第一章 推しが我が家にやって来た!②

   ***


 いや壁が高すぎる!

 思い出してみれば、出会いイベントはあまりいいものではなかった。

 ゲームの中のジョシュア様は不幸な出来事が続いているため、最初は心をざしている。自分のオッドアイを良く思っていないため、人に見られるのを極度に嫌がるという設定だった。ジョシュア・ウォリックとは、ゲームに出てきた時の名前で、ウォリックこうしやく家は彼を二番目に引き取った家だ。

 基本的に攻略対象者は主人公より爵位が高い。ただ、主人公もはくしやくれいじようという設定なので、ジュエラブは〝貴族同士のれんあいが楽しめる〟というコンセプトのゲームになっている。

 言ってしまえばほかの乙女ゲームと仕様は似ていて、そのコンセプト自体に強くかれたわけではなかった。私にとってジュエラブ最大の魅力は、ジョシュア様がいたということ。今思い返しても、ゲームソフトのパッケージで見かけた時からジョシュア様のあのビジュアルにひとれしていた。他の乙女ゲームではめつに見られないかくれのビジュアルに加えて、実際にプレイしたらわかるジョシュア様にしかない唯一無二の魅力にはまり、気が付けば最高の推しになっていたのだ。

「……そういえばゲームの最初は〝見ないでください〟って言われたんだったな」

 それに比べれば、先日の顔合わせで睨んでこなかったジョシュアは可愛かわいらしいものだ。

 ゲームでの最悪すぎる出会いに、攻略をほうするプレイヤーが多く、攻略対象者の中では不人気といううわさも流れていた。

「でも! 顔が良すぎるんですよ……!!」

 顔を両手で覆いながら一人もだえる。

 前世の自分が面食いだったこともあるが、あのビジュアルは他のだれよりもまぶしくかがやいていた。たとえ冷たくあしらわれた出会いであっても、顔の良さで帳消しになるくらいだ。

「やっぱりジョシュア様は最高だわ」

 そうつぶやきながら、思い出したジョシュア様の情報をノートに書き留める。

(このままお母様が心中してしまうと、この世界のジョシュアも心に傷を負うことになってしまう……)

 そうして不運を積み重ねた結果、ジョシュアは自分を不幸体質と思い込むようになる。本来ならばそれがシナリオであり、ジュエラブのジョシュア様というキャラクターなのだ。

「でもそれは、ゲームの話よ」

 ていになったジョシュアが同じ道をたどらなくてはいけない理由はない。

 義弟として家族になった以上ゲームのような人生ではなく、ジョシュアにとってがおが絶えないような幸せな日々を過ごしてもらいたい。そのためには、ジョシュアととして仲良くなりたい。たとえ死をかいしたとしても、彼をどくなまま放置してしまえば似たような人生を歩んでしまうと思ったのだ。

(ジョシュア。貴方あなたは一人じゃないってこと、不幸じゃないってこと、伝えないと!)

 しかし、何からすればいいかはわからなかった。

 ただ話すだけでは効果がうすいということは先日の交流で証明済みだ。それに加えて何かを行おうと考えるものの、すぐに案はかばなかった。ふと乙女ゲームのジョシュア様が眼帯をしていたことを思い出した。思えば今のジョシュアはまだ眼帯をつけていないのだが、オッドアイなことは気にしている様子だった。

「……よし、ないなら私が作ろう!」

 ガタンと勢いよく立ち上がると、すぐさま行動に移した。



 そして数日後、完成した物を手にジョシュアの部屋をおとずれた。

「ジョシュア。今いいかしら?」

「……はい、だいじようです」

 入室の許可をもらうと、とびらを開けて中に入り、ジョシュアの正面に座った。

 ジョシュアは無表情だったが、部屋を訪れたことを嫌がっているようには見えなかった。

 いきなりおくり物をすると驚かせてしまうので、今日は何かあったかと他愛たわいのない会話から始めた。返ってきたのはこなしたスケジュールの内容で、いつも通りたんたんとしていた。

(そっか、もうこうけいしや教育を始めたのね)

 ジョシュアがルイス侯爵家に養子としてむかえられた理由は、おそらく後継者にするということだろう。お父様がどのように考えているかはわからないが、ジョシュアがゆうしゆうだという話は耳にしていた。私も後継者教育は受けているけれど、もしかしたら必要なくなるかもしれない。

(ちょっと悲しいけど、優秀な人がぐべきだもの)

 そう割り切りながら、ジョシュアの話に耳をかたむけていた。

 話に一区切りつくと、私は用意していた箱をテーブルに置いてジョシュアに見せた。

「……これは?」

「ジョシュアへのプレゼントなんだけど、よかったら開けてみて」

 にこにことしながら答えるものの、けいかいしている様子が窺える。おそる恐る手をばしたジョシュアは、箱を手にするとそっとふたを開けた。中に入っていたものを取り出したが、何だかよくわかっていないようで、首をかしげていた。

