第19話② 外注しただけなのに…… 中編
「書類が落ちたわよ。まったく……って、あら見積書だわ。」
私が床に落ちた見積書を拾うより早く、数井さんが屈んで見積書を拾い上げた。
よりにもよって、数井さんに一番見せたくなかった見積書だ。
「……どれも同じ見積書みたいね?相見積もりかしら?」
「え、ええ。そうなんです。拾ってくれてありがとうございます。」
私は数井さんに細部まで確認されたくなくて、見積書を渡すように数井さんに手を伸ばす。
「あら……どれも同じ見積もりみたいなのに、金額がずいぶん違うのね。」
「ひっ……。」
よりにもよって、一番見られたくない金額の部分を数井さんに知られてしまった。
数井さんは経理部だ。
お金の管理をしている。
予算を申請して最終的に承認をおこなって支払いをおこなうのは経理部だ。
一番まずい部署に見積書を見られてしまった。
「先ほど安藤さんとあなたが話していたのはこの見積書の件かしら?」
「え、えっとぉ……。」
数井さんは鋭いまなざしで私を見てくる。
「もちろん、相見積もりをとったからには、一番安いところにするのでしょう?」
確認するように数井さんは見積書に目を通す。
「そ、それは……ですねぇ。まだ、これから検討を……ですねぇ。」
「倍も見積もりが違うのに?他の見積もりが候補に上がるというのかしら?」
「いえ……えっと……。」
数井さんの追求に思わずしどろもどろになってしまう。
一番安いところはバイトが来て、マニュアルを見ながら作業をするかもしれないから任せられないんですっとは言えない。
もし、そんなことを言ってしまえば、「マニュアルを見ればバイトでもできるのなら、あなたがやったらいいんじゃないの?」と、言われかねない。
経理はお金を支払うことにはとても厳しいのだ。
思わず助けを求めるように安藤さんに視線を送る。
「そこは、他と比べて金額があまりに安いのが引っかかっていてね。それに、今まで取引をしたことのある会社ではないから。安すぎる価格を提示されたので、作業品質等に問題があるのではないかと心配でね。やはり仕事を依頼するのは信頼のある取引先に限るのではないかと麻生さんと話していたんですよ。」
安藤さんは穏やかな口調で数井さんに説明をする。
数井さんは、もう一度見積書に目を通す。
「そうですか。でも、この一番安い見積もりを提示してきたこの安心商事っていう会社……最近、テレビのCMでも最近よくみますよね?大々的に宣伝している企業が信頼できないというのはあり得ないのではないでしょうか?」
「えっとぉ。でも、最近でてきたばかりの会社みたいですし。」
「なら、なぜこの会社から見積もりを取ったのかしら?見積もりを取る前にある程度信頼のおける会社かどうか調べたりしないのかしら?あなたも、テレビのCMで名前を知っている会社だから、信頼して見積もりを取得したのではないのかしら?」
「うっ……。そ、そうですが……。」
数井さんは正論を述べている。
それは私にもわかる。だから何も言えなくなってしまう。
「有名な会社でもまだうちでは利用したことがないからね。だから、見積もりは取得したものの、あきらかに市場価格から逸脱しているので警戒しているところなんだよ。」
見かねた安藤さんが援護をしてくださる。
「……そうですか。」
安藤さんの言葉に数井さんは頷きはしたが、納得はしていないようだ。
私を見る不信そうな視線がそれを物語っている。
「これは、A販売管理システムの移行の費用ですよね?」
「ええ、そうです。A販売管理システムは当社においてとても重要なシステムです。A販売管理システムのデータが万が一欠損したということになったら目も当てられません。ですから、見積もり金額が極端に安い安心商事はやめて確実なパラドックシステムズか、YASUIにお願いしようと思っています。」
数井さんの言葉に私はすかさず言い返す。
「……システムの移行でデータが欠損しては困るから外注するんですよね?」
「え、あ、はい。その通りです。」
「いくら金額が安くても、データが欠損したら損害賠償問題に発展しますよね?そんなこと、安心商事だってわかりきっているのではないでしょうか。引き受けた以上は移行によりデータが欠損しても、保障はしてくれるはずですよね?そのためにお支払いするのですから。相手は大きな会社です。万が一なんてことは起きないように対策はしてあると思いますが?」
「そ、それは……確かにそうですが……。」
確かに保障はされているはずだ。
契約するとなったら、その際にも改めて確認するつもりではいるが、通常の場合、「システム移行でデータ欠損しました。でも、私たちは知りません。」なんて放り出すことはないはずだ。
もし仮に、そんなことになったならば信頼できない企業として記憶に刻まれることだろう。
