第一章 推しが我が家にやって来た!③
そして場面は結婚記念日に
私はようやくお母様と目を合わせて話をすることができていた。
「ということでお母様。推してみましょう」
「ま、待ってイヴちゃん。本当にどうしてしまったの?」
「お母様。私はお母様に新しい
「新しい、恋愛の、形……」
(まずい。
その瞬間、お母様の
「……イヴちゃん。私はもういいの。
お母様が発した
(お母様。
この一年間、死を回避するために色々なことを考えていた。私の死因は、お母様が死のうと火をつけたことに〝巻き込まれた〟ことだ。つまり生き延びる方法として、巻き込まれないように
(だからお母様。私は引くわけにはいかないんです)
ぎゅっと手に力を入れると、勇気を
「お母様、残念ながら全てではありませんよ。まだ推してないですから」
「だから押して……これ以上ない
「お母様、その押すではありません」
「おしかつのおし、でしょう? ……なんだかわからないけど」
「そうです! 推し活の推しです!!」
私のあまりにも大きな声にビクッとなる母。
「こんな言い方はあれですが……どうせ死んでしまうのなら、最後に新しい方法を試してみませんか? 死を選ぶのは、試した後でも
「……そう、かしら」
「そうです!!」
迷う母に、さらに一押しするように言葉をかけた。
「最後にお父様をもう一度だけ、愛してみませんか?」
「!」
母が今までしてきた行動の理由は一つに帰着する。それは父ユーグリットを愛しているから。
「イヴちゃん……」
今にも消えそうな声で呼ばれると、私はお母様の瞳から目を
「……そうね、最後にもう一度だけなら」
「やった!」
「……ふふっ」
思わず喜んでしまったが、お母様の目には子どもらしい姿として映ったことだろう。
「それでは私の部屋に移動しましょう! お母様に伝えたいことがたくさんあるんです」
「えぇ、行きましょう」
お母様と
「黒板……?」
まさか娘の部屋に黒板があるとは思わなかったのか、お母様はキョトンとした表情をしていた。私は
「こほん。いいですかお母様。今日からお母様にとってお父様は推し、としましょう」
「おし……イヴちゃん。おしって何かしら」
この説明はどうすべきかずっと
「推しとは、
「応援……応援?」
「はい。応援です。言い方を変えるとですね、
「尽くしたい相手」
気に入らないと言われないように、今までの
「
「もちろんよ」
「では、何かお父様の役に立ちたいと思うことは?」
「あるわ」
「お父様のことだけを考えて、お父様のことだけを見ることは?」
「ユーグリット様しか見てこなかったわ……」
私はそこで
「お母様……なんということでしょうか。もう
「そ、そうなの?」
「そうですとも!
「そう、なのね……ふふっ」
(あ、やっぱり)
少し持ち上げればすぐに喜ぶ。
そう。お母様は驚くほどにチョロいのだ。それは娘の私が心配になるくらい。
(お母様は日本で暮らしていたらすぐ
「もったいないです。お母様ならその道を
「極められる」
「
「えぇ」
「推しのために活動することを、推し活といいます。これ
「推し活」
しっかりとした復唱は、やる気の表れのように感じた。
私はこの反応を絶対
「この推し活という名の新しい愛の形、私と一緒に極めませんか?」
「新しい愛の形……」
もしかしたら熱弁が足りないのかもしれない。そんな不安を
(もっと
じっとお母様の様子を
「それを極めたら……ユーグリット様は振り向いてくださるかしら?」
「!!」
その一言に、今度は私が驚く番だった。
(どんなに無視されても、
お母様の苦しそうな想いを、私はしっかりと受け止めた。そして、
「……推されることは相手にとって非常に
正直、推し活によってお父様が振り向く保証はない。だから断言せずに、事実だけを伝えた。しかしお母様が望んでいた答えではなかったようで、複雑そうな表情になった。
(……ここで
お母様の興味を引けるように出し
「お母様。私には推しがいます。……その相手はジョシュアになります」
「シュアちゃんが」
興味を持ってもらえたのか、わずかにお母様の表情が明るくなったような気がした。
ジョシュア、といっても私が推しているのは前世でプレイしたジュエラブのジョシュア様だ。〝ジョシュア〟という名前からお母様は必ず
「はい」
「イヴちゃんはシュアちゃんに推し活しているのね……どんなことをしているのかしら」
その
「よくぞ聞いてくださいました!!」
「えっ」
私は椅子から下りると、お母様に
「推し活は多種多様で、本当に色々なことができるんです! 例えば推しを想いながらぬいぐるみやストラップを作ったり、ハンカチに
「ま、待ってイヴちゃん!!」
お母様が両手を前に出して私を制した。その
(しまった、熱くなり過ぎた。つい前世でした推し活を語り過ぎちゃった)
お母様の声で
「話を止めてごめんなさい、イヴちゃん」
「謝るのは私の方ですお母様! すみません、ほとんど何言っているかわかりませんでしたよね……」
せっかくお母様が興味を持ってくれたのに、自分で機会を
「そんなことないわイヴちゃん! えぇと、推し活は何かを作るのよね? 後は、青色のアクセサリーを身につけるのもわかったわ」
「ありがとうございます。でもアクセサリーはちょっと違います」
落ち込む私を
「何より、イヴちゃんの話しぶりから、推し活が楽しいことなのは凄く伝わってきたわ。……私も推し活、してみようかしら」
「えっ」
まさか失態をおかした後に求めていた答えが聞けるとは思いもしなかったので、間の
「お、お母様。推し活がなんだかわかりましたか?」
「推しのために尽くして、応援するのよね」
「そう、です」
その回答で間違ってはいない。自分が雑な説明をしてしまったから、お母様に
「一ついいですか? 私がジョシュア(様)にする推し活と、お母様がお父様にする推し活の
「そうなの?」
「はい。私は
誤解を生まないように
「推し活の方法や目的は人それぞれですが、一つの共通点があると
今度はしっかりと伝わるように、早口にならないように気を付けた。
「それは推しを幸せにしたい、という想いです。私はジョシュアの幸せを心から願っているので。お母様もきっとそこは同じなのではないでしょうか?」
この言葉に
「えぇ。私もユーグリット様の幸せを願っているわ」
わかりきった答えだったが、お母様の想いが変わらないことが
「私、ユーグリット様を応援したいし、幸せにしたいわ。それに、もしできるのなら振り向かせたい。だからイヴちゃん。私に
声こそ
「もちろんです! しましょう、推し活!!」
お母様の言葉が嬉しくて、私は満面の
(良かった。私の声が届いた……!)
こうして私とお母様による、「推す」という愛の形を身につける旅が始まったのであった。
孤独な推しが義弟になったので、私が幸せにしてみせます。 押して駄目なら推してみろ! 咲宮/角川ビーンズ文庫 @beans
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