4)あなたの隣に

 あたしは不安げに彼を見つめてしまっていたらしい。視線に気づいた唐谷くんと目が合って、ちょっと気まずい。でも、


「気がついたら、炎と遊んでたんだ」


 唐谷くんは、ポツリと話しはじめた。


「それが普通だと思ってた。みんなもそうだろうって。でもいつだったか、幼稚園行く前かな…、自分は周りとは全然違ってるんだってわかったんだ。ちょっと優越感もあったよ。ヒーローになれるような気もした。でも実際は、妹に怪我させたり、家燃やしただけだった……」


 あたしは言葉を失くしてそれを聞いていた。

 唐谷くんの悲しそうな横顔に、心臓が早くなる。


 あたしが何も言わないから、彼は少し間を置いて続きを話してくれた。



「いまも不安定なんだ。『自分は空っぽだ』って、常に意識してないと、こぼれちゃいそうになる……。お袋は、『思春期なんてそんなもん。大人になれば大丈夫よー』とか言ってて……、能天気で救われる」


 そう言うと彼は「ふふ」って笑った。


「親父も第六感って言うのか直感が鋭くて、賭けで小銭稼ぐんだよ。機械相手じゃ効かなくてパチンコで大負けもするから、お袋と喧嘩になっちゃって。でもこっちに来てから全部やめたから、それでよかったのかも」


 知らなかった。

 唐谷くんのこと、ずっと見てきたはずなのに。


 あたしは唐谷くんのことを、かっこいいな、スゴいなって思っていた。とにかく「顔が好き」とまず思ったし、いつも一人でいるところがミステリアスな感じがした。


 話しかけるようになってからは、好きな本や映画がにているけれど、彼の感想は、あたしみたいに、ただ「面白かった」「なんかすごかった」だけじゃない、どこがどんなふうに面白いのかとか、「この映画の意味は」とか、物知りな一面をすごいと思った。


 その一方で、クラスにあまり馴染めていない様子を見れば、あたしがなんとか助けたいって気持ちにもなっていた。


 それから、彼の超能力という、とっておきの秘密を共有できて……、舞い上がっていた。


 一ノ瀬さんという横槍は入ったけど、おうちに呼んでもらえて、家族を紹介してもらって、あたしはもう、唐谷くんの一部になったくらいの気になっていたのだ。


 でも、それって全然、本当の唐谷くんを知っていることにはならない。


 あたし、彼に憧れていただけだったんだ。


 すぐ目に入る、表面上の唐谷くんだけを見て、かっこいい、すごい、すてきって思うだけで、彼が本当はどんなことを考えているのか、どんな気持ちでいるのか、知らなかった。


 知ろうとしてなかったのかも。


 もちろん、無口無表情な彼が教えてくれてなかったってこともあるけれど、憧れで舞い上がっている人に本心なんか話せないよね。


 彼は大変な思いをして、つらい経験を乗り越えてるのに、そんなこと全然見せないでいた。


 そしてあたしは、学校での彼だけを見て、超能力者だっていう秘密をひとつ知っただけで、全部知った気になってた。


 なんだか自分がすごく恥ずかしい。


「私、唐谷くんのこと知った気になってた……。わかるわけないのに。本当のあなたは、あなたにしかわからなのに」


 まるで重大な罪の告白を聞いてもらうくらいの気持ちで言葉を絞り出したけど、唐谷くんは大きな目をしばたたかせて小首をかしげる。


「本当の自分なんて、まだ自分でもわかんないよ」


 呆気に取られて、それから二人でくすくす笑った。


「いつかちょっとずつバレるより、先に知ってもらいたかったんだ……。変な家族だろ……」


 ひとつ深いところを話してくれる唐谷くん。

 いま、ようやくあたしは、いろいろなものを抱えている唐谷くんの隣に、ちゃんと並んで立てた、のかな。


「変だなんて思わないよ。ちょっと不思議だけど。仲も良くて、みんなで支え合ってて、素敵だなって思ったよ」


 そう伝えると、唐谷くんは照れたのか、視線を外して微笑んだ。

 あたしは身を寄せて、唐谷くんの肩を自分の肩でぐいっと押した。


「これからは、なんでも話してね。あたし、あなたのことが大好きだから、力になりたいんだ」


 その途端、世界がパッと明るくなった。

 またピンク色の光が二人を包んでる。その上、今日のはチカチカとスパークしてて、まるでイルミネーションみたい。


「これ、綺麗だね。熱くないし」

「……うん」


(動揺すると火が出ちゃうんだったら、いま、心が乱れてるってこと? あたしに、ドキドキしてくれてるのかな……もしかして、けっこう愛されてたりして)


 こっそりニヤけてたら、唐谷くんが不機嫌そうな声を出した。


「急にくっつかれたらこうもなるよ。学校とかでは本当、気をつけてくれないと」

「え、あたしのせい?」

「だって、かわいいから……」


 あたしの顔のほうが、火を吹きそうだった。

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