「眼帯を作ってみたの。ひとみかみで隠すのも一つの手だけど、眼帯を使う方が簡単に隠せるからジョシュアにどうかなって」

 ジョシュアは眼帯をじっと見つめていた。

「もしよかったら使ってみて」

「……やっぱりこの瞳は気持ち悪いですよね」

 ジョシュアは、悲しそうな声で視線を落とした。

 予想外の反応に驚く。しかし、ジョシュアが気にしている瞳を隠せたらという思いで作った眼帯だが、とらえ方によってはその瞳を隠せという意味になってしまうことに気が付いた。そこまではいりよが至らなかった自分にこうかいを覚えながら、すぐさま首を横にった。

「気持ちが悪いなど一度も思ったことはないわ。ジョシュアの瞳はとてもれいだもの!」

 ジョシュアの瞳をきらってなどいない、それを伝えるために私は力強くハッキリとした声で伝えた。

「ジョシュア、貴方の瞳はゆいいつよ! 世界のどこを探しても存在しない宝石だわ!!」

 好意的な言葉が返ってくるとは思わなかったようで、ジョシュアは目を丸くさせていた。

「私はジョシュアの瞳が好きだし、隠せだなんて思わない。だけど、ジョシュアが隠したいのなら、私はその意思を尊重するべきだと思うの」

「僕の……意思?」

(僕!? ゲームでは俺だったけど、幼少期は僕なんだ……!!)

 集中しないといけないのはわかっている。ただ、あまりにもしようげき的過ぎるいちにんしように反応せずにはいられなかった。けれどもなんとか顔に出さずにジョシュアを見つめ続けた。

 こちらを窺うように問いかけるジョシュアに、私はゆっくりとうなずいた。眼帯を身につけるかいなかはジョシュアが自由に決めて良いのだ。そのおもいが届くことを願っていると、彼は慣れない手つきで装着し始めた。

「こ、こうですか?」

 初めて身につける眼帯にまどうジョシュア。私の手作りというだけあって、当て布とひもで作った簡易な作りになっている。ただ、ジョシュアが自ら頭の後ろで紐を結ぶのは難しそうな様子だった。おずおずと手を挙げながら申し出る。

「私が手伝っても良い?」

 ピタリと手を止めたジョシュアは、少しだけ考えた後に小さく頷いた。

「…………お願いします」

 その返事を受け取ると、さつそくジョシュアの背後に移動した。そっと紐を手にすると、きつくなり過ぎないように結ぶ。その最中に、一人で反省をしていた。

(今度は一人でつけられるように、耳にかけられるような形にしてみよう)

 もちろん、ジョシュアが眼帯を気に入ってくれればの話だけど。

「できた。鏡で見てみて」

「ありがとうございます」

 私は持ってきた手鏡をわたすと、ジョシュアの反応を待った。じっと鏡の中の自分を見始めたジョシュアは、少しつとわずかに笑みをこぼした。

「……すごくいいです。こんなにてきなもの、ありがとうございます」

「喜んでもらえたようで良かった」

(やった!! 気に入ってもらえたみたい!)

 喜びで胸がふくらむ中、ジョシュアはそっと眼帯にれていた。

 この出来事をきっかけに、私はジョシュアと段々親しくなることができた。感じていたかべは少しずつなくなり、ジョシュアから話しかけてくれることも増えた。何よりうれしかったのは、ジョシュアが私の部屋を訪れるほど気を許してくれたことだった。しかし、使用人と会話がほとんどないのは変わらず、心を開くのに時間がかかるのだと思いそっと見守ることにした。



 それから一年が経ったころ、お母様を止めるのにどうすべきか再び自室で作戦を練っていた。もちろんこの一年間、何もしなかったわけではない。しっかりとお母様に関して調査を進めていた。その結果、両親が政略けつこんだと判明した。

 貴族であればよくある結婚の仕方ではあるが、お母様の愛はとにかく異常だった。お母様がお父様のしよさいを毎日欠かさず訪問する姿は目にしたが、二人の仲が良さそうなふんはなく、楽しそうに話している姿は一度も目にしなかった。お母様からお父様との時間を作っているようにしか見えず、それはまるで一方的な愛の矢印に感じてしまった。

しつ長やじよにそれとなく話を聞いてみたら、お父様がお母様と結婚記念日をいつしよに過ごしたことはないって言ってたのよね……そうだとしたら、お母様は長い間悲しい思いをしてきたんじゃないかしら)

