その2 スピードスター忍者(物理)
田舎では時期が来ると山菜取りをする。
祖父は友人たちを集めて所有している山で山菜取をするのが毎年恒例だった。
その日は、母と俺も連れて行かれた。
子供の俺は手伝える事もなく、ただ、ひたすらにタンポポとシロツメクサ集めに勤しんでいた。
山には池と田んぼがある。段々畑になっているので急斜面な所も多い。
山というより山林。歩く場所以外は草木が生い茂っている。竹藪なんかもあったりする。
ちなみに、どのくらいの斜面かと聞かれたら"車が転倒するくらいの角度"だと言っておこう。
斜面にあるタンポポやシロツメクサを集める。
「あっちたくさんあるー!…っ!うおっ!」
急斜面を歩くと体が傾き転げそうになる。ちょっとの勢いで駆け出してしまいそうだ。…竹藪の中に佇む俺の『和』の心が騒ぎ出す。
そして、俺は世紀の大発見をする。
「忍者に…忍者になれるかもしれない。」
急斜面の頂上に立つ。俺は一歩踏み出してみた。…いける。行けるぞ。
斜面の麓、数十メートル先に池がある。池の浅瀬で母が山菜を取ってるようだった。
「おかあさーん!」
遠いのか、俺の声は届いていないようだ。
母さんに会いに行くついでに忍者になろう。
そして、俺は急斜面を走り出す。
竹藪の隙間を縫って駆け抜ける。
徐々に加速していく。凄い。これは忍者だ!!!
「おかぁさぁ~…あ?…うぁあああああああああああああああああああああ!!!?」
加速が止まらない。倒れないように必死に足を踏み出す。
たまに、横から生えている枝が頬や体をかすめていく。
セルフ鞭を甘んじて受ける。痛みと止まらない歩みに恐怖する。
「うぁあああああああああああああああああああああ!!!っ!!!」
ベシャッアアアアア!!!
…忍者は池にダイブした。らしい。…俺はそのあたりの記憶が無いのである。
・・・
ここからは母から聞いた話だ。
山菜取りをしていると、遠くから微かに声が聞こえる。声が聞こえる方向を見ると娘が崖の上から駆け下りてきた。
転げ落ちるようにではなく"凄い速さで駆け下りてきた"とのこと。
そのまま、娘は池に顔面から落ちていった。
祖父の友人達はただ見ているだけだった。突然子供が落ちてきたら誰も動けないだろう。
池は泥が多い。徐々に沈んで行く娘を咄嗟に掴み池から救出した。
泥だらけの俺は「寒い。寒い。」とガクガク震えていたらしい。
・・・
次の年、また山菜取りの時期になった。
急斜面の頂上に俺は仁王立ちで佇む。
一歩踏み出した瞬間に祖父に止められたのだった…。
稔の"とある思い出~日常編~" 沓木 稔 @krm_no_003
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