第4話 モブの悲しみを知れ

 局部は男物の下着で隠れている。しかし、この世界にやってきた時に着せられていた村娘っぽい服は見るも無惨にほぼ溶けてしまっていた。


「主人公たちのことは気になるけど、このままじゃまともに行動もできない。悪いんだけど、何か服買ってきてくれないか?」

 勇者カインに助けられた俺は、女子たちに男の裸を見せるまいと木の後ろに隠れながらそう頼む。

 俺を助けてくれた勇者カイン……原作では主人公のランスを追放し、その後チートスキルを得たランスによってボコボコにされる役回り。原作の中でも外面はよく、男女問わず優しさを振り撒くお陰で誰もカインの言うことを疑わなかった。俺を助けたのもそのためだろう。

 ともかく、ランスが追放されていないと言うそもそもの前提から覆っている状態は、ナカノによるとどうも急いでどうにかしなければならないと言うことはないらしい。曰く、


「私たちが修正すべきなのは展開じゃなく、【紙魚】に侵されたキャラクターなのよ。キャラクターを修正することで、正しい物語を紡ぎ出すわ。この物語世界が辻褄を合わせようと、時間さえ巻き戻して動き出すわ」


 と、相変わらず半分も理解できないようなことを説明された。よくわからないが急がなくていいと言うことらしい。

 そんなこんなで、ひとまずは俺の行動を縛る服問題に着手しているわけだが。


「服を買ってこいって、あんたねえ。お金なんかあると思わないでよね」

「これ仕事なんだろ? 必要経費なんじゃないのか?」

「私たちが物語の中に持ってこられるのはその身一つよ。その代わり世界にふさわしい服装にしてもらえるし、そもそも開幕いきなり服溶かされる愚か者がいるなんて想定してないのよ」


 ナカノはため息ひとつ、やれやれと首を横に緩く振る。愚か者て。


「じゃ、じゃあどうすんだよお。下着のままでいろってのかよ。こんなに美しい俺が、こんなに醜い半裸でいなくちゃいけないのかよ」

「あんたの半裸が醜いのはあんたの責任でしょ」


 ぴしゃり、正論を吐かれる。時に正論とはどんな暴言よりも殺傷能力を伴うものだ。ちょっと涙目になりながら、ナカノの厳しい表情に訴えかけるが、効果はない。


「それよりまず、触手の粘液をどうにかしなさいよ。きったないわねえ」

「ナ、ナカノさん、そんな酷いこと言う人でしたっけ?」

「ごめんなさい、思ったことは推敲せず口から出てしまうのよ」


 ナカノは木に隠れる俺に向かってしっしっと手を振る。酷い扱いになったものだ。


「イ、イスキさん。服のことは私たちも考えてみます。イスキさんがそのままの格好だと、私も困るし……」


 ナカノのさらに後ろから、男アレルギーだと言うミモリが頼もしいことを言ってくれる。

 とにかく汚いのは確かだから、どこかに洗いに行くしかない。


「イスキさん、イスキさん」

「うおっ! い、いつの間に……」


 いつの間にか後ろに回っていたらしいロリ———もといコトが声をかけてくる。


「あ、お前! いけませんこんな汚いもの見ちゃ! いい子が野郎のケツなんか見たら穢れちまうだろ!」

「わぷ」


 視線が俺の下着越しのケツに行っていたコトの視界を塞ぐように、銀の長い髪をファサッと被せる。危ない危ない。健全な青少年を育成するのも年上の勤めだからな。

 俺の髪を払うと、コトが俺を見上げる。


「イスキさん、こっちに湖があります。冷たいかもしれませんが、粘液だけでも洗い流しましょう。あ、髪の毛、後ろからコトが洗います。前は見ませんからお気になさらず」


 なんていい子なんだろうか?

 クソ生意気なチビだとばかり思っていたが、どうやらいいことと悪いことの線引きはしっかりしているらしい。

 凍えそうに歯をガチガチ言わせながら、湖で体を清める。コトはせっせと、俺の銀の髪に水をかけていた。

 正直めっちゃ寒い。冷たい。今冬なのか? 異世界だとそういうのがわからない。それともこれが普通の世界?


