作品は最後まで読むのがマナー

我那覇キヨ

作品は最後まで読むのがマナー

 俺の名前は焼野原大地。

 俺の村はマナー講師に焼き尽くされた。

 今俺はヤツへの復讐のため、AIを使ってウソのマナーを量産している。馬鹿馬鹿しいウソのマナーを世の中に溢れさせることで、ヤツらの生業であるマナー講師というフィールドを焼き尽くしてやるのだ。


 復讐が虚しくないかと言えば虚しい。

 だが鼻の奥に残る家が焦げる匂いが、瞼の裏に焼きついた両親の顔が、耳にこびりついた業火の中の悲鳴が、俺を復讐へと駆り立てる。

 燃え盛る炎の中で、恍惚の表情を浮かべながら「湿潤な気候の日本では、火葬がマナーです」とほざいたあのマナー講師をこの世から消せと、俺を駆り立てる。


 俺は足がつかないよう、毎日違う漫画喫茶に通い、海外の俺のコンピュータへとアクセスしていた。アクセスに必要なものは、ポケットに入るUSBメモリひとつだけだ。


 俺はAIとの対話画面に文字をタイプする。

「銭湯に入る際の馬鹿馬鹿しいウソのマナーを考えてください。由来など歴史を感じさせるバックグラウンドもお願いします」

「わかりました。銭湯は共同体のものであり、子孫繁栄を祈るため、男性は勃起して入浴に望むのがマナーというのはどうでしょうか?」

「いいね。それらしい写真と記事の作成、それに英、仏、独、西への翻訳記事も書いて」

「わかりました」


 俺はAIが吐き出すデタラメを見ながら、かつて俺に学問を教えてくれた先生のことを考えた。先生は哲学者の思考をこどもの俺にもわかりやすく教えてくれた。だが先生の言葉に目を輝かせていた少年はもういない。あの村で皆と一緒に燃えたのだ。

 今の俺には、AIが吐き出す一見スジの通ったデタラメと、哲学者が遺した言葉のどちらにもそれなりの真実が含まれているように見える。

 AIが作ったデタラメが無数のコピーサイトに拡散していく。ほとんどの作業は自動化したので、俺がいなくてもこのデタラメマナーの拡散を続けることはできるだろう。

 ここまで来るのに七年もかかった。


 RRR……

 作業に没頭していた俺に、約束の時間が近いことを、手元のスマートフォンが告げた。

 そうだ。今日はあいつとの約束の日だった。

 俺と同じ、村の生き残りの大空翔。

 燃え盛る村から逃げきったあの日、マナー講師への復讐を語る俺に、翔は何か言いたそうだった。

 だが翔が何を考えているかを聞く前に、俺と翔は散り散りになった。自分が生きていくだけで必死な日々の中、もう一人分の生きる場所を確保するなんて考えは、すぐに消えてしまった。


 学生の頃から使っていたアドレスに、久しぶりに会えないかと翔からメールが来た時は嬉しかった。俺は一も二もなくOKした。互いに大人になるまで生き延びた悪運を分かち合おうと思ったのだ。


 待ち合わせの店で翔の名を出したら、夜景が一望できる素晴らしい席へと案内された。俺は突然の厚遇を訝しんだ。きっちり約束の五分前に現れた翔を一目見て俺は驚き、席の理由を理解した。翔の襟元にマナー講師の証であるバッジがギラついていたのだ。

「よりによってお前がマナー講師になるなんてな」

 俺は挨拶もそこそこに、翔を責めた。

「今のマナー講師のやり方は間違ってる。だからぼくは中から変えるんだ」

 翔は俺の目をまっすぐ見て答えた。

 曇りのない目で翔の語る改革案には、未来が希望があった。俺の計画とは違う。

 俺は自分の今の計画を翔に話せなかった。

「今度、マナー王の戴冠式が行われる。ぼくはそこで、論文が認められて爵位を得ることになっている。きみにもそこに来て欲しいんだ。村の生き残りとして」

「スキャンダルになるぞ。爵位だって取り消される」

「そうなっても構わない。きみと一緒に、滅ぼされた村の汚れた血であっても、努力次第でマナー講師になれることを世界に知らしめたいんだ」


 熱っぽく語る翔の言葉を聞きながら俺はまったく別のことを考えていた。


 戴冠式の前夜、俺はホテルの部屋で一人葛藤していた。翔の計画に未来はある。だが、今日見たマナー協会の連中の振る舞いからすれば、翔が理想を叶えることはほとんど不可能に見えた。俺が行動を起こすことで、俺と翔のつながりは露見し、翔の掲げる未来の可能性は消滅するだろう。だから俺が行動して、翔にあとを託すなんてそんな甘い考えは捨てるべきだ。

 二者択一。俺と翔どちらかの未来しか叶わない。

 俺はコインを投げた。表が出たら翔に任せる。裏が出たら……


 すべてが終わり、血まみれの戴冠式の会場でマナー王の襟首を掴んだ俺は言う。

「どうして俺の村を焼いた?」

 すでに抵抗できる力を失ったマナー王は俺の言葉に驚き「そうか、お前あの村の……」と洩らし、口を歪める。

「答えろ!」

 俺はヤツの鼻に拳を打ちつける。

 潰れた鼻から血を流しながらヤツは言った。

「……初めは、ウソのマナーを吹聴し、過激なペナルティを課すことでマナー講師を滅ぼしたかったのさ……それがどこをどう転がったか……」

 ヤツの言葉が終わる前に俺は拳を全力で振り抜いた。

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