 十二年間、お母様がお父様を待ち続けていたのだとしたら、次の結婚記念日に再びお父様が来ないことが引き金となって、積み重なった悲しみがばくはつしてしまい、一家心中に発展してもおかしくはない。

 結婚記念日を祝おうと準備しているのに、来ないお父様もお父様だが、お母様にも何か問題があると考えるのがつうだろう。そんな人には近付かないのがきちかもしれないが、意外にもお母様は私に優しく接してくれた。それは異常ではなく、至って普通のものだった。イヴちゃん、と呼んでくれるのがしようの一つだ。

 そんなお母様が悲しみのあまり心中をしてしまうのではないかという不安と、シナリオ通りに進むねんもあったので、私は結婚記念日をつぶせないかたくらんだりもした。けれども、お母様を説得することはできなかった。

(お母様は今度こそお父様が来てくれると信じて疑わないのよね……)

 一体その自信はどこからくるのだろうかと疑問になるほど、お母様はるがなかった。

 こうして、もう一度作戦を練り直すことになった。

 ゲームの知識では、お母様が心中をはかるのは今年の結婚記念日。

(一度火を放つのを止めたとしても、また別の日に起こるかもしれない。……お母様の気持ちという根本的な問題を解決しない限りは、バッドエンドは常に付きまとうでしょうね)

 最適解を探しながら、私は頭をなやませた。

「お母様の気持ちを変える……簡単にできたら苦労しないわよね」

「そうだね、お母様はとにかくお父様命だから」

「……!」

 バッと振り向けば、そこには可愛らしい微笑ほほえみをかべる天使がいた。

「ジョシュア!」

「またおもしろいこと考えてるの? 姉様」

「どちらかというとしんけんな話ね……」

 出会った頃は敬語で一線を引かれているようなきよだったが、今では義姉弟きようだいらしい軽い口調になっていた。

(やっぱりため口で話しかけてくれるのは嬉しい……!)

 ジュエラブのジョシュア様は基本的に敬語で、壁がなくなるとため口になるので、これは心を許してもらえた証拠だった。義姉弟として仲を深められたことを改めて実感する。私が一人喜びを感じているうちに、ジョシュアは椅子いすを持ってきて私のとなりに座った。

「姉様が悩んでいるなんてめずらしいね。僕には後先構わずに接していたのに」

「それは……ほら、義姉弟になれたのが嬉しかったから」

「ふーん」

 それは貴方あなたに不幸な道を進んで欲しくなくて、とは言えず、なんとかにごした。

「……僕は姉様ほどお母様のことはわからないけど」

「?」

「姉様らしくぶつかってみればいいんじゃないかな。僕にしてくれたみたいに」

 私がジョシュアにしたことといえば、眼帯やしゆう入りのハンカチのおくり物をしたり、ひたすら会いに行ったりしていただけだ。あくまでも親しくなることを目的としており、お母様のやみちを防ぐとなれば話が変わってくる。

(思えば色々したなぁ。ジョシュアを前にすると、どうしてもジョシュア様を思い出しちゃって、前世にしていたし活をしていたのよね。ジョシュア様モチーフのアクセサリーを作ったり、小さなぬいぐるみを作ったり──うん? 推し活?)

 そのしゆんかん、きらりと何かがひらめいた。

「何か思いついた?」

「うん……だけど、あまりにも鹿げていて」

「でもお母様相手ならその方がいいんじゃないかな。ほら、目には目をって言うでしょ」

「変わっている人には変わった案を……って、こら! お母様になんてことを」

「そこまで言ってないけど」

 れいばくである。

「……さっ。作戦を考えないとね」

 自爆をなかったかのようにしながら、ノートに案を書き起こしていった。

(ジョシュアの成長を見守るためにも、なんとしてでもバッドエンドはかいしないと!!)

 お父様には異常な愛を見せるが、私には至って普通の母。それゆえに、お母様は私の話をよく聞いてくれる。今回の作戦は、それを利用した大きなけだった。

 思い立ったらそく行動と、お母様を見つけては推し活について説明しようとした。しかし結婚記念日の手前であったため、お母様は心ここにあらずという感じで、じっくりと話すことができなかった上に、話す機会を設けるのも難しかった。

(まさかここまでつかまえられないなんて……!)

 お母様は、なぜか今回の結婚記念日は成功するとんでいるようで、いつも以上に準備に時間と手間をかけていた。新しいドレスをこうにゆうしたり、お父様へのプレゼントを用意したりしていた。それに加えてご友人しゆさいのお茶会に参加していたので、まとまった時間を取ることができなかったのだ。

がんって準備している姿を見たら、どう切り出していいかわからなくなっちゃった……)

 結局私は、結婚記念日当日まで作戦を実行することができなかった。

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