「なあ、なんでこんなに寒さを感じるんだ? 『ちかよるな』のヒロインとか結構薄着だから、年中あったかい気候なんだと思ってた」


 背後で俺の髪を絞っているコトに問いかける。しかし、ロリに自分の髪を洗わせるって、なかなか背徳的だ。


「ヒロインにはヒロイン補正がありますからね」

「なんだそれ、主人公補正は聞いたことあるけど」

「そのヒロイン版です。この世界だと、どれだけ肌を出しても平気だとか、ムダ毛が一切生えないとか。ヒロイン達に比べてモブが厚着なのはそう言う理由です」


 は? と眉を顰める。湖から上がると、コトが向こうを向いていた。その背中にまた問いかける。


「なんでそんなモブに厳しいんだ?」

「モブに厳しいのではなく、彼らに甘いのです。あまあまのあま。コトもいつの日か、ミモリさんのような立派な甘食を胸に……」

「ええ、まってまって、急に話変えないで??」


 体の水滴を払いながら、ロリの小さな背中に突っ込む。こいつはマイペースすぎる。


「つまり何? 俺が読んでた『ちかよるな』の世界みたいな、モンスターぶっ倒したり魔法ぶっ放したり、そういうのも補正だっていうわけ?」

「勿論です。この世界は、彼らのための世界なんですから。私たちの役割は司書として、この世界のモブとして世界を修正することです」


 あっけらかんと、コトの背中は告げた。

 俺は司書であり、この世界のモブ。

 好きな作品に入れたからと言って、楽しいことばかりではないらしい。


「そんな現実を突きつけさせていただいたところで、イスキさん、どうするおつもりですか? 唯一無事だったおパンツも、このとおりベトベトです。おパンツベトベトですよ」

「触手ね? 触手の粘液だからね。誤解を招く言い方辞めようか」


 しかし実際問題、服がなけりゃ服を買う金もない。ベトベトおパンツは後で洗って乾かすとしても、それまで裸でいるわけには行かないだろう。


「困ったな、ミモリはああ言ってたけど、今の話を聞く限りお前らこの世界ではなんの力もないんだろ? 服もなけりゃ金もない。俺にはこの美貌しかないんだな……」

「イスキさん、聞くところによると、その極上の顔面も死んでから得たとのことでしたが。しかし、コトには不思議です。記憶がないのに、なぜそのお顔がご自身のものでないとわかったのですか?」

「この体にこの顔ついてるやつあるわけねえだろ。……それに、初めて鏡見た時、すげえ違和感あったんだよな。俺の顔じゃないって」

「それは恐ろしい話ですね。座布団を一枚差し上げましょう」

「前から思ってたけどお前、テキトーに話してるよな?」


 コトはそれには答えず、後ろを向いたまま両腕を上げて垂直跳びをした。

 ……なにそれ?


「悪い、今お前のお茶目な行動に反応してる暇ないんだわ。可哀想に、見ろよ俺の体。鳥肌なんてもんじゃないよ」

「そうでした、服でしたね。コトとしては、こういったファンタジー作品の修正をしたことは経験がありません。むしろイスキさんの方が詳しいのではありませんか?」

「そりゃ、この作品のことは思い出したけどそんなに詳しく覚えてないし……あ、でもそうか。これは『ちかよるな』の世界なんだから、宝箱があるはずだな」


 原作の『ちかよるな』に、印象深いエピソードがあった。『ちかよるな』の世界にはRPGよろしくダンジョンに宝箱があり、装備品が手に入ることがある。お金が直接入っていることはないが、局部を隠すくらいのものならなんとか入っているのではないだろうか。

 説明をすると、コトは頷いた。

「なるほど。随分都合のいいものがあるのですね」

「原作では湧き出る3桁のヒロインたちに装備を渡すためにこの宝箱のドロップを利用していたからな。レアなので言えばバニーガールとかあって、ヒロインたちはそう言う過激で可愛い装備を主人公のために狙うんだよ」


 まあそういったものはあくまでレアで、基本は皮の鎧とか言うどの冒険者も要らないようなやつ。しかし今の俺にとっては革装備でもどんな神具にも勝る。


「そういうわけだ。ナカノたちに頼んできてくれないか? ……いや、お前たち特殊能力とかないんだったな。ダンジョンに入らせるのは危険か」

「いえ、そうとも言い切れません。4人もいるんです、ちょっと中に入ってちょっと宝箱を開けるくらいできるかもしれませんよ」


 とりあえず相談しましょう、と言って、テテテとコトはかけて行った。2人にこの事を知らせに行くようだ。


 湖から上がり、コトの帰りを待つも全裸である。寒くて仕方がない。幸い、首から上は美少女のそれなので、相当の毛量を誇るスーパーロングの銀髪ツインテールを体に巻きつける。先ほど洗ってもらったばかりだから髪も濡れて冷たいが、何もないよりマシか。


 そうしてコトがまたテテテとかけてくる。その後ろからなぜかナカノとミモリがついてきていた。


「うわ、全裸じゃないの」

「コ、コトさん!? なんで連れてきたの!? 俺全裸なの知ってるよね!?」


 コトは何が問題かわからないような呆けた顔でいる。こいつわざとか? わざとなのか? さっきまでのいい子はどこに行ったんだ?