特に最近はインターネットが発達しており、いくらでも口コミを書くことができる。
信頼できないような取引をおこなった会社は口コミでもバッシングを受けることだろう。
「では、問題ないと思いますが?それに、我が社は経営状態があまりよくありません。少しでも費用を安く抑えたいと考えています。協力してくれますよね?」
「……はい。」
数井さんに笑顔で押し切られてしまった。
数井さんの言うことは確かに正論なのだ。
安心商事の提示した見積もり価格が安いからといって、問題が発生するとは限らない。
相手もあくまでも商売をしているのだ。不誠実な対応はとらないだろう。
しかも、テレビでCMが流れているような大きな企業だ。
一抹の不安は残るものの、数井さんに知られてしまったため、安心商事の見積もりをなかったことにはできない。
相見積もりを取得した以上、YASUIにシステム移行作業を外注するのであれば、安心商事とYASUIを比べ金額に見合ったサービスをおこなっているか、相手先が信頼できるかを説明することが重要になってくる。
安心商事が不祥事でもおこさない限り今の状況でYASUIに外注することは難しいだろう。
「……麻生さん。なにかあったとしてもすぐに復旧できるようにイメージバックアップだけはしっかりととっておこうか。」
「……はい。」
安藤さんに促され不安を抱えながらも私は頷くしかなかった。
☆☆☆☆☆
「はい。安心商事カスタマーセンター 数井です。」
「あの……A販売管理システムの移行を外注したいのですが……。外注するにあたりいくつか質問がありましてお電話させていただきました。」
「どのようなご用件でしょうか?」
初めて取引をおこなう安心商事だ。見積もり金額も相場から比べるとだいぶ安いこともあり、本当に依頼をして問題ないか確認する必要がある。
それに、この確認で問題が発生すれば安心商事以外に外注をお願いすることができるかもしれない。
「A販売管理システムの移行のお見積もりを取らせていただきましたが、移行作業の内容について詳細をうかがわせていただけませんでしょうか。」
「ご依頼いただいてから最長でも一か月以内に弊社のエンジニアが御社に伺い作業をさせていただきます。作業内容はシステムの移行からデータの移行、設定内容の移行まですべてをおこなわせていただきます。」
「承知いたしました。あの……もし、ですよ。もし、仮にシステム移行中にデータが欠損したりしたら……。」
「ご心配には及びません。弊社で教育が徹底されたエンジニアを派遣させていただきます。安心してエンジニアに作業をお任せいただいて問題ございません。また万が一、データが欠損したとしても誠意を持って対応させていただきます。」
安心商事のカスタマーセンター 数井さんはこちらの質問に一つ一つ丁寧に回答してくれた。
名前が数井というのが少し引っかかるところではあるが。
「作業時間はどれくらいを予定しておりますか?」
「データ量の多さによっても作業時間は変わってきますが平均して約4時間ほどでございます。」
「土日での対応も可能でしょうか?業務を止めるわけにはいかなくて……。」
「土日での対応も承っております。」
「土日でお願いする場合には、追加費用は発生いたしますか?」
「いいえ。基本料金でお受けいたします。」
「出張費用は見積もり内容とは別に請求されますか?」
「いいえ。出張費用も込みの御見積書となります。」
「そうですか。ありがとうございます。」
他にもいくつか気になることを確認して、私は電話を切った。
電話で確認する限りは大きな問題はないように思える。
しかし、出張費用も込みだなんてかなり安い。そこだけが引っかかる。
ただ、引っかかるだけで、確実に安心商事に外注したらまずいという情報が何一つないので、このままでは安心商事に外注するしかないだろう。
「どうだった?」
安心商事との電話での応対を隣に座っていた安藤さんも気にしていたようだ。
私は安藤さんの言葉に力なく首を横に振る。
「電話では特に問題はありませんでした。安すぎること以外に問題はありません。」
「……そうか。数井さんに見つからなければ、こんなに心配することもなかったんだけど。見つかってしまったからには、安心商事にお願いするしかないかな。」
「……はい。安心商事からYASUIにするだけの根拠が今のところありません。」
「うん。当日は僕も休日出勤するから。」
「ありがとうございます。」
どうしても、安心商事以外に外注するだけの根拠が得られず結局は安心商事に外注することになってしまったのだった。
☆☆☆☆☆
思った以上に長くなってしまったのでもう一話続きます。
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