リベルリライターズ
N神正
プロローグ 二次元図書館
第1話 司書か死か
どうやら俺は死んだらしかった。
なぜそんなに他人事なのかというと、さっぱり自覚がないからである。なんなら、生前の自分の記憶すら抜け落ちている有様だ。俺の名前が「指宿イスキ」であると言うことすら、目の前の神様から言われて知ったくらいである。
ただ不思議なことに、抜け落ちているのは自分に関する記憶だけのようだった。一般常識はしっかり頭に入っている。例えば、この仄暗い空間でスポットライトを浴びるようにして立っている目の前のおっさんが神様なんだろうことも認識できるし、死んで神様と会ったということは異世界転生をするのだろうと言うことも想像に難くなかった。それらを一般常識と言っていいのかはともかくとして。例えるならそう、「ここはどこ?私は誰?」。記憶喪失というやつである。どうも生前の俺は凄惨な死に方をしたようだ。
「指宿イスキ。可哀想な人の子よ。お前にはふたつの道がある」
目の前のおっさんは、いかつい体に布を巻きつけた西洋風の男だ。
セオリー通りなら見目麗しい女神様に導かれるはずなのだが、これはこれで荘厳でいい。なにより、俺は死んだのだという説得力が違う。
そんな嫌な説得力をその言葉に与えるほどの見た目の力強さを持つ神様は、俺に二つの道をくださるようだ。
まあ、それこそセオリー通りなら、「地球で生まれ変わるorチートスキルを持って異世界へ」の2択だろう。もちろん俺は後者を選ぶ。どうせ記憶もないし、はっきり言ってどちらもそう変わらない。記憶はなくても男のサガ、世界最強キメてハーレムを大建造してみたい。
チートスキルは自分で選べるのだろうか?転生先で授かったスキルで初見になるのもワクワク感がたまらないが。それに、ハーレム要員も数人を集めてそれぞれハーレム名をつけて、どのハーレムが俺を獲得できるかの競争をさせてみたい。蠱毒と同じ要領だ、最終的に競り勝ったハーレムはきっと最もエロく最も強いに違いない———
(可哀想な人の子よ……)
「うわ! 直接脳内に!」
脳内でさまざまな女の子がくんずほぐれつ自分を賭けてエロい戦いに身を投じている様を繰り広げていたところ、おっさんが現れた。これほどの衝撃はない。エロ本を捲っていたら真ん中に選挙ポスターが挟まっているようなものだ。
「可哀想な人の子よ。私の話を聞きなさい」
「す、すません。すませんけど、その可哀想なっていうのやめてください。地味に心にくるから」
「可哀想な人の子よ、お前にはふたつの道がある」
「あれ? もしかしてわざとやってる?」
俺の哀願むなしく、神様はお話を続けなさる。
「司書か死か」
「……」
ししょかしか。
早口言葉のような間抜けな響きを、頭で反芻する。司書? か、死、か。
「司書っていうのは、チートスキルのことですか?」
「否」
「死っていうのはハーレム王のこと?」
「否」
神おっさんは表情ひとつ変えず荘厳なまま、ただ否定の言葉だけを告げる。そして、それ以上の説明をしてこない。いや、説明はしてほしい。仕事だよね?
「俺、死んでるんですよね? なのに死ってどういうこと?」
「死とは死である。存在の消滅。指宿イスキと言う存在が、この世の理から外れることを意味する」
怖ぇよ。
ふたつの道があるって、ほぼ一択じゃねぇか。
しかもその一択もよくわからないときた。
「指宿イスキ、死を選ぶか」
「いやいや選ばないっすよ。ただ、司書の方もよくわか———」
「では、指宿イスキ、司書として健闘を祈る」
「急に巻いたな!? そんな消去法みたいなので……」
俺の講義も虚しく、急に巻いた神おっさんは無駄に神々しく光の中を登っていく。そして、途方に暮れている俺を、柔らかく温かい光が包んでいく。
そうして俺は、司書になるらしい。
*****************
「え、なにここ、異世界!?」
光に包まれた俺が目を開けると、現代日本とは似ても似つかない光景が広がっていた。
天空の城。表現するならそれがぴったりだ。
そこから白く長い階段がかけられ、俺はその真ん中に立っていた。振り返ると、そこそこ大きな街並みが広がっている。
「すげえ……! まじで異世界じゃん!」
階段を上り下りするまばらな人影の中には、耳が尖っていたり、尻尾が生えていたりする人もちらほら。夢にまで見たエルフだ! 獣っ子! 可愛すぎる!
