2)一ノ瀬アイミ
西館には特別教室や部室が入っていて、この時間は人けがない。
この前のあいつか!?
捻挫させられた上にせっかくのデートプランニング・ランチタイムをダメにされるなんて……!
あたしは走りながら、唐谷くんを呼び出した相手のことを考えていた。
思い当たる相手は、その子以外にも一人や二人じゃない。
(もう、なんでこんなにライバルがいるのよ!)
階段の踊り場を曲がる。と、そのとき。
(あ……!)
歩いていく唐谷くんの足が見えた。
その途端、あたしは思わず気配を殺した。
なぜか彼の後をつけてしまう。上履きまで脱いで。
とっさに「冤罪かもしれない」と思ったのが半分。もう半分は、唐谷くんがバチっと断ってくれるのを期待したのだ。
彼を試すような真似は、悪いことだってわかってる。
でも、昨日のこともあるし、唐谷くんのあたしへの思い、ちゃんとあるって証拠が欲しい。
二人分の足音は、廊下を少し進んで止まった。
あたしは階段横の防火扉に背をつける。
相手の姿は、ここからじゃ見えない。
でも、唐谷くんに向けられる声はしっかりあたしの耳に届いた。
「やっと見つけた。会いたかったわ……ずっと」
子猫みたいに愛らしいそれ。
それだけで、ズキッとあたしの胸は痛む。
「……知り合い?」
唐谷くんの声は……、「無」だ……。
(んああ! じれったい!)
彼女の姿を確認したくて、あたしはその場にしゃがむと、恐る恐る廊下を覗き込んだ。
すぐに、窓側の壁にもたれかかっている唐谷くんが視界に入った。でも、
「私は一ノ瀬アイミ……」
その後ろ姿。真っ黒な長い髪がキラキラしてて、紺色のプリーツスカートから伸びる足は白くて細くて、絶対かわいい。かわいいに決まってる!
地団駄を踏みたくなってるおバカなあたしの耳に、今度はもっと衝撃的な言葉が入ってきた。
「私ね……、キミと同じなの」
(え?)
「はじめまして。超能力者です」
(うそ……!)
自己紹介とともに彼女のスカートが揺れて、上履きが廊下から数センチ離れた。
垂直にジャンプしたんじゃない。唐谷くんと同じ。ふわりと浮いたのだ。
長い髪がはねて、一ノ瀬さんが華麗に着地する。
あたしは慌てて顔を引っ込めた。
「へえ」
と、唐谷くんの無の声が聞こえた。
「やっぱり、驚かないのね」
と、クスクス笑う一ノ瀬さん。
あたしは心臓が飛び出るくらい驚いていたけれど、同時にちょっとホッとしてもいた。だって、これって、孤独な超能力者同士の思いがけないめぐりあいってことでしょ?
恋の告白じゃなくてよかった……って。
そんなことを思うあたしは甘かった。
というか、そう信じたかっただけかもしれない。
二人の会話は不穏な方向へ転がっていく。
「感じない?」と、一ノ瀬さんの声が高くなる。「私たちには特別な繋がりがあるって」
「わかんない」
唐谷くんは即答するけど、一ノ瀬さんも、それを予測してたみたいにすぐに続けた。
「私は感じる。キミが能力を使ったのだって感じたの。だから出会えたの。……わかるのよ。私たちは分かり合えるの。だって、同じだから」
唐谷くん……、今、どんな顔してるんだろう……
「そっか……」と、何かを感じ取ったのか、一ノ瀬さんは納得したように言った。「見せたいものがあるの。今日、一緒に帰りましょう?」
唐谷くんがなんて答えるのか、固唾を飲んで聞き耳を立てていると、彼は「……うーん」とちょっと渋ってから、一ノ瀬さんに提案した。
「サヤちゃんも一緒でいい?」
「誰?」
あからさまに不機嫌な声。
「俺のぉー……、カノジョ……」
言った!
言ってくれた!
言い淀んだけど、あたしは気にしないよ!
「あのね」と、一ノ瀬さんはため息混じりに異論を唱えた。「これは私たちの問題なのよ? 私たち異能者の」
「サヤちゃんはわかってくれてるよ」
「そんなはずない」
彼女は間髪入れずに断言した。
「彼女と私たちは根本的に違うの。わかってるって言ったって完璧に理解するのは不可能なのよ」
そう言われて唐谷くんは……、返事をしなかった。
そこで黙るなよ……
確かにそうかもしれないけど……
あたしは耐えられなくなって、上履きを抱えて逃げ帰った。
整理してみよう。二人の会話からわかったこと。
一ノ瀬さんは能力者。唐谷くんはあたしをカノジョだって紹介した。
彼女は能力者仲間。あたしはカノジョ。
ほら、全然、種類が違う。
だから大丈夫。問題ない。
ちっとも、なんの問題も……
ないはずなのに、こころが痛む。
チリチリ、ズキズキ……
ううん。違う。
痛いのは捻挫した足首だけ。
あたしは大丈夫。
唐谷くんを信じてる。
あたしを助けにきてくれた、あたしにだけ秘密を打ち明けてくれた唐谷くんを……!
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