第2話 ようこそ二次元図書館へ
なにがムカつくかって、完全な女体化じゃないところだ。
イスキジュニアはちゃんとそこにある上に、おっぱいはない。喉仏も健在で、せっかくの美女が吐き出す言葉は全て野太い。もともとヒョロかったのか体に筋肉はないが、筋肉のない男の体としなやかな女の体は全く別物だ。上半身は長袖だからマシだがスカートから覗く足にはムダ毛もバッチリ生えている上、骨ばっててゴツい。
ただ、本当にまさに首から上だけは絶世の美女。異世界の美少女なのだ。
そんなことを考えていると、目の前の少女にため息をつかれる。この数分間で、実に5回目のため息だ。
「指宿イスキ、ちゃんと聞いて」
「聞いてるって。はあ〜マジでめっちゃ可愛い……いや、美しい。綺麗。麗しい。本当にタイプ。いやこの顔タイプじゃないやついねーか。この声さえどーにかなればなあ。……あ、ねえねえ、ちょっと俺に声当ててみてくんない? セリフは、ちょっとドSっぽい感じでぇ」
手鏡を見て表情をとろけさせる俺に、ついに堪忍袋の尾が切れたようで、机をバンと叩き、
「指宿イスキ!!」
「はいっ……」
その迫力に、俺は情けない掠れた声を出して、さっと手鏡を手放す。背筋は不自然なほどピンと伸びる。
「あんたは今日から、この二次元図書館の司書なのよ。いつまでも三次元気分でいられると困るの。わかってるの?」
「は、はあ……三次元気分て……」
学生気分みたいにいうなよ。
とはいえ、真面目に話をしようという少女を無視して手鏡に夢中になっていたところは反省すべきだ。いくら俺の顔がこの世のものとは思えない美麗さだからといって、失礼なことをした。少女の怒りをこれ以上買わないよう、背筋を伸ばして少女を見る。
少女も(今の俺ほどではないが)驚くほど可愛らしい。桜色の髪は可愛らしい顔立ちを存分に彩っている。
邪な考えを巡らせる俺の視線とは裏腹に、少女は至って真面目に話を進める。
「死んだ後異世界に転生するもの、召喚されて転移するもの、元の地球でまた生まれるものなど大勢いるけど、ここで司書に選ばれることは凄いことなのよ」
「へえ……」
「アイドルになりたいからって、アイドルになれる奴は少ないでしょ? 狭き門ってやつ。それなりの心構えでいないと」
「そもそも俺、別になりたくてきたわけじゃないんだけど」
そうぼやくと、少女は目をパチクリさせた。
「司書希望じゃないの? おかしいわね、リバライト様には会ったのよね? ここは倍率が高いから、希望しない限りリバライト様との面会すらできないはずよ」
「りばらいと……口ぶりからするとあのおっさん神様か? よくわかんねーけど、俺の自覚としては気づいたら目の前におっさんがいて、死んだことを教えられた感じだから……ていうか、死んだあとすらそういう就活の選考みたいなのしてるの?」
「ええ。3次元の人間は死ぬと地球に生まれ変わりでも異世界に転生でも、好きに選択可能なのよ。ここ二次元図書館もそのうちの一つなんだけど、必ずリバライト様に謁見する必要があるの。リバライト様に魂の高潔さを認められ、才覚のあるものだけがここで働くことができるのよ」
ひとしきり説明して、少女は「とにかく」と咳払いをひとつ。
「リバライト様が認めたのだから、自覚がなくともここで働く才覚があるのでしょうね。私はあなたの教育係、仲村ナカノよ。よろしくね」
そう言って優しく微笑むと、手を差し出してきた。
「あ、ああ。あんまりよくわかってないけど。精一杯頑張るよ、よろしく仲村さん」
「ナカノでいいわよ」
その手を握る。ファーストインプレッションこそ人を人間風船扱いして最悪だったが、見た目はいいし優しそうで真面目な雰囲気を感じる。そういえば上司に当たるのか? 今更遅いかもしれないがタメ口は改めよう。年は同年代に感じるが、現実世界じゃないのだから見た目通りの年齢とは思わない方がいいし、そもそも、ここでは全てにおいて先輩だろうし。
「ところで……」
「!?」
ナカノが俺の手を確かめるように両手ですりすりと触りだす。くすぐったさと、初対面の他人に肌を触られる嫌悪感が背中を舐める。
「いいい……な、仲村さん、なんすかセクハラすか!?」
「人聞き悪いこと言わないでよ。あとナカノでいいってば。いえね、顔は女の子なのに随分その……体が特徴的だと思ってね。あら」
