第一章 推しが我が家にやって来た!①

 イヴェット・ルイス。

 ルイス侯爵家の一人娘である私は、両親の様子が普通ではないことを感じながらもすくすくと成長していた。母親ゆずりの金髪と、父親に似た顔立ちはうれしいことに整っている。両親に似ていない部分と言えば、ラベンダーのようなむらさきいろの瞳くらいだ。

 私が前世のおくを思い出したのは、義弟おとうとであるジョシュア・ルイスをこの目で見たしゆんかんだった。十歳になって間もないころ、私はお父様から屋敷の一室に呼び出された。そこには幼い男の子がいて、の子どもを養子としてむかえ入れたとしようかいされた。従弟いとこからていになったわけだが、ほとんど話は耳に入ってこなかった。なぜなら、私にとって信じがたいじようきようだったから。

(ジョシュア、ですって? ……待って。このまえがみで片目をかくすスタイル、き通った青色の瞳で、つややかなぎんぱつと天使のビジュアル……ちがいない!! 私が前世でやり込んだ乙女おとめゲーム『宝石にちかいを~君のためのラブストーリー~』のこうりやく対象、ジョシュア様だわ!)

 かみなりに打たれたかのように前世を思い出し、一人衝撃を受けた。

 前世でひとれしたビジュアルを忘れるわけがない。

 前世の記憶だとしてもジョシュア様の姿はせんめいに思い出せる。片目が前髪で隠されている姿と、立ち絵から感じられるクールなかっこよさが私の好みど真ん中だった。

うそでしょ!? 推しが……推しが、目の前にいるんですけど!!)

 正確には推しの幼少期を前にしているわけだが、興奮のあまり思考が上手うまく回らなかった。しかし喜んだのもつかの間で、次に思い出したのは、自分が死ぬというシナリオだった。

(待って……このままだと私、死んじゃう!?)

 攻略対象者の中からジョシュア様を選び、そのルートをやり込んだからこそ彼に関するエピソードなら全て知っている。

 ジョシュア様は不幸体質という設定があり、彼の生い立ちはそうぜつなものなのだ。生まれ育った家ではしいたげられ、引き取られた最初の家では夫人が一家心中を起こし、その次に引き取られた家では当主が馬車の事故にってしまう。ぐうぜんとはいえ不幸を引き起こし続けていることで、本人も自分には何かあるのではと苦しむエピソードがあるのだが、今重要なのはそこではない。

 最初に引き取られて一家心中を起こす家というのが、このルイスこうしやく家なのだ。

 シナリオ通りに事が進めば、ジョシュアが養子として我が家に来てから間もなく私は死ぬことになる。

(二回目の人生なのに、もう死んじゃうの?)

 転生したという自覚が芽生えたからこそ、幼いうちに死んでしまうというきようが重くのしかかった。

(そんなのいや……!!)

 ぎゅっと手に力を入れた瞬間、お父様に名前を呼ばれた。

「イヴェット、だいじようか」

「……はい、大丈夫です」

 お父様の声で思考が止まった。いだいた不安をはらうようにみを浮かべると、お父様は追求することなく改めてジョシュアを紹介した。

「そういうわけで、ジョシュアは今日からイヴェットの義弟になる」

 これは自分が名乗る番だと判断すると、ジョシュアに少し近付いて彼の目を見た。一歳年下ということもあってか、ジョシュアは私より少し背が低かった。

「初めまして。イヴェット・ルイスです。これからよろしくね」

「……ジョシュアです」

 ずかしいのか、目線は下がったまま小さな声で返された。

(もしかしてまだきんちようしているんじゃないかしら)

 何か緊張を解く話題を提供したいと考えたその時、窓から風がき込んできた。そのひようにジョシュアのかみがなびいて、隠されていた瞳がハッキリと視界に映る。

 彼のオッドアイはゲームでも数度しか出てこない。基本的に前髪で片方隠されていて、空よりも明るくんだ青色の瞳だけが見えている状態だ。ゲームのジョシュア様は、オッドアイというめずらしいひとみを気味悪がられ、生まれ育った家では虐げられた。おそらく目の前にいるジョシュアもそれは同じで、オッドアイを気味悪がられたからこそ、片方の瞳を髪で隠しているのだろう。

 隠されていた瞳は星々のようにきらめく黄色い宝石みたいで、吸い込まれるほど美しいものだった。ジョシュアがあわてて髪を押さえたことですぐに見えなくなってしまったが、私は思わず声をらしていた。

すごれい……」

「えっ」

 私がられていると、ジョシュアはこんわくしたように固まった。ようやくこちらを見てくれたが、その表情は不安そうなものだった。

(きっとこの家に来て、まだ慣れてないのよね)

 そう判断すると、私は自分から積極的に話しかけることにした。

「お話ししましょう、ジョシュア! お父様、よろしいでしょうか?」

「もちろん」

「えっ、あの」

 まどうジョシュアの手を引いて、私は室内にあるソファーへと向かった。二人並んで座ったところで話し始める。お父様はその様子を見て静かに退室した。

 好きな食べ物という簡単な話題から、ルイス侯爵家とはどんな家か、両親はどんな人かという家にまつわることまで様々な話題を提供した。とはいえ、ジョシュアはあいづちを打つばかりで、ほとんど私が一人語りをしているだけだったが、それでよかった。ジョシュアが少しでもこの家にめるよう、不安が消えるよう、私はひたすら話し続けた。最後に屋敷の中を案内して、顔合わせはしゆうりようした。



