第19話③ 外注しただけなのに…… 後編




「いつもお世話になっております。安心商事の勅使川原です。」


 結局安心商事にシステム移行の外注をすることになった。

 そして、土曜日時間通りに安心商事の勅使川原さんが一人でやってきた。

 勅使川原さんは、ストライプ柄の黒いスーツを着こなしており、ハキハキと喋る好感のもてる好青年だった。

 キラキラと輝く目は、まだ社会経験が浅いのではないかと思わずにはいられない。

 どこか子犬を彷彿とさせる表情やハキハキとした態度に少しだけ嫌な予感がした。

 

「担当の麻生です。本日はよろしくお願いします。」


「勅使川原です。よろしくお願いします。」


 私は、勅使川原さんと名刺を交換し、A販売管理システムがインストールされているサーバーが置いてある応接室に案内をする。

 外部からの人をまさかA販売管理システムがもともと置かれていたサーバールームに案内するわけにはいかない。

 4時間もサーバールーム内で作業をしてもらうのは避けたかった。

 サーバールーム内には机どころか椅子すらないのだから。そんな中で4時間も作業をしていただくのは忍びないと思ったのだ。また、外部の人間をサーバールーム内に長時間居座らせるのはセキュリティ的にもあまり好ましくない。

 私か安藤さんが勅使川原の一挙手一投足を逃さず見ていればいいが、それはさすがに私も安藤さんも疲れてしまう。

 それならばということで、妥協案としてA販売管理システムがインストールされているサーバーを応接室に運んだのだ。

 

「こちらになります。念のため事前にイメージバックアップは取得してあります。他に必要になるものがありましたら教えてください。」


「ありがとうございます。イメージバックアップを取得しているんですね。心配性ですね。でも、大丈夫ですよ。ちゃんとにマニュアルがありますので。マニュアル通りに手順を踏めば問題ありません。安心してください。」


 なんかちょっと勅使川原さんの言い方にカチンッと来た。

 いや、まあ、確かに私もイメージバックアップを取ってあるって言ったのは失言だったかもしんないけど。勅使川原さんのことを信用していませんと言っているようなものだし。


「それでは始めさせていただきます。あ、そうだ。ウォーターサーバーとか使用させていただいてもよろしいでしょうか?あと、お昼を挟むことになるんですが、食堂は使用できますか?」


「失礼しました。ウォーターサーバーはこことは別の部屋にありまして、言っていただければお持ちいたします。お茶かコーヒーくらいしか用意はできませんが。あと、食堂はありますがうちの会社は小さな会社ですので、社食はありません。お弁当を持参いただくか、お昼に近くのお店に食べに行くか、の二択になります。」


 いきなりウォーターサーバーを所望してきた。ちょっとびっくりしながらも、回答すると勅使川原さんは少しだけ顔を歪めた。

 

「……それではコーヒーをいただけますか?弁当は持ってきていないので、ファミレスの場所を教えてください。」


「ファミレスだと一番近くても車で10分ほどです。」


 私は近くのファミレスの場所を勅使川原さんに伝える。コンビニだったら歩いて5分のところにあるが、ファミレスは車で10分ほどいかないとない。たしか勅使川原さんは車ではなく電車とバスを乗り継いでここまで来たと聞いている。

 どうやって行くつもりなのだろうか。

 とりあえず、私はコーヒーを入れて勅使川原さんに差し出す。

 

