となりのジャックオランタン

寺音

となりのジャックオランタン

 突然だが、僕のお隣にはジャックオランタンが住んでいる。

 もちろん、ハロウィンでお馴染みのカボチャのことだ。


 鮮やかなオレンジ色のカボチャに、三角形の目とギザギザの歯が彫られている。でも、カボチャの部分は顔じゃない。あのカボチャの部分は胴体で、そこに頭と手足が生えているのだ。頭も手足も影のように真っ黒で、本当の瞳はまんまるで白くぼんやりと光る二つの点なのだそう。全体的なフォルムは、二足歩行をしている亀と言った方が良いだろうか。

 とにかく、そのジャックオランタンが、僕のアパートの隣の部屋201号室の住人なのだ。


 ジャックオランタンが生きて動いているなんて、すごく不思議で奇妙なことだと思うだろう。僕も最初は目を疑ったけど、この町ではそれがなんだってさ。世界って広いよね。


 さて、ジャックオランタンは、基本的に夕方から夜にかけて行動する生き物らしい。僕が仕事で夜遅く帰宅した時に、よく部屋の扉の前で出くわすのだ。

 深夜に出会うジャックオランタンは、スーパーのビニール袋を下げていたり、逆にガマ口の財布を首から下げてどこかに出かけるところだったりする。僕を見つけると必ず、「あ、どうも」とばかりにぴょこんと会釈をしてくれるのだ。

 その律儀な姿が可愛らしくてほっこりする。どんなに仕事で疲れていてもちょっとだけ幸せな気持ちになれるのだから、なんと良いお隣さんだろうか。


 そんなジャックオランタンの仕事は、クリスマスシーズンのサンタクロースのようなものだそうだ。

 ハロウィンが近づくと、ジャックオランタンは大忙し。デパートの催事の手伝いをしたり、商店街のアーケードを飾りつけたり、お菓子屋さんのイベントにゲストとして参加したりする。ハロウィンのためのお菓子のプロデュースも兼ねているので、半年以上前から仕事をしていることもあるそうだ。


 この前、休日に町をふらふらしていたら、百円ショップの前で子どもに取り囲まれているジャックオランタンを見つけた。短い手足をパタパタと動かし、子どもたちの写真撮影に応えている姿はとても微笑ましかった。

 時々「トリック・オア・トリート」なんて言っていないのにお菓子をもらってしまって、困った様子でワタワタしていたっけ。

 せっかくの好意なのでもらっておけば良いのに、仕事中なので断っているそうだ。なかなか律儀なやつである。


 あ、そうそう、毎年ハロウィンになると、ジャックオランタンは僕にお菓子の差し入れをくれるんだ。今年はカボチャのマフィンだった。

 今朝、扉を開けたら玄関にジャックオランタンがいて、丁寧にラッピングされたお菓子を手渡してくれたのである。

 絵面的には正直逆なんじゃないかと思うが、人にお菓子を配るのもお仕事だそうなのでありがたく頂戴した。あの時のマフィン、甘さとフワフワ食感が絶妙で、とっても美味しかったなぁ。


 おっと。のんびりしていたら、そろそろ時間が来てしまった。


 日付が変わったのを確認して、僕は買い物袋を片手にアパートの部屋を出た。ハロウィンが終わった十一月一日午前零時、目指すのはお隣さんのお家だ。

 今日と言うか昨日のジャックオランタンは、お菓子屋さんのイベントでお菓子を配っていたそうなので、もう帰宅している頃だろう。


「こんばんはー」

 小声で声をかけながら、僕はインターフォンを押す。ひょっこり現れたカボチャに、僕は持っていた買い物袋を掲げて見せる。

 すると、ジャックオランタンは飛び上がって喜んだ。ピョコピョコとその場で飛び跳ねながら、彼は僕を部屋の中に招き入れてくれる。


 ジャックオランタンとは元々、お酒好きで怠け者のずる賢い男の魂だったらしい。彼は悪魔を騙し、死んだあとの自分の魂を取らないようにと約束させた。ところが死後、彼は生前の行いによって天国には入れてもらえなかった。おまけに、悪魔と交わした約束によって、地獄にすらいけなかった。そんな、行き場のない哀れな魂である。

 なんとか天国に入れてもらうために現世での労働を始めたそうだが、今では皆の笑顔を見るのが生き甲斐だと、彼はカボチャの胸をポンポンと叩いていた。


 この日だけは許されるのだと聞いてから、僕は毎年ハロウィンが終わった十一月一日に缶ビールやチューハイ、ワインなどのお酒と、色々なおつまみを差し入れているのだ。

 今年の十一月一日は土曜日なので、僕もゆっくりお付き合いすることができて嬉しいな。


「今年もお疲れ様でした」

 缶ビールを手にするジャックオランタンは、ファンシーな見た目なのにさまになっている。無表情だけど気持ちはウキウキしているようで、カボチャの体が少し左右に揺れていた。僕はチューハイ片手に思わず吹き出してしまう。


「乾杯」

 缶を合わせて、僕らは同時にお酒を口にした。相変わらず、ジャックオランタンはよい飲みっぷりだ。

 こうして一緒に乾杯ができるのは、やっぱりお隣さんの特権ってやつなんだろう。だからしばらく、誰にも譲るつもりはないんだ。


 「おかわり」と言わんばかりのジャックオランタンに、僕は新しい缶ビールを開けてやった。



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