 私は自室にもどると、思い出した前世と自分の状況を整理し始めた。ノートに覚えている記憶を書き起こす。

「……私が死ぬのは一年後のはず」

 ジョシュア様ルートをやり込んだ時に出てきたサイドストーリーで、〝九歳の時に引き取られた家では、翌年夫人がけつこん記念日に心中をしてしまう〟と出てきた。家名も出てこない上に本編では一度もれられない、モブですらないルイス侯爵家。自分がプレイヤーだった時は気にも留めなかったが、今となってはそれをこうかいする。何せ自分の生死がかかっているのだから。

(一家心中でジョシュア様以外だれも残らなかった……ということは、私も漏れなく心中に巻き込まれて死ぬということよね)

 どうにか落ち着いて情報を整理した結果、やはり死が近付いてきていることがわかった。

「あと一年で死ぬだなんて絶対嫌」

 私は前世、交通事故に遭って死んでしまった。

 ブラックぎように勤め、仕事に追われる中出会ったのがあの乙女ゲームとジョシュア様だった。人生で初めてできたしにときめきとやしをもらいながら生活する中で、何のまえれもなく命を落としてしまった。ゲームをやり込んで推し活を楽しんでいたというのに。やりきれない部分はあるけれど、転生先で推しに再び会えたことで悲しさは吹き飛んだ。

(前世は推し活ちゆうで死んじゃったのに、今世は推し活を楽しむ間もなく、幼いうちに死ぬだなんてあり得ない。絶対に生き延びて、推し活を楽しむのよ!)

 せっかくジョシュア様という推しが義弟になって、人生これからだというのに、あっさりと退場するのはお断りだ。必ず生き残って、推しのいる生活を楽しみたい。

 確固たる意志を抱きながら、私はどうするべきか頭をなやませた。

「でも逆に考えれば、死ぬまであと一年はあるということよね」

 希望が見えてくると、私は強く決意した。

「死なないためにも、どうにかお母様の心中をするのよ……!!」

 目的を声に出した瞬間、ふと疑問を抱いた。

「……それにしても、どうしてお母様は一家心中なんてしたのかしら?」

 思い返してみれば、私はお母様のことをあまり知らなかった。心中の意図がわからなくては、阻止のしようがない。そう思った私はお母様のことを知ろうと、調査をねて交流を増やしながら、何か解決策を作れないかと動き始めるのだった。

 お母様の調査をする一方で、義弟おとうととなったジョシュアの様子が気になったので見に行った。顔合わせ以降、彼は一人で静かに過ごすことが多いようだった。使用人とも話している様子はなく、まだルイス家に馴染めていないように見えた。私は見かけるたびに話しかけていたのだが、どことなくかべを感じていた。相手が推しとはいえ、せっかく義姉弟きようだいになったからには仲良くなりたい。

(壁か……あれ? もしかして)

 前世のおくり寄せると、とんでもないことに気が付いた。

「ゲームの出会いと同じなのでは!?」

 自室に私の声がひびくと、慌てて口をふさいだ。

(お、大きな声出し過ぎた……!)

 キョロキョロと部屋を見回すと、じよはいなかったので一安心する。ほっと一息いて、前世のことを記したノートを取り出す。

『宝石にちかいを~君のためのラブストーリー~』つうしようジュエラブは四人のこうりやく対象者が出てくる乙女おとめゲーム。ジョシュア様もその一人で、前世の私は推しである彼のルートをひたすらやり込んでいた。

 ジョシュア様はゆいいつこうはいキャラクターで、だんはクールで人を寄せ付けないのに、仲良くなると年下っぽく甘えることがあり、そのギャップがりよくの一つだった。

 そんなジョシュア様との出会いイベントは彼の入学式になる──。


   ***


 学園に入学してから二度目の入学式。

 式が行われる会場近くを通ると、一人の生徒が木の下にたたずんでいた。

 茶色いブレザーに黒いズボンは、ちがいなく学園の制服だ。しかし遠目に見ても、ネクタイの色は一年生のものだった。

 大丈夫だろうかと心配しながら近付くと、そこにいたのはたんせいな横顔をした少年だった。青みがかったぎんぱつが風になびいており、き通るような青い瞳に強く引き付けられる。あまりにもれいな姿に見とれていると、少年はこちらに気が付いた。体を向けたことで、彼の顔がハッキリと視界に映る。長いまえがみを片側に寄せてあるせいか、片方の瞳が見えにくくなっていた。じっと目をらしてみると、片目は眼帯でおおわれていた。

「何か用?」

 低く響いた声からはどこかげんなのだろうという様子がうかがえた。綺麗だと思っていた瞳ににらまれてしまったからか、おどろいて上手うまく言葉が出てこない。今度はこちらが見つめられる形になった。好意的な目線ではないとわかっていても、端整な顔立ちの彼に見つめられていると思うといやな気はしなかった。きんちようして固まる中、彼の視線がネクタイに移ったことがわかった。

「……せんぱいか」

 ネクタイの色が自身と違うことに気が付いた彼は、小さく息を吐いた。ゲームウィンドウに表示されたのは、自分が名乗るテキスト。

 意図せず自己しようかいをした結果、少年は顔をゆがませた。名乗られた以上自分も名乗るのがれいではあるが、彼はそれが嫌だったのだろう。

「……俺はジョシュア・ウォリックです」

 ジョシュア様は不満げな声で名前だけ告げ、こちらを改めて睨んだ。

「用がないなら見ないでください」

 あふれ出るけんかんを残して、ジョシュア様は去っていった。

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2024年11月3日 00:00
2024年11月4日 00:00

孤独な推しが義弟になったので、私が幸せにしてみせます。 押して駄目なら推してみろ! 咲宮/角川ビーンズ文庫 @beans

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