「私は、応接室の端におりますので何かありましたらお呼びください。」


「はい。わかりました。」


 まさか応接室に一人勅使川原さんを置いておくわけにもいかないので、私は監視役として応接室に残った。安藤さんは情報システム部の部屋で待機している。

 なにかあったときのためにいつでも出てこれるように、だ。

 勅使川原さんはカバンの中から10センチはあるだろう分厚い紙の束を取り出して机の上に置いた。

 あれが、マニュアルなのだろうか。それにしてもずいぶんと分厚いマニュアルだ。

 そう思いながら勅使川原さんの作業の様子を横目で伺う。

 勅使川原さんは紙の束に目を通しながらパソコンを操作していく。

 気になるのはマウスで1回か、2回クリックをすると紙をめくることだ。

 きっと紙芝居形式のマニュアルなのだろう。

 そんなマニュアルを見ながら作業をするだなんて、やはり勅使川原さんはバイト要因なのだろうか。それとも、ただ単に間違えないように一つ一つ慎重に操作をおこなっているだけなのだろうか。

 30分ほど様子をうかがっていると勅使川原さんがおもむろに立ち上がった。

 

「どうしましたか?」


 私はすかさず声をかける。

 

「少し休憩してきます。喫煙室はありますか?」


「あ、はい。えっと、喫煙室は……。」


 喫煙室の場所を私は勅使川原さんに説明した。合わせてトイレの場所も説明する。

 流石にトイレや喫煙室にまで一緒に行くことはできない。

 幸い応接室以外の部屋には鍵がかかっているので、他の部屋を除くということはできないだろう。

 勅使川原さんが部屋を出て行ってから30分。まだ、勅使川原さんは戻ってこなかった。

 まさか迷子になったのだろうかと不安になって私も立ち上がり応接室から廊下にでた。そして、勅使川原さんに案内をした喫煙室に向かうと、喫煙室から声が漏れ聞こえてきた。

 

「鈴木リーダー。マニュアルの10ページ目なんですが……。はい、マニュアルにない画面が表示されておりまして……。……はい。ええと……確か管理者アカウントで作業をしてくださいとかなんとか……。あ、はい。はい。あーなるほど。わかりました。」


 どうやら勅使川原さんは責任者にマニュアルの不明点を確認しているようだった。

 というか、今まで実践経験はないのだろうか。

 重要な設定等は管理者アカウントでしかできない。ユーザーアカウントでは規制している。

 それはちょっとパソコンに詳しい人というかシステム部門だったら知っていることだろう。

 本当に勅使川原さんはバイト要因なのではないだろうかと改めて不安になる。

 しかもあの分厚いマニュアルのわずか10ページ目からわからなくなって確認するというのはどういうことなのだろうか。本当にこれ4時間で作業完了するのだろうかという不安が私を襲う。

 応接室の隅に座りノートパソコンで仕事をしながら勅使川原さんの様子をうかがう。

 先ほどの電話の内容がとても気になったが、上司に電話したことで理解したのかマニュアルを見ながら勅使川原さんはパソコンに向かって黙々と作業をしていた。

 今度はマニュアル通りに事が運んでいるのか、席を立つ様子も見られない。

 そうしていくうちに時間は過ぎ正午を迎えた。

 私は立ち上がり、作業をしている勅使川原さんに声をかけた。

 

「勅使川原様。12時になりましたのでよろしければお昼の休憩をとってください。」


 私が声をかけると勅使川原さんはマニュアルから顔を上げた。

 そして、スーツのジャケットからスマートフォンを取り出し時間を確認する。

 

「もうそんな時間でしたか。」


「ええ。作業は順調ですか?」


「はい。今のところ予定通りに進んでいます。」


「そうですか。」


「僕は昼食をとってきます。教えていただいたファミレスに行ってきます。」


「承知いたしました。お気をつけて。午後からもよろしくお願いいたします。」


 勅使川原さんは分厚いマニュアルに栞を挟むと立ち上がりファミレスに向かっていった。

 私は勅使川原さんが出ていくのを確認すると興味本位で勅使川原さんが見ていたマニュアルをパラパラとめくる。

 

