第44話 エスメールの残響

「ふぅ、なんとか飛べてるな」


 俺は初めての飛行魔法で、何とかエスメールまでやって来た。

 とりあえずこれで眼下に浮かぶエスメールを覗ける。

 そう思って視線を落とすと、予想以上にとんでもないことが起きていた。


「これは……嘘だろ?」


 俺は絶句してしまう。

 エスメールは想像通り燃えていた。

 しかし燃え広がり方が余りにも人為的で、建物を避ける形で広がっている。


「どうなってるんだ。なんで建物は燃えて無いんだよ」


 火事にしては明らかにおかしい。火の手が上がる場所は限定的で、建物はほとんど燃えていない。

 けれど逃げ惑う人達で道は埋め尽くされている。

 このままだと、人同士がぶつかりあって、逃げ道なんて無くなるだろう。


「マズいな。なんとかしないと……」


 俺は一度エスメールに下りることにした。

 翼を広げ風を掴み、一気に急降下する。

 巨大な翼を生やした人間が空から舞い降りれば、この世の終わりかもと錯覚するだろう。

 

「……よっと」


 けれど誰も頭上に注視している暇は無かった。

 俺は急降下して、地面に降り立つ前に翼を仕舞う。

 周囲が炎に飲まれるその中心部にやって来ると、事態は想像以上に深刻かもしれない。


「おい、お前達大丈夫か?」


 逃げ遅れた人達で、道は埋め尽くされている。

 もちろん、まだ空間に余裕はあるので、声を掛けることはできた。

 けれどここからが問題で、俺がいくら声を掛けても反応が無いのだ。


「ん? おい、俺の声ちゃんと聞こえてるか!」


 俺はもう一度声を掛ける。

 けれど超至近距離にもかかわらず、目の前の男性は反応が無い。

 もしかして意図的に無視されているのだろうか? 少し苛立った俺は、勢い余って肩を掴んだ。


「おい、さっさと逃げ……ろ」


 俺が肩を掴んで引き寄せると、男性の瞳の色が真っ赤なことに気が付く。

 例の屋台でジュースを飲んだ人達と同じ瞳の色。

 しかも表情はケラケラ笑っていて、心配する俺をよそに、白い歯を剥き出しにした。


「な、なんだ、お前!」

「あはは、あはは、スーレット様、スーレット様のために」


 男性は奇妙な発言をして、ヨロヨロと踊り出す。

 まさかその名前を聞くことになるなんて思わなかった。

 俺はゾッと鳥肌が立つと、自然と臨戦態勢に入る。


「な、なんだ。まさか操られてるのか?」


 俺は震える拳を構えた。

 流石に魔法なんて使ったら大怪我は必至。

 なにせ相手はただの街の人。一般人相手にぶっ放せるような魔法、まだ俺の精度じゃ無理だ。


「く、来るなら来い!」


 いやいや、ほんとは来てほしくない。

 できれば穏便解決を図りたかったが、完全に操られた男性は、ゾンビのように俺に向かって来る。


「スーレット様のために~!」

「やっぱ来るな!」


 俺は男性が向かって来たので、思いっきり顔を殴った。

 ベコンと頬が凹むと、呆気なく倒されてしまう。

 後頭部を地面に叩き付けられると、血は流れていないが、ピクリとも動かなくなった。


「あれ、まさか死んだ?」


 やり過ぎちゃったかもしれない。

 俺はテンパるが、耳を近付けると、寝息を立てている。

 如何やら気絶したらしく、呼吸があることに安堵すると、胸を撫で下ろす。


「ふぅ、よかった。とりあえずこれで……げっ」


 俺が顔を上げると、とんでもない事態になっていた。

 依然として火の手は傍まで近付いている。

 けれど今の物音で何か爆発したのか、周囲を街行く一般人が取り囲んでいた。


「ま、まさかだよな? そんな筈、無いよな?」


 俺は望み薄の可能性に、持っていたメダルを全賭けベットする。

 けれど俺の期待はあまりにも貧弱。

 掴み取った糸の切れ端派プッツリと切れ、真っ赤な瞳を持った老若男女問わない人達に囲まれていた。


「ぞ、ゾンビかよ。ゾンビ映画かよ、これ」


 唖然とするよりも呆れに近い。

 とてつもない危機感を感じ取りつつも、非常に冷静なのは俺がカガヤキ・トライスティルだからだろう。そうでも無ければヤバかった。何がヤバいって……そんなの数は暴力だからだ。

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異世界で最強になった俺が偽魔王になってみた。~魔王キャラVTuberの俺が配信していたら、異世界転移してしまい、マジの魔王扱いされたんだが? 水定ゆう @mizusadayou

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