トド肉警察にご注意
縦横七目
トド肉警察にご注意
ジャン!!
「今回ご紹介するのは、北海道の離島で古くから食されてきた幻の珍味、『トド肉の薫製』です!」
軽快なSEとともに紹介されたのは、今週の珍味『トド肉の薫製』が紹介される。
相変わらずMCのアナウンサーはテンションが高い。しかしながら私のテンションは下がっていく。
また変なもの食わされるのか。
平日の昼間から日本各地の珍味を紹介するTV番組「極上!珍味ハンター」
これと言って目立つような番組ではないが、毎回紹介される珍味に、それを食べた演者のリアクションが好評で、かれこれ5年は続いている。
だからと言って、演者がそれを楽しんでいるわけではない。
番組初期から食レポ担当をしていた”スーガーサトシ”は、あくまで仕事として珍味を食べ続けた。キノコだろうが、蝙蝠だろうが、サソリだろうが、はては石ころのような何かですら食べてきた。最低限食事として見れるものにしろ、といつも内心で叫んでいるが、それでも乗り切った。
そう考えると今回はまだましな方だな。何であろうと肉の形をしていれば、それなりに食える。
そう思っていたら、ついにシェフがトド肉の燻製をカートで運んでくる。シェフが。
「本日は北海道の離島で唯一の定食屋をしている藤堂氏をお呼びしました!」
そういうと藤堂シェフが、ペコリと頭を下げる。
いつも通りに番組が進行するが、スーガーサトシにとってはそれどころではなかった。
なんだこいつ! どう見ても人間じゃない!
3mほどの身長。その時点で異常だが、闇より黒い瞳。つるつるとテカる皮膚。あふれんばかりの筋肉。どこからどう見てもトドにしか見えない。
あまりの事態にどう対応したらよいかわからず、慌てふためくスーガーサトシ。
しかし番組は進行し、MCの妙に高い声がスタジオに響き渡る。
ちょうどモニターには、アップされたトド肉について話している。
「今回ご紹介するのは、北海道の離島で古くから食されてきた幻の珍味、『トド肉の薫製』です。
獲れたての新鮮なトド肉を特製の塩水に3日間漬け込んだ後、なら材の薪でじっくりと3時間かけて薫製にします。完成した肉は深い赤褐色で、表面はしっとりと艶があり、脂が程よく乗っています。
藤堂さん、解説をお願いしてもよろしいでしょうか。」
「はい、今回はつい先日とれたてのトド肉を使用しています。今回用意したものは、特に油がのった部位です。」
うわっ。普通にトドっぽい何かがしゃべってる。
だれか突っ込めよ。林、こういう時はお前だろ……何まじめに話聞いてんだよ!
スーガーサトシの思いは通じることはなく話は続いていく。
そしてついに実食に。
これはドッキリだ。そうだ。そうに違いない。誰かが反応するのを待ってるんだ。きっと! そうだ!
やけくそになりながらも、なんとか割り切って仕事を全うするべく覚悟を決める。
すると、派手なリアクションながらも丁寧な解説で有名な林が、トド肉を食した。
「おお! まず口に広がるのは、深い旨味と海の香り。そして噛むごとに、薫製香と肉の甘みが溢れ出してきます!
……うんうんうん。特に赤身の部分は濃厚な肉の旨味が特徴的で、霜降り部分はとろけるような食感と共に、海獣特有の繊細な脂の甘みを楽しむことができます!
久しぶりの120点です!」
まじめに解説しろや。中途半端にボケるけど、全然面白ないからな。
「おおっと、これは先週ぶりの120点! おめでとうございます! 藤堂さん!」
「ありがとうございます。」
番組恒例の面白くないギャグがさく裂。テレビ放送では、SEとテロップでなんとか笑えるようになっているはずだ。もう3年はやってるだろ。そろそろ誰か止めろや。
番組が終わったら苦情を言おうかなと思案していると、藤堂さんがお礼を言う。そして、林の居る席に近づき、
林が肉塊となった。
あたりには、大量の血液が飛び散り、夕焼けのごとく赤に染まる。林がいた場所には、海外の缶詰のような形をした肉の塊が鎮座していた。
……………………………………………………………………………………ドッキリ!!!! これはドッキリ!!!! ドッキリです!!!!