「……やっぱり。」


 思わずため息が漏れてしまった。

 勅使川原さんが見ていたマニュアルは、マニュアルを見れば誰でも作業ができるような紙芝居形式のマニュアルだったのだ。

 手順を間違えたり、ページを飛ばしたりしなければ誰でもマニュアルを見れば作業ができる。

 画面一つ一つのスクリーンショットが差し込まれており、ご丁寧にどのボタンをどの順番で押すのかまで記載されている。

 マニュアル通りに進めれば誰でも作業をすることができるだろう。

 パソコンの知識がほとんどない人でさえマニュアルを見れば間違えずにA販売管理システムの移行ができることだろう。

 まあ、それでも勅使川原さんがマニュアルを見ながらA販売管理システムの移行作業をおこなっている間に、私は別の仕事ができるのだから外注はある程度意味がある。

 そう自分を納得させた。


「どうかな?順調に進んでいるかい?」


「あ、安藤さん。とりあえず、順調に進んでいるみたいです。一つ一つの手順を記載したマニュアルもあるみたいですし。このマニュアルを見れば、手順さえ間違えなければ問題は発生しないかと思います。」


「そうか。よかった。ちょっと心配していたんだよね。あまりにも外注費用が安かったから。」


「そうですよね。でも、しっかりとしたマニュアルがあるので多分大丈夫ではないかと。」


「そうだね。さ、麻生さんもお昼休憩をとって。少し休んでね。」


「ありがとうございます。」


 お昼になったことで、安藤さんが応接室に顔を出した。

 安藤さんも勅使川原さんのことを気にはなっていたが、勅使川原さんと顔を合わせることは避けていたらしい。

 確かに、入れ替わり立ち代わり様子を見に来られたら信用されていないと思われているように感じてしまうだろう。

 私が勅使川原さんの様子を見ているから、それ以上の確認は必要ないと判断しているようだ。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆






 勅使川原さんは13時を30分ほど過ぎても戻ってくる気配がなかった。

 まさか、ファミレスに行って迷子になってしまったのだろうか。

 勅使川原さんの連絡先は伺ってはいるが、わざわざ電話をかけるのもどうかと躊躇している間に時間ばかりが過ぎていく。

 外注して作業をしてもらっていると言っても、時間配分は外注先である安心商事にお任せしている。もしかすると、安心商事ではお昼休憩は1時間30分ほどあるのかもしれない。

 それに、こちらとしては時間通りに作業が終われば問題ないのだ。なにも焦ることはないはずだ。

 迷子になったらなったで連絡が来るだろうし、スマートフォンも持っているのが見えたので、自分で地図アプリを利用して戻ってくることもできるだろう。

 私は応接室の隅で仕事をしながら勅使川原さんが戻ってくるのを待つことにした。

 

「麻生さん。鍵を開けてくれますか?」

 

 そう勅使川原さんから電話があったのは、14時を少し回ったころだった。

 会社内は関係者以外の出入りを禁止しているため、出入り口はオートロックになっており電子錠を持っている人しか入ることができないようになっている。

 

「すぐにいきますね。」


 私は勅使川原さんを迎えに行くと、勅使川原さんは有名なハンバーガーショップのポテトと飲み物を持って立っていた。

 

「ファミレスはすぐにわかりましたか?」


 応接室に向かう道中、勅使川原さんに声をかける。

 何も言わずに黙ったまま一緒に歩くのは少し気が引けたからだ。

 

「ええ。地図アプリがありますから。」


「そうですか。今日は休日だから混んでいたでしょう?」


「そうですねぇ。30分くらいは待ったかな。」


「あのファミレスは安くて美味しいって評判だからいつも休日は混むんですよね。」


「確かに値段の割にはおいしかったですね。でも、少しばかり量が足らなくて隣にあったハンバーガーショップでテイクアウトしてしまいました。」


 そう言って勅使川原さんはハンバーガーショップの袋を持ちあげた。


 午後からも特に大きな問題は発生せず、応接室には勅使川原さんの分厚いマニュアルをめくる音が響いていた。

 そうして、午後3時を迎える。

 予定では午後3時には作業が終了する見込みと伺っていた。

 だが、勅使川原さんはまだマニュアルを見ながら作業をしていた。

 マニュアルをめくる手がどこか焦っているようにも見受けられる。少し不安になりながら私は勅使川原さんに声をかける。

 

