみが持てたような気もする。

 「甲斐君さー、今までいろいろ調査してくれているけど、食材って発見できてないよね。特殊な能力を持った人も会社としては大事だけど、うちの課は食材調査課だからね。そこは理解してるよね。」

 あまりに鋭い指摘で、俺は黙り込んでうなずくしかなかった。


 俺は、人呼んで「ビクトリーラーメンマン」。とは言っても別に格闘家ではない。俺は汎銀河コングロマリット「ビクトリー・ラーメン社」の食材調査担当の単なるサラリーマンだ。ビクトリー・ラーメン社は「食」と名のつくものならなんでも扱っている。食品はもちろん、食品輸送宇宙船から、草食動物の移動動物園なんてのも扱っている。そして、人々は我々社員をビクトリーラーメンマンと呼ぶのだ。課長の言う通り、俺は今まで何度か色々な惑星に出張して、特殊な才能を持った人材や地下水脈などを発見して会社に貢献できたつもりでいたが、肝心の食材はうまく発見できていなかったのだ。


 「今、宇宙地図を眺めていたんだけど、トロイヤ星域って調査できてないのよね。今までの課長たちは何やってきたんだか・・・。甲斐君さー、数ヵ月掛けていいから、じっくり調査してみてよ。今度こそ食材をお願いね。いいかな。」

 「はい、わかりました。すぐ行ってきます。」

 悪気はないのかもしれないが、この課長の口ぶりは最後通告のように聞こえる。何か見つけるまでは帰ってくるなと暗に言っているのだろうか。何も見つからなかったらどうなるんだろう。

 「じゃ、よろしく。」

 そんな俺の不安など全く関係なしに、課長は自分の仕事に戻っていった。


 トロイヤ星域は、コールドスリープとその前後の通常宙航を合わせて片道3ヵ月ほど掛かる。星域には地球レベルの居住可能な惑星がいくつか含まれており、惑星間は通常宙航で数日かかるため、惑星1つに掛けれられる期間はせいぜい1、2週間といったところだ。俺は、星域の端から順番に惑星に着陸し、調査を進めていった。しかし、そう簡単に珍しい食材を見つけることなどできるはずもなく、2ヵ月近く過ぎようとしていた。

 「そろそろ何か見つけないと、いよいよやばそうな気がする。」

 俺はだんだん焦り始めていた。そのような状況のなか俺は次の惑星イーリアスに降り立った。この惑星には大陸や大洋がなく、せいぜい幅数10kmの大きさの島々が、広くても10km程度の間隔で点在している。宇宙から見るとそれらは入り混じってモザイク状に見える。陸上に大陸がないせいか、大型の動物はおらず、小動物と鳥が支配する世界である。小動物は海が渡れないためそれぞれの島で独特の進化を遂げているが、鳥は島から島へと渡ることができるためどの島でも同じようなものだった。一方、海には多くの島々から出る栄養分と複雑な海流とで多くの魚介類が生息していた。

 「ここならきっと何かあるに違いない・・・。」

 俺は半ば祈る気持ちで調査を開始した。しかし、大陸がないせいで、情報が各島に留まっており、連絡船で島々を巡りながら現地の人々にヒアリングするという、なんとも非効率な調査方法を取らざるを得なかった。


 いくつの島を調査しただろうか、俺はだんだんあきらめかけてきて、この日の夕食を迎えようとしていた。俺は、ホテルのそばにある居酒屋に入った。惑星イーリアスでは、どの店も海産物の料理が中心で、肉料理はあまり揃っていなかった。


 俺は、カウンターに座り、この星で何度食べたかわからない刺身の盛り合わせをつまみつつ酒を飲み始めた。そして、だんだん酔いが回ってくるにつれ女性課長のこと思い出してだんだん腹が立ってきて、いつの間にか店の主人に日頃のうっぷんをぶつけてしまっていたようだ。

 「ご主人、聞いてもらえますか。今度来た女性の上司が冷たいんですよ。頭が良すぎるんですかね。まあ言ってることは正しいんですけどね、物言いがストレートすぎて、いつもガーンとなるんですよ。部下がどう思うかは何も考えてないですね。どう思います。」

 「色んな人が居るからねー。お客さん、難しい上司だと苦労するねー。まあ、ゆっくり飲んで憂さを晴らしてね。」

 店主は他の客へ出す料理を作りながら、片手間に話を聞いてくれていた。

 「まあ、その前はなんとAIロボットが課長で血も涙もないと思ってたんですけど、今度の女性の課長のほうがよっぽど冷血なんじゃないですかね。今回の食材調査の出張も、何か見つかるまで帰ってくるなって、絶対思ってるんですよ。ひどいと思いません。口に出してこそ言わないですけど、これってパワハラですよね。」

 「そうなんだね。上司と仕事は選べないって昔から言うからね。今は大変かもしれないけど、優秀な上司に付いていけば将来出世できるんじゃないの。今はこらえ時かもね。」

 「そんなもんですかね。」

 俺は酒が回ってきてだんだん冷静な判断ができなくなってきており、店主の言うことももっともかも知れないなと思いつつ、次の酒の物色を始めた。

 「お客さん、食材調査って言ってたけど、何か珍しい食い物を探しているのかな。だったら、2、3年ぶりに、とっておきの渡り鳥が1羽だけ手に入ったんで焼いてあげようか。この冬の時期にしか手に入らない、かなりのレアものだからね。」

 「そんななものがあるんですか。あ、ありがとうございます・・・。」

 惑星イーリアスは雪が降るような寒さにはならないが、今は冬の時期である。鳥の種類によっては、気温の変化に合わせて、島々を渡っていくのだろう。俺は渡り鳥なんで珍しくもないのではないかと思ったが、店主の折角の好意なので素直に受け入れることにした。

 「ほらよ。」

 店主が出してくれたのは、広げた羽の幅が10cmほどの小さな鳥の焼き鳥だった。もったいぶって出すところを見ると、ものすごくおいしいのだろうか。逆にものすごくまずいという可能性もある。俺はとにかく食べてみた。渡り鳥は小さいだけに、骨も多く、肉もほとんどついていなかった。それほどおいしいものでもない。


 俺は、わずかな肉をかじり終わり、さて店主になんと御礼を言ったものかと逡巡していると、突然、景色が一変した。俺はなぜか屋外にいて、目の前にはどこかで見たことのある、ローマ彫刻が中央にある噴水の前のベンチに座っていた。

 「ここはどこだ・・・。居酒屋で飲んでいたはずなのに・・・。」

 俺はあまりのことに言葉を失った。これは夢ではないだろうかと思ったが、噴水の周りを歩く人々ははっきり見え、噴水の音も夢とは思えなかった。そして、俺はこの場所のことを思い出した。ここは俺が学生時代を過ごしたキャンパスだ。しかもこのベンチ、忘れもしない。彼女から別れを告げられたベンチだ。俺は、彼女に呼び出されてこのベンチで待っていたのだ。そして、彼女は少し遅れてやってきて、別れを告げたのだ。青春時代の苦い思い出だった。


 「待った。ごめんね。」

 彼女だ。記憶の通り、ポニーテールにニットを来た彼女がやってきた。久しぶりに見たが、やはりかわいい。しかし、記憶の通りならこれは別れを告げられたシーンだ。なぜこんなシーンを見ているのだろう。やはり夢なのだろうか。俺には全く理解できなかった。しかし、俺は理解できないまま、俺の意思とは関係なく彼女に答えていた。

 「いや、今来たところだから。それより大事な話って何。」

 俺は大事な話が何かはよく知っている。彼女は俺が優柔不断だからもう付き合えないと言うのだ。

 「そうだね。もったいぶってもいけないので、単刀直入に言うね。甲斐君とは何回かデートして、少し仲良くなったって思ってるんだけどさ、私って優柔不断でしょ。でも、甲斐君も優柔不断じゃない。二人でいると楽しいんだけど、このまま楽しい時間だけが過ぎていくようで、先が見えないんだよね。だからこれ以上深入りせず、前のように友達に戻ったほうがいいんじゃないかと思ってさ。どう。」