最近のおお!! ドッキリはああああ!!!! すごいなああああ!!!!!!
ふうううううう。はあああああ。
落ち着け落ち着け。俺は冷静これはドッキリ。そうじゃないわけがない。そうじゃないとおかしい。
深呼吸で心を落ち着かせながら周りを見渡すと誰一人、林に対して反応していない。
明らかに血をかぶっている隣の席の酒田は相変わらず、硬い表情だ。
血濡れのエプロンを付けた藤堂さんに、誰も恐怖の表情をしていない。
明らかにおかしい。だが、周りは正常。
おかしくなったのは、俺なのか?
そう疑心暗鬼になっていると、酒田がトド肉を食べる。
いつものように味をほめながらも解説をし、
藤堂さんにより肉塊にされた。
……………………………………………………………………………………ドッキリ!!!! これはドッキリ!!!! ドッキリ!!!!
マズイマズイマズイ!! 血がぶっしゃああああああって!!
ぶっしゃああああああなって私の服びっしゃああああああ血で濡れてるよおおおおおおおおお!!!!
どうするどうするどうするどうするどうする
急速に頭を回転される。しかし彼にはその時間が与えられなかった。
「ではお次に、スーガーサトシさん! お願いします!」
キンキンとMCの声が響く。
てめえ余計なこというんじゃねええええええ!!!!
後で覚えとけよこの野郎おおおおお!!!
目だけで殺意を全力でアピールする。
すると、ふと、藤堂さんの目が、何一つ曇りのない黒い瞳が、じっとこちらを見つめている。
あっ
もう逃げることはできない。直感的に悟った。
覚悟を決めて、トド肉と向き合う。
一見するとただの燻製肉だ。赤身がおいしそうだし、見た目は高得点と言っていいだろう。その身からだらだらと油が垂れて、皿に油の溜まりができている。そして、当然ながら、においは強い。獣特有の臭い。今までに感じたことがないほどだ。
だが、それをそのまま伝えていいのか。どこに地雷があるかわからない。今まで高評価レビューをした二人は肉塊になっている。ということは、正直に答えるべきなのかもしれない。しかし本当にそれでいいのか。どう考えてもアウトな気がする。そもそも食べていいのか。トドの前でトド肉を食ってもいいのか。というか何でトドが同族を調理しているのか。
時間にして僅か2秒。
逡巡する思考をよそに、彼の手は既に動いており、やがてトド肉を口にする。
ゴクン
ああ食べてしまった。やってしまった。……だが、まだだ。このあとのリアクションが大事。だがどうする? このままだと 死ぬ!
生きたい
「あ、油が臭い…?」
「おおっと! これは意外にも酷評だ!」
MCクソ野郎が何か喚いているがよくわからない。
ただ、俺は先ほどからずっと無表情でこちらを見つめてくる藤堂さんの動きを待っていた。
番組は終わった。そう気が付いたのは、番組が終わり、スタッフと飲み会の最中であった。
結論から言うとあの後、藤堂さんは特に何もすることなく、退場した。無事? 番組は終わるも俺はしばらく上の空だったらしい。スタッフに連れられ、飲み屋についてからは、ずっと酒を飲んで飲んで飲んで倒れて、ようやく正気に戻ったそうな。
水を飲み、少しずつ冷静になっていく。と同時に安堵から涙が止まらなくなった。
やった! 生き残った。生きてるって素晴らしい!
スタッフがワイワイと騒ぐ中、静かに涙を流していると、MCのクソ野郎が絡んできた。
「どうしたんですか!? サトシさん! 今日は何かありましたか!? 元気出してください!!」
酒に酔って赤ら顔のドブカス野郎がバシバシと肩を叩いてくる。
怒りがふつふつと湧いてくる。俺は衝動に身を任せた。
後日、暴力行為により、芸人”スーガーサトシ”が「極上!珍味ハンター」を降板に。芸人を引退することになった。
さらに後日、林と酒田が行方不明と警察が発表。だが俺にはもう関係ないことだ。
トド肉警察にご注意 縦横七目 @yosioka_hatate
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます