2話 居心地の良い場所


 ミディリシェルが一人でいると、机に置いてある連絡魔法具が鳴った。


「みゅ?」

『言い忘れてたけど、服着替えて良いからね?クローゼットの中にあるから自由に使って。それと、隣に置いてあるスープ、できれば飲んで欲しいかな』

「あ、りがと」


 フォルから、そう連絡が着て、ミディリシェルは早速、服を脱いだ。


 クローゼットの中にある服を、適当に取って着るが、どれもぶかぶか。まともに着れる服が、一着もない。


「……どうしよう。とりあえず、お片付け」


 ミディリシェルは着れる服がないか、試して散らかしたのを片付ける。


「ふきゃ⁉︎」


 服を片付けている最中、何もないところで転んで、机に左足をぶつけた。


 ぶつかった衝撃で連絡魔法具が床に落ち、誤作動を起こし、ブーブーと連絡魔法具が鳴り響いている。


「ふきゅぅ」


 ミディリシェルが、ぶつけた左足を涙目で抑えて痛がっていると、扉が開く音がした。


「……どっから突っ込めば良いんだ?」


 ミディリシェルが人間の王国の姫だからと、散々冷たくあしらっていたゼノンが、呆れ顔で言った。


「……ぴぃ」

「とりあえず、服をどうにかしねぇとだな」

「……」


 ゼノンは服を片付けるのではなく、ミディリシェルは抱き上げられ、ベッドに戻される。


「何もできねぇんなら、大人しくしてろ」

「……」


 ゼノンが、服を片付ける間、ミディリシェルはベッドの上で座って待つ。


「自分でできるの」

「向こうでも全部やってもらってたんだろ」

「……お洋服これしかなかったから知らない」

「は?」

「……」

「……スープは溢れてねぇな?なんで、連絡魔法具落ちてスープは無事なんだよ。先に着替えしようとしたのか?」

「スープいらない。出されたものは食べないの」


 ミディリシェルがそう答えると、ゼノンは、手を顎に当てた。


「……」

「ふみゅ⁉︎」


 スープの入った器と、スプーンを持ったゼノンが、ミディリシェルの側へ来て、スープをスプーンで掬って、無理やり口の中に入れられた。


「毒なんて入ってねぇよ」

「ミディ……私、何も言ってない」

「警戒の仕方……悪い、多分勘違いだったんだな。お前は、あの国で悠々自適に暮らしていると思っていた。そういう噂があるし、人間の王国の姫なんてそんなもんだと思ってたから」


 ゼノンが申し訳なさそうな表情で謝罪する。だが、スプーンを持った手は動かしていた。


 一度口にして、その美味しさを知ったミディリシェルが、欲しそうにしていたからだろう。


「気にしてないし、謝られても迷惑なの」

「……その理由は今は聞かないでいてやるよ」

「……早く帰りたい。私の事ほっといて」

「ほっとくわけねぇだろ。少し目を離せば怪我してるのに」

「じゃあ、今すぐ帰らせて」


 優しくするゼノンに対して、ミディリシェルは受け入れず、ベッドの隅で、自分の膝を抱いて、睨む。


「だったら、早く薬飲んで安定させろ」

「……いらない。苦いし、これ以上貰いたくないから」

「なら、時間かかるが安定するまで大人しくしてろ」

「や。早く帰して」

「だめだ。部屋から昔使ってた服持ってくるけど、大人しく待ってろよ」


 ゼノンはそう言って、一度自室へ戻った。


      **********


 何かに怯え、人の優しさを拒絶する。何かに縋っている。少なくとも、ゼノンの目にはそう見えた。


「ここに来る前の俺みたいだな」

「君以上に警戒心が強いけどね」


 ゼノンが服を探していると、フォルが部屋を訪れた。

 

