第19話① 外注しただけなのに…… 前編
外注しただけなのに……
「あ、そうだ。麻生さん。そろそろA販売管理システムがサポート終了になるんだって。後継のB販売管理システムへの移行をお願いするね。業務データが含まれているから移行は慎重におこなってね。」
ある日、出社すると安藤さんからそう業務指示を受けた。
A販売管理システムは約半年後にサポート終了される。そんなお知らせが先日郵送で届いたのだ。
「はい。わかりました。移行手順等について調べてから作業します。移行手順が複雑でしたら、移行作業を外注してもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいよ。麻生さんが抱えている仕事も沢山あるし、外注できるようならしちゃって構わないよ。けれど、少なくとも二社から相見積もりはとってね。」
「わかりました。」
「よろしくね。」
安藤さんはそう言って忙しそうに仕事に戻った。
最近の情報システム部は仕事が山のように積まれている。
パソコンのOSが来年切り替わるからなのか、外部システムのサポート終了が多く発生しているのだ。
内製しているシステムがあまりない我が社では外部システムの影響を大きく受ける。
これが大手の企業であれば、外部システムでもクラウド化しているだろうから情報システム部がおこなう作業はたかがしれていると思う。クラウド先に全部一任してしまえばいいのだ。
でも、うちの会社は小さな会社だ。
クラウド化するには費用がかかる。それに加えて外部パッケージを購入してしまえば、費用はクラウド化するよりも抑えることができる。
その代わり、外部パッケージのサポート終了時には後継アプリケーションへの移行作業で大変になるけれど。
A販売管理システムというのは、うちの会社の要となる外部パッケージの一つだ。
販売管理をおこなっているシステムであり、日々受注する注文をすべて販売管理システムに営業事務の人たちが入力している。過去の販売データもすべて販売管理システムの中に含まれており、顧客情報もすべて販売管理システムに保存されている。
つまり、うちの会社の販売データがすべてこのA販売管理システムに保存されている。
そんなわけで、A販売管理システムの移行に失敗してデータが消失したなんてなったら目も当てられない。重要な任務である。
システムの移行は複雑な手順を含む場合が多い。
そのため、外注できるのであればしてしまうのがベストだ。
外注先はシステムの移行に慣れている人たちなのだから、慣れていない私たちがシステムの移行をするよりも、間違いはないだろう。
私はそう判断して、A販売管理システムの移行作業を外注することにした。
私の過ちはここから始まったのである。
☆☆☆☆☆
「う~ん。やっぱり一件は、A販売管理システムの開発元のパラドックシステムズに見積もりを依頼すべきだよねぇ。システムの開発元だし、間違いはないよね。」
安心安全なのはA販売管理システムの開発元のパラドックシステムズだと思う。
開発元だから、システムの移行方法だって彼らが考えたものになるだろうし、手順は十分熟知しているはずだ。
ただ、安藤さんからは相見積もりをとるようにと言われている。
システムの移行作業の費用は総じて高額になることが多い。そのため、相見積もりを取り費用が妥当であるか否か判断しているようだ。
「もう一社はどこにしようかなぁ。やっぱりいつもパソコンの購入や設定でお世話になっているYASUIかなぁ。でもでも、気になるのは安心商事なんだよねぇ。最近急成長してきている会社だし。ホームページ見ると信頼できるような感じなんだよねぇ。……ま、いっか。三社とも見積もりとっちゃおっと。」
私は、どこもそれほど費用に差はないと考え、三社からの見積もりを取り寄せることになった。
数日ののち、三社からの見積もりが出そろって私は頭を抱えた。
「麻生さん、どうしたの?頭を抱え込んじゃって。」
心配そうな安藤さんの声が頭の上から聞こえてくる。
「あんどうさぁんん……。」
私は涙を目に浮かべて安藤さんを見つめる。
「なに?どうしたの?麻生さんらしくないね。A販売管理システムの見積もりの件かな?」
安藤さんは苦笑いしながら、私の目の前に散らばっている三社からの見積書に目をやった。
「おやおや、これはこれは……。」
「三社からの見積もりが揃ったんですけど……。パラドックシステムズは移行に10万円ほどと、YASUIも移行には9.8万円かかると回答が来て、ここはそんなに差がなかったので、パラドックシステムズとYASUIだったら、いつもお世話になっているYASUIにお願いしようと思ったんです。けど……ネット調べでよさそうな安心商事の見積もりが……。」
私は恨めしそうに安心商事の見積書に視線を向ける。
「はははっ……。これは、すごいね。」
「……はい。YASUIの約半額の4.8万円です。圧倒的に金額が安すぎて……。安心商事の見積もり取らなきゃよかったって後悔してます。これ、この見積もりがあったら、絶対上からは安心商事でって言われますよね?」
「そうだねぇ。そうなるだろうね。ただでさえうちの会社はギリギリ黒字を保ってる状態でいつ赤字決算になってもおかしくない状態だからね。経営陣からしたら安い方をと進めてくるだろうね。逆にパラドックシステムズやYASUIにするならそれなりの理由をつけないと認めてもらえないだろうねぇ。」
安藤さんも私も大きなため息をついた。
安心商事の見積もりなんて取らなきゃよかったと心の底から思った。
他よりも安い金額なんだから、安心商事一択だって……?
安心どころか不安でしかない。
相場の半額ほどの金額になっているのだ。
下手をしたら分厚いマニュアルを渡して、このマニュアル通りに設定するようにって指示されたアルバイトがやってくる可能性があるのだ。だって、5万だ。5万も安いのだ。明らかに地雷臭がプンプンしている。
「この見積もり……なかったことにしてシュレッダーかけますね。」
「……そうだね。それがいいかもしれないね。僕もこのことは誰にも言わないから、安心商事の見積もりを他の誰かが見る前にこっそりなかったことにしておくといいかもしれないね……。明らかにこれは胡散臭い。」
「そうですよね……。まだ、この見積もり内容は安藤さんと私しか知らないですし、ここで握りつぶしてしまいます。それでいつもどおりYASUIにお願いしようかと思います。」
「そうだね。それがいい。」
これで、この話は情報システム部の中で密かに握りつぶされるはずだったのだ。
「あら、なんの内緒話をしているのかしら?」
「か、数井さんっ!?い、いえ……なんでも……ただの仕事の話です。」
「そうだよ。数井さん。君が気にするような話ではないよ。」
ノックもせずにドアが開いたかと思うと、経理の数井さんが部屋に入ってきた。
部屋に入る前はノックをするのが礼儀だろうにと思わず心の中で呟いてしまう。だって、数井さんのタイミングが悪いから。
「なんだか、握りつぶすとかなんとかって怖い言葉が聞こえてきましたけれど?」
「か、数井さんの気のせいじゃないですかねぇ……。あ、あはは。」
「そ、そうですよ。」
私はそう言いながら机の上に広げてあった見積書を数井さんから隠すように机の中にしまおうとして……。
バサッ。
「あら、書類が落ちましたよ?」
慌てて見積書を床に落としてしまった。
☆☆☆☆☆
久々の更新ですみません(汗)ネタが……。
今回は前後編でお届けいたしますm(_ _)m
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