 彼女は「どう」と言っているが、彼女の中では結論は出ていたはずだ。ここで俺が何か言っても無駄なだけだ。当時はそう思ったし、今もその判断が変わるわけではない。彼女と別れるのは俺にとっては残念で大変悲しいことだったが、当時はその素振りを見せることも何か格好が悪いと思っていた。今の俺なら、格好悪くても、交際を続けるよう頼んでみるかもしれない。

 「そうだねー。そのほうがいいかもしれないね。二人でいても色んなことが決められないもんね。」

 俺は心と裏腹な返事をした。平静を装っていたが、心の中では大泣きしていた。

 「良かったー。なんか、ごめんね。でも、嫌いになったわけじゃないからね。また、みんなで遊ぼうね。じゃあね。」

 彼女は明るく去っていった。彼女にとって、俺はその程度ものだったのだろう。俺は、ベンチに座ってうつむいたまま涙を流していた。


 「お客さん、お客さん、どうだった。大泣きしてるじゃん。」

 顔を上げると、そこは俺が飲んでいた居酒屋で、店主が少し笑いを浮かべて俺を見つめていた。

 「え、俺、寝てた?」

 店主の言う通り、俺はボロボロと涙を流していた。

 「何か悲しい過去を見てきたんだね。でも、すごく現実感があっただろ。」

 「どういうことですか。」

 俺には全く理解ができなかった。やはり夢だったのか。

 「いや、先に説明すると面白くないんで黙ってたんだけど、今出した焼き鳥の渡り鳥は、ただの渡り鳥じゃないんだ。この辺じゃ「時渡りの鳥」って呼ばれている鳥なんだよ。この鳥は冬にしか見られない鳥なんだが、島から島へ渡っていく姿を誰も見たことがない。一説では、冬を越えた後は、次の冬に向かってタイムリープしているんじゃないかって言われている。もちろん、証明したわけじゃないがね。そもそも数も少ないし、小さい鳥なんで、見かけることも少ないんだろうけどね。」

 「時渡りの鳥・・・。」

 俺はつぶやいた。

 「肝心なのはここからだ。この鳥は未来に向かって飛んでいくんだが、その反動で過去へ向かう何かを体に蓄積するんじゃないかって言われててね。それで、この鳥を食うと、食べた奴が過去にタイムリープするんじゃなかろうか、とね。もちろん本当かどうかわからんよ。お客さん、ボロ泣きしていたところを見ると、彼女に振られたときにタイムリープしたんじゃないの。ははは・・・、いや、笑うところじゃなかったね。」

 図星だ。しかし、タイムリープなんて本当に存在するのだろうか。過去のシーンを鮮明に思い出し

ただけだろうか。俺は涙をぬぐいつつ尋ねた。

 「ご主人、これを食べるとみんな過去に行くんですか。」

 「そうだね。みんな、食った後、泣いたり笑ったりして現実に戻る。とっても珍しいだろ。」

 確かに珍しい。タイムリープが実在するかどうかはわからないが、少なくともこれは報告するに足る食材だろう。


 俺は居酒屋を出てホテルに戻り、女性の課長に報告を入れた。女性課長がスクリーンに大写しになると俺は少し緊張したが、事の顛末を報告した。

 「それは珍しいわねー。タイムリープなんて夢があるじゃない。すぐに別動隊の食材狩猟班を派遣するわ。まあ、数が取れないってのは厳しいけど、飼育できれば問題ないか・・。いや、未来に向かって逃げられちゃうかな。ははは。」

 俺の報告に満足したせいか、課長の機嫌は良いようだ。俺は恐る恐る聞いてみた。

 「珍しい食材が見つかったんで、今回の出張は完了ってことですかね。」

 「え、甲斐君、何言ってんの。まだ未調査の惑星残ってんでしょ。そんな適当な調査じゃだめよ。もう、優柔不断なんだから。ちゃんと給料分働いてね。」

 俺には、女性課長に俺を振った彼女の面影が重なって見えた。


おわり

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