ばっ!っとナカノの手を振り解く。
「俺もよくわかんないけど、なんか体は男のままなんすよ。ここの呪いかなんかなんすか? どうせ美少女にするなら、声も体も変えて欲しいんだけど」
「めちゃくちゃ珍しいけど、可能性としてはそう言う体の人がいても不思議じゃないわね。ここの利用者の中には、エルフや獣人も多いし」
この建物に入る前、ザ・異世界のそれらの存在を見かけたことを思い返す。確かに、彼らがいるなら頭と体の性別がアベコベなやつくらい不思議ではないか。
「不思議ではないけど気持ち悪いわね」
「きゅ、急に暴言!」
「ごめんなさい、好きでその格好なのかと思ってたから言わなかっただけよ」
「そこで気を使うなら最後まで言わないで欲しかったよ……」
項垂れる俺をテーブルの向こうから見ていたナカノが、場の空気をリセットしようと話題を移す。
「あなたの仕事について説明するわ。大丈夫、仕事自体は簡単ではないけど、やりがいは随一よ」
「う〜ん、あんまり心惹かれない文句すね……」
「話を最後まで聞きなさい。あなたの仕事は、『物語を修正すること』よ」
ナカノの言葉を合図に、どこからともなく一冊の本がふよふよと漂ってきて、ナカノの手元にやってきた。
その表紙を見たとき、俺の失われた記憶の一部が蘇る。
「『超使えない能力のお陰でクソみたいなパーティから追放された俺は実は勇者の生まれ変わりでハーレムしながらチートスキルで無双していく予定』略して『ちかよるな』じゃん! パーティメンバーに無能扱いされた主人公・ランスは実は勇者の生まれ変わりで洞窟で追放されるも神の祝福を受けたヒロイン・リティアと出会って勇者だった頃のチートスキルを覚醒させて無双しつつ3桁にものぼるハーレムを形成する成り上がり転生ものの最終兵器と呼ばれた、あの!」
「……詳しいのね」
ナカノからの冷たい視線を浴びて、我に帰る。というか、蘇った初めての記憶が、自分自身のことではなく小説の内容だとは。
俺の記憶によると、ナカノの手元にあるそれは1巻のようだ。主人公のランスとヒロインのリティアが描かれている。俺の記憶が確かなら、このシリーズの書籍は3巻まで発売されていたーーその時からどれだけの時間が経ったかわからないが。
だが、どうやら俺はこのシリーズが好きだったらしい。その表紙を見てから、心踊る感覚が湧き出て、ワクワクが止まらない。
「それで、それでなんで『ちかよるな』なんだ? 『ちかよるな』が仕事に関係するのか?」
「その略称なんとかならないの? ……まあ、興味を持ってくれたならよしとしましょうか」
ナカノは文庫サイズの『ちかよるな』をパラパラとめくりながら、説明を始める。
「ここ、二次元図書館は今までに三次元で出版された創作の全てがある。それを他の次元の人たちなどに貸し出ししているのだけど−−−たまに、所蔵している本が暴走するのよ」
「暴走?」
図書館や本とは結びつかないその単語に、俺は眉を顰める。
「ええ。三次元で出されたものと、展開が変わってしまうの。【紙魚】と呼ばれる魔物がキャラクターに悪影響を及ぼし、違う展開を引き起こす自我を与えてしまうのよ」
ナカノは表紙にトン、と人差し指を置き、俺を正面から見据える。
「暴走した本の中に入り、【紙魚】に侵されたキャラクターを修正し、物語を正すのが、私たち『リベルリライター』の仕事よ」
「本の中に……入る?」
自分の外見の不思議さも、自分の記憶の欠如も、今の俺にはわからないことだらけだ。
それでも、これから俺が任される仕事に、そんな悩みよりも心を躍らせている自分がいた。
***************
俺はだいぶ自由人というか、今さえよければ全てよしな刹那的な生き方をしていたようだ。記憶を探すだとか、この体の謎を解き明かすだとかよりも、ナカノの説明した仕事が楽しそうと言う感情だけで飛びついてしまった。
ナカノが俺と自身を示すために呼んだ『リベルリライター』とか言う単語は造語らしい。司書と同じ意味なのかと問うと、全く同じではなく、司書として仕事をする数十人の中でもさらに一握りが、『リベラルリライター』として修正作業ができるのだそうだ。
選ばれしものの中の、さらに選ばれし者か……チートスキルもハーレムもなかったが、これはこれでありだな。
