第2話 ライバルはサイコキネシス

1)ふたりの秘密

 玄関のドアが閉まるなり、あたしはパニックになった。


(どうしようどうしよう……!)


 荷物も放り投げて、お風呂に駆け込む。服も全部脱ぎ捨てた。


 唐谷くんのしたこと。

 雨の中、私を助けに来てくれて、それだけでもすごいことなのに、その助け方。


 そして……


 それから……


(なんか! すっごく! かっこいい! やばい! 誰かに言っちゃいそう!)


 冷たいシャワーで頭を冷やそうとしても、ぐっちゃぐちゃの大混乱。


(待って、カレシ超能力者とか、すごくない? 自慢したい……!)


 あの異常事態を前にして、あたしの考えたことはそれだけだった。


 ガシガシと髪を拭きながら冷蔵庫を乱暴に開ける。コップ一杯の牛乳を一気飲みして、やっと少し落ち着いた。


(うっかり私が口を滑らせて、悪の秘密結社とかに見つかって、人体実験されたりしたらどうしよう……!)

 

 夕飯の時、目の前のお母さんに言いそうになってニヤニヤしちゃって「どうしたの?」って心配される。


「なんでもない! 足が痛くて、逆に笑っちゃう……!」


 彼氏がいるってことも恥ずかしくて言ってないのに、その相手がまさか、超能力者だなんて、絶対言えない。


 言えないと思うほど、言いたくなっちゃう……!

 唐谷くんはどうして黙っていられるんだろう?


 考えてみたら、それってすごい精神力だ。

 きっと、すごく……、孤独だったに違いない。


 そう思ったら、彼の無表情まで許せる気がした。

 別に元々、そんなのただの個性だし、気にしてなかったけど。




 翌朝、唐谷くんは本当に迎えに来てくれた。

 顔を見たら、いつにも増して頬が緩んでしまう。


「おはよう!」

「……うん」


 動揺を隠すためにもことさら元気にあいさつしたけど、唐谷くんの表情は、相変わらずの『無』……。


 〝気にしてなかった〟なんて、やっぱり嘘。

 気になるに決まってる。


 だからつい、言わなくてもいい嫌味が出ちゃう。


「きみって、すごいパワー持ってるのに、普段の出力低いよね……」


 あーあ。自分が情けない。素直に、「かっこよかったよ」とか「すごいね」とか言えばいいのに。


「あれは……」

と、半歩後ろから小さな声。


 振り返ると、唐谷くんは地面を見つめてトボトボ歩いていた。


「感情が乱れると、コントロール、難しくなるから……」

「へぇ……」


 そういえば昨日、「怒ると焦げ臭くなる」とか言ってたっけ。


「いつも平常心でいなきゃいけないから、けっこう疲れる……」

「じゃあ唐谷くんは元々『無』なんじゃなくて、頑張って『無』ってこと?」

「ムって……なに……?」


 右頬が引きつってて、今にも笑いそう。

 

「むー」

って変顔したら、「ぶっ」って吹き出した唐谷くんが背中を向けた。


(あ……ピンク……)


 笑って震える背中に、ピンクの炎が揺れてる。


(夢じゃなかった……)


 唐谷くんが二回、深呼吸をする。それから振り返ると、また『無』に戻っていた。

 でも、その眉毛の角度は、ちょっと怒ってるかも……?


「ごめん。からかっちゃダメだよね、危ないもんね」

「うん。雨とか、海とか、人がいなくて水の多い時なら、少しはいいけど」

「あ、じゃあ過疎ってる水族館とか、海水浴場じゃない海とか行けばいい?」

「わざわざ?」


「デートだよ」


 その瞬間の唐谷くんは、今まで見たこともないような難しい顔をしていた。


 たっぷり十秒くらいは無言の時間が過ぎたと思う。

 通学路に制服が増えていく。


「いいよ……」


 抱きつきたかったけど、グッと堪えて「ありがとう」ってだけ言った。

 あたしも成長するじゃん。やればできる。


 デートプランを練るためにも、昼休みは一緒にご飯を食べようって約束を取り付けて、ふわふわした気分のまま午前中の授業をやり過ごした。


 超能力者っていう非現実的な問題より、唐谷くんとデートするっていう現実的な問題の方が、あたしの心を占領してくれた。


 これで余計なことを言わなくて済みそう。


 四限の終わるチャイムを聞いたら、すぐに教室を飛び出した。

 唐谷くんの教室は三つ先。開け放たれた後ろの扉から中を覗いたけれど、姿が見えない。


 席替えしても衣替えしても、彼のことならすぐに見つけられるのに。


「あ、ねえ、唐谷くん見た?」


 近くに座っている部活仲間に声をかけたら、ちょっと気まずそうに、周囲の友達に目配せした。


「なんかね……、たぶん一年生だと思うんだけど、女の子が来て、連れてっちゃった……」


「はあぁ!?」


 あたしの大声に、教室中の視線が集まる。

 恥ずかしいけど、もういいや。


「唐谷くんが、どこに行ったか見た人!」


 たぶん般若みたいな顔だったのね。目が合った男子がビビって肩をすくめたまま「西館の方に行きました」と、廊下を指差した。


「ありがとう!」


 あたしは重たいお弁当を友達の机に置いて走り出した。

 がっちり巻かれたテーピングのおかげで足の痛みは気にならない。


 というか、そんなの気にしてる場合じゃない!


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