「……この時間っつぅ事は」

「今日は代わってないよ」

「大変だよな。二重人格」

「そうじゃないけど、そうだね。あの子の様子は?」

「早く帰してくれって言っている。どうするんだ?」

「ある程度安定するまでは帰さないよ。その後は、本人次第かな」


 帰す気がないという言葉を聞き、ゼノンはほっと胸を撫で下ろした。


「それより、ゼノン、正装って持ってたっけ?」

「多分」

「持ってるなら良いけど、ないなら言って」

「ああ」

「さっきから何探してるの?」

「リミュねぇ達が選んだ服がサイズ合ってないから代わりの服」


 フォルにそう言いながら、服を探していたゼノンは、ミディリシェルのサイズに合いそうな服を見つけた。


「俺、ミディの部屋行ってくる」

「僕も一緒に行くよ」


 服を見つけたゼノンは、フォルと共に、隣のミディリシェルが使っている部屋まで向かった。


       **********


 ゼノンが部屋を出てからも、ミディリシェルは一人でベッドの上で座っていた。


「婚約者さん、王様さん、ミディがいなくなったの気づいているのかな?」


 ミディリシェルは今までずっと、一人であの狭い部屋にいた。その時、婚約者は勿論、国王すら部屋を訪れた事はない。使用人も、部屋を訪れるのは、本の回収だけ。食事はいつも部屋の外の廊下に置かれている。


 ミディリシェルがいなくなった事など、誰も気づいていないかもしれない。


「ミディ、頑張れば、みんなが愛してくれるって言ってたの。だから、早く帰って、また本の復元頑張らないと」


 自分に言い聞かせるように、ミディリシェルは小声でそう言った。


「……ふにゅ、ベッドさんはふかふかで、お部屋さんは広いの。ミディも、頑張って、お金いっぱい稼いだらこういうお部屋で暮らす事になるのかな」


 婚約発表で、存在を公表され、婚約者と結婚する。そうすれば、今までのような一人の暮らしでは無くなる。


 今まで、部屋に何か求める事は今までなかったが、広く快適な部屋を見てしまうと、多少は憧れる。


「ふにゅ」


 ここを出る前に、この広い部屋を目に焼き付けておこうと、ミディリシェルはきょろきょろと、部屋を見まわした。


「ソファじゃなくてふかふわベッドが良いの」


 ベッドで寝る事はなかったが、寝転んでみると、二度とソファには戻れなくなりそうな寝心地。


「……服、持ってきたんだが」

「……みゅ」


 ゼノンとフォルが部屋を訪れると、ミディリシェルは何事もなかったかのように、ベッドに座った。


「そんなに気に入ったのか?」

「知らないの」

「服」

「いらないの。着せようとするなら裸で過ごすの」

「さっきよりも警戒されてる」


 ミディリシェルはぷいっと、顔を逸らす。


「ゼノン、服貸して」

「あ、ああ」

「ミディ、風邪引くから服着て」

「ぷぃ」

「大人しく言う事聞いてくれてたら、早く帰れるかもだよ」

「……着るの」


 ミディリシェルは、渋々服を受け取った。


「……みゅ……これを……なんか違う」

「……ボタンつけるくらいできるようになれ」


 ゼノンがボタンを付けた。


「……みゅ」

「ちゃんと布団着て寝ろよ」

「ミディ、ちゃんとできるもん」

「できると思うなら言わねぇよ」

「……(くんくん)……みゅん。これ好き」

「……ミディ」

「……その手があったか。ゼノン、部屋戻ってなよ」


 フォルが笑顔で言う。ゼノンは、訝しげな表情を見せて自室へ戻った。


「……」

「十年以上待ったんだ。今の時期を逃せば、次いつ会えるかなんて分からないし、存分堪能させてもらうよ」

「みゅ⁉︎……(くんくん)みゅにゅぅ」

「どこまで許してくれる?キスくらいはして良い?」

「ふにゅふにゅ」


 フォルに抱きつかれて、ミディリシェルは、何をするよりも先に匂いを嗅いだ。


 その匂いがあまりに気に入り、ミディリシェルはフォルの言いなりになった。


「一緒に寝て良い?」

「ふにゅふにゅ」

「良くなるまでここで大人しくしてくれる?」

「ふにゅ……ふにゃ⁉︎早く帰して!」

「これはだめか。なんでそんなに帰りたいの?」

「……話す理由ないの」


 匂い効果が切れたミディリシェルは、フォルを睨んで言った。


「じゃあ、ほんとは明日にする予定だった本題に触れようか。管理者って聞いた事ある?」

「……」

「今回、僕は管理者としてあの国がやってる事をほっとくわけにはいかないんだ。君も心当たりはあるんじゃないかな。あの国の悪事に」


 そう聞かれ、ミディリシェルは一瞬動揺を見せた。

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2024年10月31日 20:30

星月の蝶 碧猫 @koumoriusa

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