掌編「ビデオレター」
『――おはよう、諸君』
薄暗い部屋にぽつんとあったブラウン管テレビ。
映し出されたのは、この部屋よりもさらに薄暗い部屋でひとり佇む、覆面の男だった。
彼は音声を変えた低い声で言う。
『慌てるな、命の危険はない。慌てずに、落ち着いて聞いてほしい……これはデスゲームだ』
「落ち着けるかよ!!」
『待て、便宜上デスゲームと言ったが、実際は少し違う……。まあ待て、落ち着け。仲間内で手を出すなよ、そっと、手を下ろし、座るんだ……よしよし、良い子だ。あとで牛乳とコーンフレークを渡そう、好きだろう?』
「閉じ込められた上でシリアルを食わされるのかよ……いいけどさ。あと、なんで好物という設定? というかこいつ、俺の様子を見ているわけではないのか……」
画面の向こうにいる相手は仲間内で手を出すな、と言った。つまり部屋に俺以外がいることを想定している、録画映像であることが分かる。
リアルタイムで様子を見ているなら、部屋に俺がひとりきりだと分かっているはずだからな。
一応確認してみるが、部屋には他に、誰もいない。
気づいていないだけ、の可能性もあったが、部屋の隅にあったロッカーを開けて確認してみるが、やはりいない。
俺だけだ。ひとりきり。
…………デスゲーム? ひとりで? ……こんな悲しいことがあるかよ。
『錯乱しているな?』
「してねえよ」
『気持ちは分かるが、歌い出すんじゃない』
「歌ってねえよ……」
『それは◯ー◯ング娘。か?』
「古っ!!」
古いと言えてしまう俺もあれだが、覆面の相手も年代は高めらしい。
過去を知る若者の可能性もあるが、わざわざ選曲でそれを選ぶ狙いはよく分からない。
『まあ、落ち着いてくれ。走り回るな、狭い部屋なんだから』
「どれだけ俺が錯乱していると思ってるんだ……? もう落ち着いてるよ、座ってるって」
録画だから仕方ないとは言え、どれだけこっちが落ち着かないことを想定していたのだろう。
相手の中だけで俺の錯乱がどんどんと盛り上がっていっているらしい。
『やめろッ、壁を叩くな頭突きをするな血だらけになってるじゃないか!!』
と、熱量が上がっていく覆面の男。
熱そうに、首元を指で掻いている。汗で蒸れているんじゃないか?
俺は血なんか出していないのに……。
『落ち着いたと思えば、お前はまた……。はぁ、初対面の女の子に甘えるんじゃないよ』
「あんたの想定が分からん。仲間もいないし、俺がそんなことをするとでも? というか、マジでどういう想定で録画しているのか、台本を見せてほしいよ。即興じゃあないよな?」
『ないな』
「っ、うおびっくりした!? 偶然返事になっただけだよなあ!?」
だったらしい。
その後も、覆面の男は俺の慌てた行動を落ち着かせようとしてくれている。
まあ、全てが見当違いではあるのだが……。
逆に落ち着けたよ。
しばらくして、なんでここにいるのか忘れそうな頃だった。
ビデオレターは本題へ入る。
『では、デスゲームを始めようか』
「…………ったく、悪趣味だなあ。で、なんだよ、なにをすればいいんだよ、デスゲームって」
『――この部屋から脱出しなさい。まあ無理だろうけどね。私のこの映像を律儀に最後まで見ている段階で、貴様は逃げ遅れているのだよ、間抜けめ』
そして、背後の扉の鍵がかかった――がちん、と音がした。
同時に、ぷしゅ、という炭酸が抜けるような音と共に……意識が、揺れる。
あれ? 体の力が抜けて……起き上がれない……?
毒ガス。
ど、どくがしゅが、いつのはにか、へやのなはにはまっへへ、ひはのは……。
・・・
・・・
・・・
『ぱんぱかぱーんっ、脱出おめでとう、デスゲーム勝者は、君だッ!!』
映像が切り替わり。
脱出者だけが見られる映像が、今更ながらブラウン管テレビに映し出された。
無人の部屋に、虚しく響く…………
了
ビデオレター 渡貫とゐち @josho
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