彼らからしたら挙動不審な俺も注目の的のようで、階段のど真ん中で物凄く視線を感じる。急に恥ずかしくなり、とにかく目の前の天空の城へ向かうことにした。
……この時、足元のスースー感に、もっと早く気づくべきだった。
無駄に長い階段を早足で駆け上がり、天空の城と思しき建物の入り口に到着する。入り口から覗き見たその中は俺の想像を超えていた。
見渡す限りの本棚と、そして本、本、本。
魔法か何か知らないが、自由自在に飛ぶ足場に、似たような制服姿の人たちが乗って、本棚の本を点検しているようだった。
俺が仰ぎ見ても、その天井は視認することはできない。
俺があっけにとられてアホ面を晒していると、後ろから小突かれる。
「あ、すみませんぐふっ!?」
後ろから襟首を掴まれ、下に引っ張られた。
苦しい。圧倒的暴力。文句の一つもつけたいものだが、呼吸すらままならない。
そんな俺の耳元に、涼やかな声が届いた。
「指宿イスキね。ちょっと、きてもらうわよ」
視界の端に、桜色の髪が映る。
その先を見る前に、俺の体が宙に浮いた。
「え!? え!? なに!? なにぃ!?」
経験したことのない浮遊感に、俺はみっともなくジタバタと暴れる。しかし、その手足は地面の感触を掴まない。
「図書館ではお静かに」
先ほどの涼やかな声が、真下から聞こえた。
俺よりもいくつか年下と思われる、少女。その顔は角度的にはっきりとは見えないが、桜色の髪から覗くまつ毛は長く、その美しさを物語っていた。
少女は俺の片足を掴むと、まるで風船のようにぷかぷか浮かぶ俺を引っ張っていく。
……もっといい運び方はなかったのだろうか? 周りからの視線が痛すぎる。異世界であっても人間風船は異様に映るようだった。
とりあえず、黙ってされるがままになっていると、「関係者以外立ち入り禁止」のプラカードの部屋の前へと連れてこられた。
不思議に思う俺の足を掴んだまま、少女はその部屋へと入っていく−−−。
ガン!
「あ」
忘れてた、というように少々焦った声を出す少女。
それよりも悲惨なのは俺だ。
太ももから上を、壁に強打した。まだ股間クリーンヒットでないだけマシだが。
「〜〜〜〜〜!!!!」
「ごめんなさい、大丈夫?」
悶絶する俺を、ふんわりと床に下ろすと、少女が顔を覗き込んでくる。大丈夫なわけあるか。
そこでふと、なんとそこで初めて、俺は違和感に気づく。
黒を基調とした、どこか軍隊を思わせるような衣装に身を包んでいることに。そう、それは目の前の、桜色の髪をした少女とお揃いの。
どこまでお揃いかというと、その膝丈のスカートまで。
「……え?」
俺は思わず、股間と胸を抑えた。
あるはずのものがある。ないはずのものがない。それは間違ってない。つまり、股間の男性の象徴はあり、胸の薄っぺらい胸板は硬いまま。それに、少女と同じ服装。
「……え?」
「……ん」
俺の動揺を見て、少女が手鏡を差し出してくれた。
銀髪の長い髪。高く小さい鼻に、赤く色づく薄い唇。長いまつ毛が彩る、大きな瞳は、驚愕に見開かれていた。
絶世の美女が、そこにはいた。この美女を見て、目を奪われないものはいない。老若男女関係なく魅了するであろう不思議なフェロモンがこの世にあるとすれば、それはこの美女をからこそ採られるだろう。
問題は、そこではない。
それが、イスキと同じ表情をするということだ。鏡の中で。
「……マジで?」
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