第4話 サイキックvsスラッガー

1)奇妙な出来事・前編

 仲良く手を繋いで庭に戻ると、パーティー会場はあたしたちを抜きに賑わっていた。

 子どもからお年寄りまで二十人くらいはいるだろうか、テーブルや椅子も用意されていた。


「ケン、ピザお願い」

「はーい」


 お母さんに呼ばれて、唐谷くんはキッチンに向かった。

 手持ち無沙汰になりたくなくて、あたしも一緒に家に上がる。外観は純和風なのに、インテリアは洒落た北欧風だった。


 手を洗ってエプロンをつける唐谷くんに驚いた。


「料理するの?」

「うん。結構うまいよ?」

「生意気な言い方ぁ」


 あたしは笑って隣に並んだ。


「私は全然できませんから」

「それなら、俺が得意でよかったね」


 なんだか将来の話までしてるみたいな気がして浮かれてしまう。


 唐谷くんは本当に慣れた様子で野菜を刻んでいく。すっかり肩の力が抜けているみたい。


 これからは、二人でいるときはこんなふうに過ごせたらいいな。

 それに、ここにいる人たちと唐谷くんがうまく過ごせているように、他の人たちとももっと自然体でいられるように、あたしも助けになりたい。


 日が暮れるまで楽しい時間を過ごして、帰りは唐谷くんにいえまで 送ってもらった。最初は「遅くなっちゃうからいい」って断ったんだけど、彼は譲らなかった。


「また明日ね」


 手を振って、帰っていく彼の背中を見送っているうちに、あたしの足はすっかり地についた。


 もう何も恐れない。

 焦る必要もない。


 あたしと唐谷くんは、だ。




 次の日の朝、いつもどおりうちまで唐谷くんが迎えにきてくれて、玄関を出ると彼の隣に一ノ瀬さんが立っていた。


(ああ、そうだった)


 彼女の存在、忘れてた。


「おはよう、唐谷くん。おはよう、一ノ瀬さん」


 二人に同じようにちゃんと挨拶して、あたしは唐谷くんの隣に並ぶ。


「おはようございます」


 一ノ瀬さんがとびきりの笑顔で挨拶を返してきて、ついでに唐谷くんにすっごく近づいた。


 ついこの間まであんなにモヤモヤしてたのに、いまはなんとも思わない。

 だってまだ、昨日繋いだ彼の手の温もりが残ってるから。


 あたしは自分の右手を見つめながら、それを握り締めた。

 一ノ瀬さんがいぶかしんで覗き込んでくる。


「……どうしたんです?」

「いやー、練習試合が近いから、やる気がみなぎるなーって思って」


 はは、って笑いながら、あたしは右手をひらひらさせた。

 彼女は納得してない様子で、ぎゅっと目を細めてとしてくる。


「今年のうちはかなり強いよ。っていうか、まず去年までがどうだったかっていうと……」


 あたしは我がソフトボール部がいかに素晴らしいか熱弁を振るった。


 心が読める一ノ瀬さんから、自分の考えを守る方法。

 二人とも興味なさそうだけど、あたしの防御方法はこれしかないからしょうがない。


 唐谷くんは察してくれたのか途中から相槌を打つ係になってくれて、喋り続けていたら最後の曲がり角に差し掛かった。


 もうちょっと行けば学校に着く。


 そのとき。

 なんだか急にゾワッとするような、嫌な感覚があった。


 周囲に学生が増えて大きくなったざわめきの中で、おでこにピリピリと何かが当たるみたい。


 口は止めずに、目だけでざっと見回す。


(あっ……)


 それは、一ノ瀬さんに向かう視線だった。


 こそこそ、ひそひそ。彼女をチラっと見ては何か言ってる。

 そのほとんどは雰囲気からして一年生だ。ってことは彼女と同じクラスの子もいるかも。


(なになに?! 嫌な感じ! 今年の一年生はそんななの?!)


 確認しているうちに一人と目が合った。

 その子が慌てて視線を逸らす。気まずそうな顔つき。


 はい、これはもう悪口決定。


「なに怒ってらっしゃるんです?」


 一ノ瀬さんの声に「しまった」と思った。これで誤魔化したら、あたしまでコソコソ彼女の悪口考えてたと思われるかも。


 でも彼女は口角を持ち上げて、嬉しそうにしてる。


 気付いてるのかな……。

 それとも、またあたしが嫉妬に燃えて苛立ってると思ったのかな。


 そう思ってくれてるなら、そのほうがいいかも。


 もしもここで、「あいつらあなたの陰口言ってるよ」なんて告げ口するのはありえない。


 それって、陰口言うのとおんなじことだ。


「別に、なんでもない。今日は唐谷くんと二人で帰りたいな」

「そうですか。わかりました。でも、お会いしたら、一緒に帰ってもいいですか?」

「うー、あんた図太すぎ……」

「……ごめんなさい」

「急にしおらしくしないでよ! いいよわかった。たまたま会ったらね」


 一ノ瀬さんはクスクス笑って一年生の昇降口に消えていった。


「なんか……、あたし、からかわれてる?」


 振り返ったら、唐谷くんまで笑ってる。


「ちょっとー」

「ごめん、サヤちゃんがしゃべってるの見てるだけで楽しい」

「それ、褒めてる?」

「もちろん」


 さっき見たことを相談しようか迷ってる間に予鈴よれいが聞こえて、あたしたちはそれぞれの教室に向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月20日 20:03

あなたが私を好きじゃなくても、私はあなたが大好きだから、だからあなたをハッピーにしたい『不燃系彼氏』 所クーネル @kaijari_suigyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