稔の"とある思い出~日常編~"
沓木 稔
その1 ヒーローに憧れて
これは俺が小学生になる前の話だ。
当時の俺はブランコに夢中だった。
近所の小学校の遊具は誰でも遊べるように開放されていたので人が居なければ遊び放題だった。(今の時代だったらもれなく不法侵入なのだろうか。)
強く漕ぐたびに強い風が頬に当たる。少しの浮遊感。空へ飛んでいけるんじゃないかと思った。そして、俺は世紀の大発見をする。
「もしかすると…飛べるかもしれない。ヒーローになれるかもしれない。」
ヒーローは誰にも知られてはいけない。
友達と遊んで、バイバイした後にこっそり小学校へ向かう。
夕方の誰もいない校庭の片隅。ブランコを目の前に、仁王立ちする。
…おまえは俺をヒーローにしてくれるんだよな?
静かにブランコへ語り掛ける。
ヒーローのイメージはもちろんウルトラ〇ン。
ブランコの座る所…座面?座板?に腹を乗っける。
両手を握り締め、右腕を伸ばし、左腕を曲げる。
足はしゃがんだような姿勢を保っている。
俺の計算が正しければ、両足で地面を蹴り上げる事によって高く飛べるはずだ。
力んだ足から"ジャリッ"と地面にある砂利を踏みしめる音が聞こえた。
「3、2、1、GO!!!」
俺は精一杯の力で地面を蹴り上げた。
全てかスローモーション。…綺麗な夕焼け空が目に映る。
「と、飛べた!!」
ヒーローなんて簡単になれる。そう思った。
しかし、当時の俺はブランコの物理的な法則を知らなかった。
飛んだ後の事を考えていなかったのである。
「…え?」
ゆっくりと地面へ引き戻される感覚。
バランスを崩しそうになる。俺の体を支えているのは自身の腹だけだった。
強く握り締められた両手はブランコのチェーンを掴む事が出来なかった。
動かそうとするとバランスを崩しそうになる。これでは落ちてしまう。
"いや、まだだ!足を地面につけなければまた飛べる"
そう俺の中のヒーローが囁いた。
腹を起点にのけぞる姿勢になることによってバランスを保つことに成功した。
"いける!!!"
まさしく、今の俺は登り龍のような仰け反りを見せている。
そう思っていた。
瞬間、綺麗な夕焼け空が灰色の世界に早変わりした。
ずざぁぁぁあああああああ!!!「ぐああああ!」
ずざぁああああ!!「いだあああ!!」
ずざぁああ「いあぁあぁぁぁ…。」
ずざぁあ…「…あ…あぁ…。」
振り子のように顔面が地面を擦る。
永遠の痛みを受けている気がした。拷問だ。
そして、ゆっくりと、止まった。顔面が地面に着いたまま…。
地面はジワジワと赤い海が広がっていく。
顔面が痛みを通り越して熱さを感じる。どことなくぬるっとした感触に唖然とする。
一体、何が起こったというのだ…。さっきまで飛べていたじゃないか…。
静かにブランコから離れると、風に揺れるブランコの下が血溜まりになっている。
そして、俺も血濡れになっている。砂利と鼻血のコントラスト。
ゆっくり噛み締める。状況を理解して大泣きした。
「いだああああああいいいいいいいいいいい!!!」
俺はブランコを背に鼻血を垂らしつつ泣きながら家に帰った。
・・・
後日、友達から聞いた話だ。
どうやら小学校のブランコで殺人事件が起きたらしい。
死体は無かったようだが、ブランコが血の海になっていたから死人が出たんじゃないかという話だ。
何も無い田舎ではビックニュースだ。
そんな話を聞いていたら別の友達からブランコの幽霊が居るという話を聞いた。
その幽霊は血を出しながら襲ってくるらしいという話だ。
「怖いね。ブランコには当分近づかないようにしよう。」
俺は静かに鼻に貼ったガーゼを撫でた。
・・・
数か月後、俺はブランコの前に立っていた。
「…今度こそ、おまえは俺をヒーローにしてくれるんだよな?」
そうやって静かにブランコへ語り掛けるのだった…。
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