説明を終えたナカノは、仲間を連れてくると言って部屋を出て行った。鏡の中の自分を眺めること数分、なかのが女の子2人を連れて戻ってきた。
ロリッ子と、巨乳。
なんとなく俺がそこそこかわいい女子三人に囲まれていると思うと、まあまあハーレムと言える状況なんじゃないかと思えてくる。
悲しいかな、一番可愛いのは俺なんだがな。
「あたしたちと一緒に仕事をするリベルリライターの2人よ。既に2、3度修正経験があるから先輩に当たるけど、同年代なんだしあまり畏まらずに行きましょう」
ナカノはそういうと、軽く俺のことを2人に紹介した。
「ふたりとも、この気持ちわる……いいえ、かわいそう……うーんと、なんて言えばいいかしら。とにかく指宿イスキと言う人よ」
「ま、待て。ナカノ、オブラートに包みたい気持ちはわかるんだがはみ出てる。諦めないでくれ」
「ごめんなさい。あなたのことを説明するの難しいわ。とにかく新人であることが伝わればいいでしょう」
ナカノは半ば面倒そうな態度でそういった。いやいくらでも言いようはあるだろ。ちょっと真面目な印象が薄れてきたぞ。
ナカノに不審な視線を送る俺に対して、10歳くらいのロリが、ぺこりと頭を下げた。
「神子時コトと申します。よろしくお願いします」
「おう、よろしく。指宿イスキだ。小さいのにしっかりしてて偉いな———」
その下げられた頭を撫でようとすると、ピシッと鋭い痛みが手の甲を走った。
ロリ———もといコトが、俺の手をはたき落としたのだ。
「すみませんが、コトの頭は日本円で一撫で五百五十円です。なんと、驚きのリーズナブル。ですが、前払いです。はよ」
そう言って、図々しくも手のひらを突き出してくる。その手に、デコピンをお見舞いしてやる。
「なんてことを……。あなたとの国交は無理そうです。おコト、怒っとります」
「全然上手くねえからな。可愛くねえチビめ。次物乞いしやがったらその手に唾吐いてやる」
頭を撫でようとしただけで金をせびるような奴はロリッ子ではない。チビガキだ。そもそも俺はロリっ子は好きじゃない。
「あの……」
おずおずと、巨乳が一歩近づいてくる。ゆさっとそのおっぱいが揺れる。男の性で、そこに目を奪われてしまう。そうそう、俺が惹かれるのはこういう色気のある女だ。
「私は金森ミモリ……ミモリって呼んでください」
そう言って、にっこりと微笑むミモリ。
「おう。俺のことはイスキでいいよ。よろしく」
「はい……!」
柔らかく女の子らしい笑みに癒される。こいつが一番まともだ。
握手しようと手を差し出すと、ミモリがすすーっと高速で後ろに下がっていく。
「……」
驚いて出した手をしまえずにいると、ミモリが怖いほどの無表情で告げた。
「ごめんなさい、私男の人アレルギーで。触ると吐いちゃうんです」
「……そう」
その無表情から伝わってくる気迫に、俺は手を下ろした。
撫でようとすればはたき落とされ、握手しようとすれば逃げられ。握手できたと思えばセクハラまがいの触り方をされ。散々である。
でもいいんだ。だって俺には、この中のどの女よりも可愛い俺がいるんだから。
すっかり俺の所有物となった手鏡(元はナカノのもの)を眺めて、俺は折れた心の修復にかかる。
「ふふ、すっかり仲良しじゃない」
どこをどう見ていたのか、微笑ましそうにそう言うナカノ。俺が手をはたき落とされたのを目の前でみていたはずなのだが。こいつやっぱりだいぶ面倒くさがるタイプだろ。
ナカノが指を振ると、テーブルの上に置かれていた『ちかよるな』が、ふよふよと彼女の元は飛んでいく。
「そろそろ行ってみましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺まだよくわかってないし」
「話をするより、体験してもらった方が早いわ。じゃ、とりあえず行ってきます———」
「———うわ———」
重力が、その本から発生しているかのように———。
俺たちは頭から、『ちかよるな』に吸い込まれていった。
……関係ないけど、ミモリにああいう対応された後だと、この本の略称に凄く悪意を感じる。
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