第3話 不思議な家族

1)別れよう?

 次の日、玄関を開けるあたしは、はやるい気持ちが抑えきれずにいた。

 カバンの中には大事な封筒が入っている。


 ところが、ドアを開けたあたしの目に飛び込んできたのは、親密そうな二人の姿。


 いや、一方的に、猫娘が唐谷くんに近付き過ぎ……。


「ちょっと、くっつきすぎじゃない!?」

「そうかしら? 彼がそうしたいって思ったんだもの」


 一ノ瀬さんは正式なカノジョを目の前にしても、悪びれる様子もない。


「思ってない」

と、唐谷くんが首を振るから、あたしは腰に手を当てた。もう一回忠告してやる、って感じで。


「ほら、思ってないって」


 それでも一ノ瀬さんは不適な笑み。


「不安なのね」

「うるさいな! 離れなさいよ!」

「彼のこと信用できないの?」


 ああ言えばこう言う!


 言い返せなくて地団駄踏むあたしの手を、唐谷くんが掴んだ。正確には手首だけど。


「サヤ、思ってないよ」


 その顔がすごく不安そうで、あたしは一気に自分が嫌になった。

 あたしって、優しくない。


「わかってるってば!」

と、つい大声を出して、彼の手を振り解いてしまった。


 唐谷くんは目を見開いて一歩後退。

 一ノ瀬さんはさらに深い微笑み。

 なにもかも、彼女の手のひらの上みたいでムカつくし、悲しい。


 気がついたら、あたしは走り出してた。

 もうやだ。なにも考えられない。


 すっかりよくなった足が、止まることなくあたしを学校へ運ぶ。

 一限目は寝て過ごした。


 うたた寝の中でみる夢でも、唐谷くんが出てきてしまう。


 好き、なんだよなぁ。こんなことになっても。

 最初から変なお付き合いだった。


 告白したのはあたしの方から、無理やり気味だったし。彼の本心がわからないから、不安だらけで彼にも八つ当たりみたいにして。彼に言い寄ろうとしてくる女の子たちみんなに嫉妬してた。


 それが、まさかあんな、超能力者だなんて秘密があって、その力を抑えるために我慢していただなんて。


 でも、特別な力なんて、あたしにはどうでもいい。

 唐谷くんの魅力は、超能力じゃない。

 あたしにとって、唐谷くんは、別に炎を操る力がなかったとしても……、特別な存在。


 それなのに……


 あたしじゃ、ダメなのかな……


 そのとき、


「サヤ……」


と、唐谷くんの声がした。


 これは夢?


 手を取られて、あたしは教室を出る。

 風のように廊下を移動して、階段を昇って、西館の最上階へ。


 あ、これ、現実だ。


 チャイムが鳴って、目が醒める。


「……これ、二限開始の?」


 やだ。

 あたし、生まれて初めて授業サボってる!


 いやそれどころじゃない。


 目の前の唐谷くんが、思いつめた表情でいる。

 『無』じゃない。


「ごめん」


 心臓が跳ねた。


「あ、あたしこそ、ごめん。今朝のことだよね? 走って逃げるなんておかしかったよ」

「俺がちゃんとしないから……」


「違うよ、そんな、私が勝手に……! 勝手に……、好きになって、告白して、不安になって……、私が、もっとちゃんとしてなくちゃいけないのに」


 一人で、なにやってるんだろう……。


「そんなことないよ。俺も……」


 言いかけて、唐谷くんは口を閉じてしまった。

 代わりにあたしが話した。


「一ノ瀬さんが唐谷くんといるところ見ると、似合ってるなって、思って……」

「どこが?」


「二人とも落ち着いてて、雰囲気が合ってるっていうか。もちろん二人が付き合えって言ってるんじゃないけど、あたしじゃあなたと釣り合ってないなって……」

「そんなこと……」


「本当は……!」


 何か言われる前に終わらせたくて、あたしは慌てて言葉を続けた。


「本当は最初からわかってたんだ。唐谷くんはかっこいいし、勉強だってできるし、その上、すごい力だって持ってた……あたしは、なんにもない……」


 こんなに苦しいのは、もう終わりにしたくて「別れよう」って言いたいのに、涙があふれて声にならない。


 不安でしょうがなくて、嫌われたくないのに、どうしたらいいのか全然わからない。


 ずっと一緒にいたいって思っているのに、全然うまくできないんだ。


「サヤカ……」

と、唐谷くんが呼びかけてくる。すごく、優しく。


 そして一歩近づいてきて、そっと手を握られた。

 びっくりして顔をあげたら、唐谷くんは確信を持った顔。


「サヤカにないものを俺が持ってるのと同じくらいに、俺にないもの、サヤカは持ってるんだよ」


 その言葉が、心にじんわりしみてくる。


「だからんじゃないかな」


 彼がはにかんで言うから、あたしは抑えきれずに飛びついた。


 世界が、またピンク色にゆらめく。

 この綺麗な色、なんだろう?

 まるで恋の色。


 立ち上る煙のような色を眺めていたら、唐谷くんが恥ずかしそうに提案してきた。


「サヤちゃん、ウチに来ない?」

「え、しょ、初回からおウチデートですか!?」


と、あたしはいつもどおり可愛くない返事。


 唐谷くんは本気だったし、家に呼ぶには理由があった。


「俺が一番安心できる場所だし、俺のこともっと知ってほしいから……」

「そ、そっか、うん……嬉しい」


 う、嬉しいんだけど……


「家族がいるから、二人でいられるのはサヤちゃんから、俺の家までになっちゃうけど……」

「い、いや、それはいいんだけど……」


 ご家族に紹介されちゃうなんて、何を着ていけばいいの!?


 さっきまでお別れするかもってめちゃくちゃ悲しいし覚悟してたのに、あたしは真っ赤になっていた。


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