新幹線の車窓より

@wlm6223

新幹線の車窓より

 放送機器のエンジニアなんてやっていると、結構な頻度で出張に出ることになる。要するに地方へ出荷した製品のメンテナンスをしにFMスタジオへ出掛けるのである。道介は、これで何度目かになるか分からない出張のため、東京駅へ出向いていた。東京出身の道介にしても、東京駅は巨大すぎてどこに何があるのか分からず、迷子になるのは必定であるが、中央線乗り場から新幹線乗り場へ行く道だけは身についていた。

 慣れていることとは言え、相変わらず東京駅構内は人でごった返している。特に新幹線乗り場へ通ずるコンコースはキャリーバッグを持った人々で混雑している。道介もその中の一人である。東京人の常として、人混みの雑踏の中に紛れるのは得意なので、道介はすらすらと人波の中を泳いで新幹線の券売機の前まで辿り着いた。道介は新大阪行きの乗車券を購入した。ほどよく窓側の席が空いていたので、そこを予約した。目的地は枚方のコミュニティーFMのスタジオなので、とりあえず新大阪駅まで出て、あとはローカル線を使う予定だ。

 発車三分前に座席につき、窓を眺めると、いつもと変わらぬホームの風景が目についた。この風景は灰色のコンクリートで出来たプラットホームだ。何か憂鬱な気分にさせられたが、あまり気にしないようにした。

 発車のベルが鳴り、新幹線はゆっくりと走り始めた。ほどなく新幹線は新横浜駅についた。車窓を流れるのは道介が慣れ親しんだ灰色のビル群であった。ああ、俺はここで生まれ育ったんだと、つい嫌気が差してきた。東京生まれで東京育ちの道介にはこの灰色の風景こそが原風景であり、今までの生活のすべてがある土地なのだ。ここから離れるとはどういうことなのか? 道介にはそれが未だに分からなかったが、やるせない気分に落ち込んだ。

 新幹線は郊外の中を走り始めた。ちょっとした丘陵に緑が生い茂っている。その合間合間に一戸建ての住宅があり、少し離れた平地部にはマンションらしい建物がぽつぽつと目につく。ここで暮らす人々は一応「緑に囲まれた」生活をしているのだろう。ここで暮らす子供たちもごく普通に緑や自然と戯れているに違いない。思い返せば、道介の子供時代にはそんな生活は無かった。アスファルト、ブロック塀、マンション。そんな物しか無かった。申し訳程度に花壇があり、桜の季節が過ぎた頃に躑躅が咲く程度のことが、道介にとっての「自然」だった。郊外に住む人々の生活様式は都心部で生活する人々とは違うのだろう。どちらが良いのかなんて、まるで分からない。道介は分かろうなんて気はさらさらなかった。

 新幹線はスピードを上げ、どんどん違った景色を車窓に写してゆく。人が死ぬ間際、それまでの人生を走馬灯のように見ると言われているが、これを「縦軸の系譜」とするならば、新幹線の車窓は「横軸の系譜」といっても良いだろう。日本に住む様々な人々の生活の一瞬一瞬を車窓が切り取って写しだしてゆく。そこにはあまり見たくない景色もあれば目に心地よいものもある。道介は自分の生活、これまでの人生とは違う道を歩んできた人々の足跡を車窓に見つけた。名も知らぬ川にボートが浮かんでいる。レジャーボートなのか小さな漁船なのかは判断つかなかったが、道介には縁のないものであることは間違いなかった。ボートに乗る? 道介には全く実感の湧かない体験である。そんなことを熟慮する隙もなく、新幹線の車窓は次の景色を映し出してゆく。車窓には一面の畑が広がっている。その中を区切るように舗装もされていない農道が走る。畑の真ん中に何かの用で作られた掘っ立て小屋がある。あそこにはなぜ掘っ立て小屋が必要なのだろうか? 広大な風景ではあるものの、何か他人の部屋へ入って用途の分からない物を見つけてしまったような気になった。道介の経験からすれば、家の中というプライベートスペースと家の外というパブリックな場所は完全に切り離されているが当然だと思っていたのだが、ここではそうでもないらしい。都市部から離れるほど、道介はそこに住む人々の生活臭を嗅ぎ取り、憂鬱になった。人の生活を覗き見している感を強く感じ、車窓を眺めるのが悲しくなった。

 新幹線はどんどん進んでゆく。いつの間にか車窓の風景は住宅地へと変わり、ちらほらとビルが見え始めた。いつも見慣れた東京二十三区の景色に似てくると、道介の憂鬱は少しずつ減退した。

 さあ、これから仕事だ。新大阪駅に着いたら、ローカル線へ乗り換えてFMスタジオの無機質なマシンルームでの仕事が待っている。そこには人の暮らしの営為も何もない。ただ機械が二十四時間体制で放送を続けている。道介にとっては、それがごく当たり前のことになっていた。そういう生活もあるのだ。

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