雨虹みかん

「エミは長い髪が似合うね」

 みんなそう言う。だけど私は自分の黒髪ロングヘアを好きになれない。

 なりたい自分になるのが怖かった。

 でも、それも今日で終わり。明日は高校の卒業式。卒業式が終わったら、そのまま美容院に行ってショートヘアにしてもらう。

 私は高校を卒業したら、地元を出て東京の大学に進学する。進学先の大学には知り合いがいないから、私は四月から新しい自分として生活できる。

 だから、同じ高校の人たちは私のショートヘア姿を見ることはない。


 卒業式が終わると私はそのまま美容院に行き、髪を切った。美容院の床に散らばる黒い塊は、高校三年間、私を縛っていたものだ。

 美容院を出ると、露わになった首を春の涼しい風が撫でる。いつもより青空の青がくっきりと瞳に映る気がした。

「あれ、エミ?」

 同じクラスだったサナにばったり会ってしまった。

 私はごくりと唾を飲む。手のひらが湿ってくる。

「髪切っちゃったの? 長い髪が似合っていたのに」

 最悪だ。

 涙で視界が滲んだ。景色がぼうっと遠くなる。

「失恋しちゃってね」

 嘘だ。失恋なんてしていない。

 誰かに恋をしたことなんてないし、したいとも思わない。そうやって私は本当の自分を無視して、自分に嘘をつき続けてきた。

「そうなんだ。まあ、元気だして! 私は今から用事あるからまたね!」

 サナと別れると私はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 少しグレーがかった青が私を見つめる。

 この場所で空を見上げるのもきっと最後だろう。

 髪を耳にかけようと手を伸ばしたら、そこには何もなかった。

 嘘ばかりの高校三年間だった。

 だけど、だけど。

 もう、昨日までの自分はいない。

 だからきっと大丈夫。

 そう思ったら、青色が少し濃く見えた。

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雨虹みかん @iris_orange

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