「すみません、全裸でしたか。これはうっかり。イスキさんお顔は女性ですから、間違えてしまいました」

「お、俺のことはいい! 2人に謝れ! 突如髪を体に巻きつけた変態野郎の全裸を見せられた2人に謝れ!」

「あんたって心は紳士のくせに、常に見た目に変態よね」


 コトは素直に、振り返って2人に頭を下げた。そして、気づく。


「ミモリさんが泡吹いて倒れています。まるでそう———カニのように———」

「そんなに上手いこと言ってないから溜めなくていい! ミモリ本当にすまん! 俺にできることならなんでもするから!」


 ナカノが抱き上げてやると、ミモリは少し意識を取り戻したようで、


「イ、イスキさんは……うっ、悪くありません……うぅ、私が、私が悪いんです……私が人類の半分の性別を過剰に浴びると体調が悪くなるせいで……」

「ミモリ、なんて優しい子なのかしら。街中でどちらが悪いか聞いたら10人中11人はイスキが悪いと答えるのに」

「そのどっかから湧いた1人は間違いなくアンタなんだろうな!」俺は叫ぶ。


「ていうか話が進まん! 申し訳ないが俺はまた適当な木に隠れるからみんなちょっと待っててくれ!」


 いそいそとそこらで1番幹の太い木へと進む俺に、コトがまた声をかけてくる。


「イスキさん、イスキさん」

「ん、ああコト。もう怒ってないから大丈夫だよ。ちゃんと俺の言うこと聞いてくれたわけだし———」


 コトは、ナカノの腕の中で苦しそうに上下するミモリの豊かな胸を指さし。


「あれが甘食です」


「お前俺にも謝れ」


 いい子であることには違いないが、このロリには空気は読むものと言う概念がないらしかった。


***************


「ミモリ、落ち着いた?」


 俺が木の後ろに隠れてから数分、苦しそうに喘いでいたミモリが落ち着きを取り戻したようだ。ナカノは胸を撫で下ろしている。


「これまでリベルリライターはあたし達3人だけだったから、ここまで苦しい思いさせずに済んでたけど、これからは気をつけなきゃいけないわね。ごめんなさい、ミモリ」

「な、ナカノちゃんが謝ることじゃないよ!」

「なんだ、俺たちだけなのか、リベルリライターってのは」


 木から顔だけを出して会話に混ざる。顔だけなら完全に女だからか、ミモリも取り乱すことはないようだ。


「ええ。だから、本当に久しぶりよね。こんなふうになったのは。別にキャラクターの男には一定の距離を取ればいいだけだし」

「ですが、コトにとって初めての仕事の時は大変でした。ミモリさんもそうですがナカノさんも取り乱して。初仕事のコトが頑張ったのです」


 ふん、と自信満々に胸を逸らして、コトはいう。


「へえ、ナカノも? 随分難しい仕事だったのか? それとも、殺伐とした世界とか?」

「い、いえ……この話は今しなくてもいいでしょう?」

 ナカノはあからさまに動揺をする。どうやら恥ずかしいらしい。


「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ? それだけ難しい仕事をクリアしたってことなんだしさ。それに、過去の仕事について純粋に聞きたい。間違いなく参考になるだろ?」

「ま、まあ……そうかもしれないけど……」


 自信満々なドヤ顔を崩さないコトが、俺を向かって言う。


「えっちな本だったのです」


 えっち。

 それは———いわゆる、そういう本か。


「女の子3人でそれはきついな」

「仕事としては簡単だったわよ。その……恋人同士の2人のうち女の子が好きでもない男の人と……って内容で、その子が【紙魚】に犯されてそれを回避しようとしてただけだから」

「ちょ、ちょっと心にくるなそれ」


 いわゆるNTR本て言うやつか?


「でもそれなら、本番は見なくても済んだわけか」

「そうね……私たちはモブだし、別に巻き込まれることもないんだけど。ただ……」


 ナカノはらしくなく口籠る。


「目の前で恋人同士できっ……キッッスゥを始めた時は、動揺したものよ」

「コトもあれには大興奮でした。なんともえっちでした」

「コ、コトちゃんには見せないようにしようと思ったんですよ!? こ、子供だし! でもその前に私が倒れちゃって……」


 各々、恋人同士のキスを思い出しては顔を赤くしていた。

 ナカノなんかは動揺を思い出してか、カミカミで声も裏返りながら。

 そして俺は決意し、確固たる意思で頷く。


「お前たちのその純粋な心、絶対に俺が守ってやるからな」


 3人は不思議そうな顔をしていたが、俺の決意は堅かった。




 

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リベルリライターズ N神正 @kashiyu1925

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