「進捗はいかがですか?」


 勅使川原さんは私の声にハッとして顔を上げる。

 お昼休憩を2時間とってしまったから時間が足りないのだろうかと首を傾げる。

 でも、勅使川原さんの口からでた言葉は私の想像の遥か上を言っていた。

 

「ど、どうしましょう。途中でデータを保存するのを忘れたようで、過去データが一件も移行後のシステムに入っていないんです。」


「えっ……。」


「間違えてしまったようです。マニュアルを見返すと一番最初に過去データを保存しなければならなかったんですが、それを飛ばしてしまったようでして……。」


 勅使川原さんはしどろもどろに説明をする。

 ちょっと待って、それって……一番最初からやり直すってことなんじゃあ……と私は心の中で盛大なため息をついた。


「えっと……。」


「それで、あの……。このパソコンのバックアップは取ってありますか?」


「えっ?バックアップ……?」


「はい。できればイメージバックアップがいいです。僕がパソコンを触る前の状態まで戻していただけると……。」


 勅使川原さんは焦ったように詰め寄ってくる。

 私の背中に冷や汗がツーっと滑り落ちる。

 

「それってつまり……データが全部吹っ飛んだ……ということで……しょうか?」


 恐る恐る問いかけた私に勅使川原さんはこくりと頷く。

 まじか……と私は頭を抱えたくなった。

 重要なデーターが吹っ飛ばないように、移行作業を外注したというのに、まさか移行作業を外注した安心商事に重要なデータを吹っ飛ばされるとは思ってもみなかった。

 金額が他よりも安いから不安視はしていたけれども、分厚いマニュアルがあったし、マニュアル通りに作業を進めれば問題はないだろうと思っていた。

 思っていたのだが、まさか……。

 

「……イメージバックアップから復元いたしますのでしばらくお待ちください。」


 私はそう言って事前に取ってあったイメージバックアップからパソコンの復元をおこなう。

 イメージバックアップからの復元には、1時間以上時間を要した。

 私はイメージバックアップからパソコンを復旧している待ち時間に安藤さんに状況を報告する。

 安藤さんは電話口で苦笑していた。

 

「イメージバックアップからの復旧が完了いたしました。」


「ありがとうございます。では、最初から作業をおこないます。ああ、そうだ。ご安心ください。今回は上司に確認したところ、追加料金は発生しないとのことでした。このまま作業を継続させていただきます。」


「あ……はい。ありがとう……ございます?」


 勅使川原さんの言葉に私は疑問符を浮かべてしまった。

 作業手順ミスなのに、こちらが追加費用を負担することはおかしいだろう、と。当たり前のことをにこやかに告げてくる勅使川原さんに私は苦笑した。

 それにしても、このまま作業を継続ってことは……現在は午後4時。作業が4時間かかるのならば、終わるのは午後8時になるだろう。休日出勤の上に残業だなんて……と私は勅使川原さんに見つからないようにため息をついた。

 

 ちなみに、勅使川原さんは一度ミスしたことにより焦ってしまったのか、マニュアルをおろそかにし記憶だけで作業を進めてしまった結果、再度最初からやり直しをする羽目になった。

 もうこれ以上、残業することはできないと、結局は日曜日にも出勤することになってしまったのだった。

 

 これだったら、移行作業を外注せずに自分で移行作業をすればよかったと心の底から思ったのだった。

 




 おしまい。

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 最後までお付き合いくださりありがとうございました。

 いったん完結とさせていただきます。

 新鮮なネタを仕入れ次第、また更新を再開させていただく予定でおります。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日も情シスは恐怖に慄く 葉柚 @hayu_uduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