3)はじめてのデート・後編

あにぃが健太で、アタシが康子でね、二人でなんだって」

「へー、なるほどねぇ」


 小学四年生だという康子ちゃんの口は止まらない。あたしも、彼女の兄であるはずの唐谷くんまで圧倒される。

 玄関先で昨日のクラブ活動で何があったかまで話してくれたところで、今度は庭を案内してくれるということになった。


「今日はね、バーベキューなんだよ。庭でやるの」

「そうなんだ。楽しみだなぁ」


 あたしのこと、唐谷くんはご家族になんて紹介したんだろう。妹ちゃんが『彼女さん』って言ってたから「お付き合いしている須藤さん」って言ったんだよね、きっと。


 うれしいな。


 どうやら犬に変身できるらしい妹ちゃんは、とにかく明るくて元気。

 ご両親はどんな方だろう。


 大きな家の裏手には、さらに大きな庭が広がっていた。

 畑や果樹も見えて、しばらくならここで籠城できそうな様子だ。


 ぐるっと見回したら、縁側の近くにバーベキューの用意がされていて、男女が二人……。


「おとうさーん、おかあさーん、須藤さん来たよー」

 

(ついにきた……!)

って、あたしの背筋が伸びたのと同時に、康子ちゃんが四足歩行で駆け出した。

 

「あーあ……。ごめん。サヤちゃんは気にしないから大丈夫だよとは言ったけど、あいつ気ぃ抜きすぎだよね」


 唐谷くんがなにに謝ってるのかよくわからないけど、ここは気にしてないってところをきちんと見せておきたい!

 なんなら妹ちゃんのスーパーパワーを褒めたい!


「いやー……、すごいね。自由自在だね!」


 唐谷くんは驚いたみたいに二、三度瞬きしてる。


(あれ? 間違えた?)


 そう思ったとき、唐谷くんがパッと笑顔になった。


「そうだね、うまくコントロールできてるよ。最近は犬が気に入ってるけど、少し前はダチョウみたいな、でかい鳥になってたんだ」

「え、他のものにもなれるの? ますますスゴいなぁ……」


 あたしが深く感心していると、唐谷くんは声を立てて笑った。


「サヤちゃんって、やっぱりおもしろいね」

「え……、そうなの……?」

「行こう、紹介するから」


「うん」って答えるあたしの手を、唐谷くんはさっと掴んで歩き出した。


 ご両親が手を振ってくれてる。


「いらっしゃーい」と、明るい声のお母さんは丸いフォルムで優しそう。

「遠かったでしょ」と笑う痩せて背の高いお父さんは、メガネと白髪で学者さんみたいな雰囲気。


「は、はじめまして! 須藤サヤカと申します!」


 緊張しすぎて試合前の挨拶くらい直角になるまで腰を折った。


「あらあら、そんなに緊張しないで。焼いて食べたりしないから」


って、お母さんが笑ったら、横にいた康子ちゃんが慌てて人間に戻って抗議した。


「そんなこと言っちゃダメだよお母さん! 兄ぃにせっかくできた彼女なんだから!」

「やっちゃん、それじゃ本当に食べる予定があったみたいに聞こえるよ」


 お父さんがフォローするけど……

「食べないよ」

って、真剣な顔して言われると、むしろ怪しくなる。


 唐谷くんがため息をついた。


「えーと……、頭がおかしい親父と、放置するお袋です。うるさい康子の紹介はもういいよね……」


 唐谷くんの雑な紹介に三人が口々にツッコミを入れてて、すごく楽しそうな家族で、あたしも一緒に笑ってしまった。


 お母さん曰く、今日はご近所さんやお友達の集まるバーベキューパーティーで、あたしも参加させてくれるということなのだそうだ。


 言われて家の中に視線をやったら、キッチンで数人が料理しているのが見える。


 ご家族だけより少し気が楽かも。

 

 お父さんに「準備している間、散歩でもしておいで」と言われて、あたしと唐谷くんは家の周りをぶらぶらすることにした。


 康子ちゃんの友達が来たのか、遠くで子どもたちの遊ぶ声が響いてる。


 みんなのこと知ってるのかな。

 それとも、うまく隠してるのかな。


 聞きたいけど、自分の好奇心に負けちゃいけない。週刊誌の記者じゃあるまいし、そんな図々しいこと、もうしない。

 彼が話したいって思うまで、聞いちゃダメだ。


 何か別の話をしよう。主に自分の気を紛らわすように。


「なんかいいね。こんな近所付き合いとか、うちの方じゃ全然ないよ」

「そうなんだ……、俺は苦手だけど……」

「え、あ、ごめん!」


 いきなり踏み抜いたー!

 もう。あたしって、どうしてこうダメなんだろう。


「いや、謝る必要はないよ。苦手だけど、いいな、とは思うから」


 唐谷くんにフォローされて、あたしは顔を持ち上げた。


「お袋がうまく話してくれたらしいんだ。大体の人が俺たちの力を知ってるけど、〝個性の一つ〟くらいに思ってくれてる。おかげで家族が孤立しなくて済んだよ。とくに、康子はまだ子どもだし。俺みたいに一人になっちゃったら……」


 そこまで言って、唐谷くんは黙った。

 しばらく沈黙が流れて、木々の枝葉が揺れる音だけ。


 あたしも心が読めたらいいのに。


「話してくれたら、嬉しいな。もし、話してもいいって思ってくれるなら……」


 無理強いはしないよ。でも、どんなことでも受け止めるよ。


 あたしの気持ちも……、聞こえたらいいのに。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る