4)直接対決・後編
「須藤先輩のおっしゃるとおり、私にはテレパスの能力もあります」
メロンパンをむしゃむしゃ食べてる唐谷くんをよけて、あたしは涼しい顔して話す一ノ瀬さんを覗き込んだ。
「でもそれはごくわずかなものです。私が使うのは……」
そう言って、彼女は唐谷くんの手首にかかったビニール袋を指差した。するとそれはカサカサ音を立てて震えて浮き上がり、彼の手を一ノ瀬さんの方へ引っ張り出す。
あたしは、その手を慌てて掴んで引き戻した。勢い余って唐谷くんがパンを取り落とす。だが、それは地面に落ちる前に空中で静止して、ゆっくり彼の手に戻っていった。
「幼い頃から訓練していますから、便利でしょう?」
視線をパンから一ノ瀬さんへ移したら、彼女は勝ち誇ったような笑み。
元々そういう顔の人なの? なんか腹立つ……!
「私たちみたいな、普通とは違う人間は、生まれた瞬間から試練が始まってるんです。他の人より何倍も自分のことを考えさせられる。でもそのおかげで、私たちは自分を理解して、コントロールできるようになる」
一ノ瀬さんは「ね?」と唐谷くんに視線を送った。
あたしも一緒に彼を見る。ほんの短い間だったけど、あたしたちは無表情でパンを食べ続ける唐谷くんを見つめた。
大丈夫。ぜんぜん仲間意識なんてなさそう。
以心伝心なんてありえない!
「唐谷先輩って……ずっとそうやって、空っぽのフリしてるんですね……どうして?」
その質問に、あたしの方が動揺した。
(そっか、テレパス持ってるんだ……唐谷くんが何考えてるのか、わかっちゃうんだ……)
唐谷くんが手を止めて、彼女の方を見る。
「放火は重罪だから、気をつけてるんだよ。あと、のぞきは、悪趣味……」
「……ごめんなさい。勝手に聞こえちゃうんです。気をつけます」
ばっさり切り捨てる彼に、一ノ瀬さんは意外にも素直に頭を下げた。
「私、初めてだったんです……同じ境遇の人に会ったの……。それで、唐谷先輩と仲良くなりたくて……」
え……
なんだかかわいそう……
「そうだよね、大変だもんね。私にはちっともわかんない大変なことがあるんだよね。うんうん」
嫉妬を押し殺して頷いたら、唐谷くんがパッと顔をあげた。
「そんなことないよ」
「ちょっと!」と、あたしは咄嗟に反論する。「唐谷くんが同意してあげなくて誰が同意すんのよ。同じ境遇なんだから、わかってあげないと」
「同じじゃない」
間髪入れない否定。それもすごく不満そうに。
そんなにキツく言ったら一ノ瀬さんがかわいそう。やっと見つけた仲間で、距離感ミスってるだけなんだろうから。
それに、そんな反発されたら、打ち返さずにはいられない。
あたしって、そういう性格なのだ。
「そりゃ唐谷くんは人体発火で、一ノ瀬さんはサイコキネシスでしょ? 違う能力だよ。でも普通って人たちの中でそれを隠して生きていかなきゃいけない大変さは一緒じゃない。どうしてそんな簡単にそっぽ向いちゃうの?」
唐谷くんは何か言いたそうに口元の筋肉を動かしたけど、何も言わずに遠くを見た。
あたし、短気なんだよね。きっと。
唐谷くんの手はグッと握り拳を作ってて、怒ってるけどこれ以上もめたくないってことなのか、いつもどおり無言無表情。
あれ?
ずっと『無』だと思ってたけど、実はいつもこんなふうに怒ってたのかな……
我慢してたのかな……
でも、深く考えるよりも早く一ノ瀬さんのペースに巻き込まれていってしまった。
「須藤先輩、そんな風に言ってくださってありがとうございます。まさか唐谷先輩に彼女さんがいらっしゃるなんて思ってなかったので……。厚かましかったですよね」
「そんなことないよ」
「いえ、私なんて、邪魔でしょうから……」
「そんなことないって! 三人で仲良くやってこう!」
「三人で……」と、彼女が視線を落とす。
え、やっぱり唐谷くんを奪い取ろうってこと??
「実は……今日、唐谷先輩にだけお見せしたいものがあって……つまり、能力者にだけ」
「え、あ、そうなの? えっと……」
どうしよう、って唐谷くんの方を見たけど、視線が合わない。
一ノ瀬さんの声が続く。
「なので、放課後に二人で出かけたかったんです。須藤先輩とは、また今度でいいでしょうか」
「うんうん、いいよ。やっと会えた仲間だもんね。二人で話したいこともあるよね!」
「はい」
「だって! 唐谷くん、一緒に行ってあげてね!」
唐谷くんは一言も発さないまま、あたしの言葉に頷いた。
あれ? あたしこれ、なんかミスってる?
放課後の教室で一人、食べられなかったお弁当を食べながら、やっと後悔の念が押し寄せてきた。
無理にでも一緒に行けばよかったかな。
でも〝理解のない人〟って思われたくない。
でもでも、あたし、唐谷くんに対して強引すぎじゃなかった?
むしろ嫌な感じじゃなかった?
「あたし、なんで唐谷くんより一ノ瀬さんの顔色見ちゃったんだろ……」
ため息ひとつ。
あたしはひとりぼっちで帰宅する。
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