2)はじめてのデート・前編

 ちゃんとした立派なお嬢さんだと思われたいけど、実際のあたしはそんなじゃないし。だからって、一番あたしらしいのっていったら……ジャージ?

 そんなわけにはいかない。


「どうしたの? もしかして、本当は嫌だった?」

「う、ううん。そんなことないよ」


 慌てて否定したけれど、理由がわからないなら結局不安にさせてしまいそうだ。


「あのー、ちょっと、さ、そのー、何着てけばいいかなーって思って……」


 馬鹿正直に聞いたら、

「駅から歩くから、動きやすい格好がいいと思うよ。汚れるかもしれないから、ジャージとか」

って言われて、大笑いしてしまった。


 スマホのない彼とは事前打ち合わせが大事だ。

 一ノ瀬さんは相変わらずストーキングしてくるから、あたしたちは休み時間にこっそりメモを交換した。

 恋文っていうより企画書って感じの内容だけど。


 彼女がそばにいる間は秘密が漏れないように、あたしはソフトボールのことだけを考えることにした。作戦は成功して、一ノ瀬さんが時々あたしを不思議そうに見るのが面白かった。


 とにかく日曜日。

 唐谷くんが企画書どおりの定刻に迎えに来てくれて、久しぶりに二人きりになった。


 いた電車に揺られて、景色はどんどん緑が増えていく。


「こんな遠くから通ってたんだ……全然知らなかった」

「言わなかったから」

「聞いても答えてくれなかったもんね」


 去年の夏くらいに聞いたときに黙られちゃって、寂しい思いをしたのを思い出す。

 唐谷くんが唇を尖らせて車窓に視線を投げるから、あたしはちょっと不安になって、口が回り出す。


「あ、そういえば、事情があるんだろうなーって思って今まで言わなかったけど、やっぱりスマホないのはちょっと不便に思っちゃった……」


 話題を変えようとしたけど、これも彼にとっては嫌な話題だったかもと思い直して言葉尻が弱くなる。


 唐谷くんは、ちらっとあたしの方を見てくれた。


「機械は発火を誘発させる可能性があって怖いんだ」

「そうなんだ!」


 思いの外あっさり答えてくれたから、あたしは元気を取り戻した。もしあたしに尻尾がついてたら振りまくってたと思う。


「前に親父のケータイ爆発させたことあって」

「え! 一大事じゃん!」

「そう? よくあることだよ」

「うーん、唐谷家、恐るべし……」 


 唐谷くんは、ふふって笑った。

 こんな自然な笑顔見るの、初めてかも。


 一時間近く電車に揺られて聞いたこともない駅で降りたら、そこからバスで十五分。バス停からは、ほとんど山道を登るみたいな道程だった。


「これ、毎日?」

「うん」

「すご過ぎ……」


 あたしだって体力にはもちろん自信があるけど、こんなのが毎日じゃとても通う気になれないと思う。


「なるべく遠くの学校に行きたくて……都会の……」


 そうつぶやいた唐谷くんの横顔が、すごく寂しそうで、あたしは山中でキュン死にしそうだった。


 都会の?

 それって、田舎が嫌だったってこと?


「あそこだよ」

「え、あ、うん!」


 彼が指差す先には、すごく立派な日本家屋が建っていた。まさにお屋敷だ。玄関まで、季節の花が案内してくれてる。


「うそー、かっこいい上にお金持ちなの?」

「お金は……、そんなにないと思う……。前の家、俺が燃やしちゃったから、こんな山の中のボロ買うことになったんだ」

「え、それは……大変だったね……」


 次々出てくる意外な一面に、あたしは驚かされっぱなしだ。


 それにしても唐谷くん、自分のせいで不本意な状況になってしまったから、浮かない顔してたのかな。

 自分の家燃やしちゃうなんて経験をした人には、なんて声をかけたらいいんだろう。


「親父が競馬で一発当てて、それで買えたんだ」

「へー、お父さんすごいラッキーだったね」

「運のいい人なんだよ。こっちきてからDIYに目覚めて、お袋も喜んでるし」


 あたしは「うんうん」って聞きながら、唐谷くんがこんなに饒舌に喋ってくれてる感動を噛み締めてた。

 来てよかった。っていうかもうここに住みたい。


 唐谷くんが玄関の引き戸に手をかけた時、家の裏手から犬が二匹走り込んできた。


「わん! わんわん!」


 小さい方はたぶんダックスフンドで、大きい方は黒いラブラドールっぽいけど、ちょっと違うかも。

 ダックスは一目散にあたしの靴の匂いをチェックし始めた。


「こんにちはー、おじゃましますねー」


 触っていいか聞こうと思ったら、唐谷くんは大型犬の方をグイグイと家の中に押し込んでいることろだった。


「お前はいいから入ってろ!」

「やだ! あにィの彼女さんでしょ!? 見たい!」


 え?

 いま犬がしゃべった……?


「それならそんな格好で出てくんな」


 あたしは一歩も動けないまま、そっと彼の背中へ問いかける。


「あの、唐谷くん……大丈夫?」


 振り向いた彼の肩越しに、急に女の子がジャンプした。

 

「じゃあこれならいい?!」

「こら! 」


 唐谷くんが慌てて叱りつけたのは、小学生くらいの女の子。だけど、ちょっと顔が犬っぽい……?


 もしかして……?


「こ、こんにちは……」


 戸惑いながら小さく手を振ると、女の子は嬉しそうに手を振り返してくれる。スカートの下で長いしっぽも揺れている。


「こんにちは! 妹の康子やすこです!」


 笑顔の妹さんの横で、唐谷くんは玄関にもたれて頭を抱えていた。


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