5)すれ違う気持ち

 翌朝、何の約束もしてなかったのに唐谷くんは家まで迎えにきてくれた。

 それなのに、あたしは歩き出して三歩でこの質問。


「それでさ……二人でどこ行ったの?」


 自分でも呆れる。


「……べつに」

「べつにって、どういうこと?」

「うーん、べつにぃ……」


 なにそれなにそれ怪しすぎる!

 やましいことがあるの?


 あーーー!

 こんなことなら無理して我慢して二人で出かけさせるなんてしなければよかった。本当にあたしってバカなんだから!


「なにしてたのよ!」


 自分の声にハッとなった。

 こんなに強く言うつもり、なかったのに。


「ごめん……能力者にしか言えないことだよね……。そうだった。デートじゃないんだから……」


 でも、それがどこであったとしても、どんな目的だったとしても、あたしたち「二人でどこか行こう」って言ってたのに、先越させちゃった。


 なにやってんだろ、あたし……。


「なにっていうか……」

と、唐谷くんが煮え切らない様子で言い出した。

「ほんとうに、ただ、なんか、ぶらぶらしてた……」


 ん?

 待って。話が変わったぞ。


「ぶらぶら、してた?」

「街を、ぶらぶらしてた」

「街を? は?」


 唐谷くんも「ね?」って首を傾げてこっちを見てくるから、あたしは怒るのを通り越して笑っちゃった。


「嘘でしょ? ぶらぶら?」


 唐谷くんも困ったように眉を寄せて口角を持ち上げてる。


「なにがしたかったんだか、俺にはわかんない」

「そっかー、なんだったんだろう。あの子には何か見えてたのかな」


 二人揃って「うーん」って唸りながら考えて、あたしは思いつく限りの、映画みたいな設定を並べ立てた。実は目に見えないモンスターがたくさんいたとか、途中からは並行宇宙を歩いていたとか。


 すると、横にいた唐谷くんが、急にあたしの手を掴んだ。


 まっすぐ見つめられて、呼吸を忘れる。

 世界はキラキラ。ピンク色に燃え上がっている。


 そして、唐谷くんが言う。


「サヤカと行きたいところ、考えたんだ」


 でもそのとき、彼の後ろから……


「おはようございます!」


 突然現れた一ノ瀬さんが、唐谷くんの空いている腕にしがみついた。

 あたしの手を掴んでた彼の手が、ふわりと離れる。


「い、一ノ瀬さん、おはよう。ちょっとそれ距離感おかしくない?」

「え? そうなんですか?」


 指摘されて、彼女は一応離れたけれど、

「すみません、そう気がして」

と、にっこり。ちっとも悪びれてない。


 は?

 ってなに?


「先輩、昨日はありがとうございました。ずっと行ってみたかったカフェだったんです」


 唐谷くんは答えない。


(っていうかカフェ? 聞いてませんけど?)


「一人で繁華街なんて、不安で行かれませんから」


(それって能力者同士の必要ある?)


「ありますよ。もしものときに、普通の人じゃ対処できませんから」


 あたしの心の声に一ノ瀬さんが答えた。

 やっぱりムカつく!


「それに、仲間が隣にいるっていう安心感を持って見る世界は、いつもよりずっと素敵でした」


(いやいや、絶対カノジョの位置を狙ってるでしょ!)


 そう思ってから、あたしは頭をぐりぐり搔いた。


「あーもう! どうせ聞こえてるなら言わない意味ないね!」

「狙ってなんかいませんよ。私、仲間が欲しいだけですから」


 猫みたいな可愛い目を細めて、ニコッと口の端を持ち上げる。できすぎてて胡散臭く感じる表情。


 でも反論できない。




 お昼休み、唐谷くんを教室に迎えに行ったら、彼女はすでに廊下で待っていた。

 放課後も、あたしの部活が終わるのを二人で図書室で待っていた。

 帰り道も、彼女はなぜかあたしの家まで一緒についてきた。


 その間ずっと一ノ瀬さんが主導権を握って会話してる。

 っていうか、いつもはあたしが一人でしゃべってたわけだから、人が変わっただけだけど。


 唐谷くんはどっちが喋ってようとも相槌打つだけで『無』。

 その態度は、理由を知るまではあたしの心をかき乱したけれど、しないように感情を抑えているんだとわかってからは、理解できるようにはなった。


 それでも寂しいけど。


 でも、相手が誰であっても同じなんだと目の当たりにした今、すごく複雑な気持ちになる。


 あたしにだけそっけない態度だったら百倍寂しいけど、だけど、誰にでも……、一ノ瀬さんにでも同じなんだって思うと……


(なんだか、あたしは誰でもない、ただの〝その他大勢〟のうちの一人なのかなって……)


 そういうモヤモヤを抱えたまま、二日が過ぎた。


 唐谷くんとゆっくり話す時間がない。

 ちなみに彼はスマホを持ってない。


 一年生の時、それを知ったみんなに「なんで?」とか笑われても答えなかったから、あたしはその話題には触れないことにしていた。


 連絡手段がないことがすごくもどかしいと思うこともある。いまみたいに。来るはずないのに、たまにスマホを眺めちゃうこともあった。


 でも、もしメッセージを送って返事が返ってこなかったら、連絡できないよりずっと不安かも。友達とのやりとりだって、一分や二分がひどく長く感じるんだから。 


「そうだ、手紙!」


 二十四時間メッセージを送れる生活に慣れちゃうと、すっかり忘れてしまうけど、素敵な伝達手段があるじゃない!


『二人で話したいから、明日の朝は早く来て』ってそれだけなのに、何度も書き直す。


 素敵な伝達手段は、素敵な分だけ緊張して、ドキドキした。


(これであたしの想い、伝わるかな……?)


 

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