3)直接対決・前編

 盗み聞きしたってバレたら格好つかないから、あたしは深呼吸をひとつ、平気って顔をしてお弁当を預けた友達のところへ戻ることにした。お昼ご飯がまだだと思い出して、こんな時でもお腹が鳴る。


 それにしても、あの二人……

 唐谷くんと、一ノ瀬さん……


 彼は一ノ瀬さんに対して『無』だったけど、そんな彼の態度はいつものことだし、あたしのことカノジョって言ってくれたけど……


 唐谷くんも一ノ瀬さんも、二人とも能力者。

 その共通点は大きい。


 能力者にしかわからないこと。


 唐谷くんの悩みとか、そういうの、きっと彼女の方が理解できるんだろうなって思うと悔しいし、悲しい。


 あーあ。ダメだ。

 きっとお腹空いてるから、こんなに後ろ向きになっちゃうんだ。


 教室に戻ったら、友達がキョトンとした顔であたしを見てきた。


「サヤ、おかえり……唐谷くんは?」

「いやー、見つけられなかったぁ」


 笑って誤魔化して、みんなとお弁当を食べ始めたけど、ちょっと待って。何かが引っ掛かる。


 考えてみたら、あたしと先約があったのに可愛い女子の呼び出しに応じたってことじゃん?


 ってことは、これ怒っていいやつじゃん!

 なによ!

 あたしとの約束を放置して、一ノ瀬さんに誘い出されてるんじゃないわよ。呼ばれたから行ったってこと? だから、それがダメだっていうの! こっちは先に約束している上にカノジョだぞ!


 怒りに任せてモリモリお弁当を食べてたら、唐谷くんがやってきた。なにもなかったような表情で、ドキッとしているあたしに手招きする。


「サヤちゃん、ちょっといい?」

「っていうか、待ってたんですけど。探しにも行ったし」


 約束してたでしょ、とまで言ってしまいそうになって、それは追い詰めすぎるかなって思ってやめる。


「……ごめん」

「もういいよ……。なに?」

「お弁当、中庭で食べよう」


 それを聞いて、あたしはさっきまでのことをすっかり忘れて舞い上がった。


「うん! いいよ」


 だって唐谷くんが主体性を持って何か「したい」って言ってくれたから。


 あたしと、中庭で、ご飯食べたいんだってー!


 喜んで後ろをついて行ったけど、そんなうまい話はなかった。


 唐谷くんがまっすぐ目指していった中庭のベンチには、さっきの少女がちょこんと座っていたのだ。


 嫌な予感は的中。

 唐谷くんは美少女の目の前で足を止め、あたしを振り返った。


「サヤちゃん、この子……、えっと、名前なんだっけ?」


 間を取り持とうとして、初手からつまずく唐谷くん。

 彼女は背筋を綺麗に伸ばして座ったまま、あたしを見上げていた。微笑んで。


 想像してたより、ずっと美少女。


「一ノ瀬です」

「どうも……、須藤です……」


 えーっと。

 これって何?


 何が始まるのか想像がつかなくて、あたしは唇を尖らせてしまっていた。

 こんな不貞腐れた挨拶、第一印象が悪すぎる。


「三人で、ご飯食べよう」

と、唐谷くんはのまま言って突っ立ってる。


「……あら」と、一ノ瀬さんはなぜかあたしの斜め後ろへ視線を投じた。「二人で、なにか相談があったんじゃないの? 須藤さんが、そんな感じのこと考えてる」

「は? なに? 別にいいですけど?」


 あたしは乱暴に、ベンチの端っこに腰掛けた。

 唐谷くんは、その正面に立ったまま紹介を続ける。


「サヤちゃん、この子、一ノ瀬さん」

「はいはい」

「俺とおんなじで、力があるんだって」

「ちょっと、唐谷先輩……!」


 一ノ瀬さんが、腰を浮かせた。心底驚いたに違いない。

 あたしはそんなことどうでもいい。


「へーそうですか」


 すると唐谷くんはなぜか得意げになった。


「ほら、サヤちゃんは気にしないでしょ」

「そんなことより、この子と会うために、私を置いていなくなったんでしょ」


 あたしはつい彼を糾弾してしまった。


「えっと……」

「一緒にご飯食べようって約束してたのに」

「うん、した。でもいつもみたいに、すぐ終わると思ったから……」

「いつもみたいに?」


 そんなに頻繁じゃないけど、呼び出されたりしてますもんね、そうだよね。でも今回は、それが〝仲間〟だなんて。


「須藤先輩、そんなに心配なさらないで?」


 名前を呼ばれて、反射的に首を回したら、正面から彼女と目が合ってしまった。


 切りそろえられた前髪に縁取られた、人形みたいにきれいな顔。切れ長の涼しそうな目がゆっくりまばたきする。


 全部が完璧なのに、その視線は、なんか嫌な感じがした。


「私は、ただ、〝仲間〟がいて、嬉しかっただけなんです」


 そう言って、口角をぐっと持ち上げる。


 ぞわっ……


 背筋を何かが這い上がる。


 これは……


 あたし、いま……


 直接対決してるんだ……!


「嘘だ」


 なんでそんなこと言っちゃったんだろう。一ノ瀬さんは、目を丸くしている。

 でも彼女の表情から直感的に嘘だって思ったのだ。


 ううん、違う。嘘っていうか……


「……私の考えてることがわかるの? 心が読める的なやつ? 〝仲間〟って、私が考えてたことだし、あー、そうだ! さっきもなんかそんな感じのこと言ってた!」


 気がついたら、あたしは彼女に人差し指を突きつけていた。


 それに対して一ノ瀬さんは、「ふふ」と笑った。

「面白い人……」


 バカにされた感じがする……


 そのとき、唐谷くんが急に私たちの間に座った。

 まるで一人でいるみたいな優雅さで、持ってたビニール袋からメロンパンを取り出して口に運ぶ。


 二口食べたところで、あたしたちを交互に見た。


「……食べないの?」


 って、なにそれ?

 のんきなの?


 

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