ー終章ー
***
––––その年の春は、全国的に平年より早く桜が咲き始めた。
高校を卒業した界斗は、県外の大学に進学するのを機に一人暮らしをするため、段ボールに囲まれた自室で最後の荷造りをしていた。
界斗はベッドに腰掛けて父親の形見である霊符書を眺めながら、ここ数ヶ月の出来事を思い出す。
心矢は、あの日の夜を最後に行方不明になっている。
警察は事故と事件の両面で捜査を進めているが、いずれ未解決で片付けられてしまうことは警察側に何も話していない界斗と渉だけが知っている。
心矢が消えた数日後に、界斗は一人で廃神社まで足を運んだ。廃神社は変わらず姿を残していたが、心矢も、そして咲夜も、界斗の前に姿を現すことはなかった。
界斗はそれからも何度かそこに足を運んだ。けれど二人の声を聞くことも、姿を見ることも出来なかった。
どれだけ時間が経っても荒れなかった廃神社の境内には雑草が生い茂り、本殿はいつ倒壊してもおかしくない状態となっていく。捨てられたそこは自然の一部になろうとしていた。
……咲夜と心矢は消えた。二人一緒に、この世界ではないどこか遠くへと行ってしまったのだろうか。
界斗はそう思いながら手元にある霊符書を木箱に入れて蓋をし、段ボールの中へと大切に仕舞った。
***
引っ越しの当日に界斗は一人で鳥辺山を登った。
朝のひんやりとした山の空気に触れながら廃神社を目指す。やがてたどり着いた境内の中で、界斗は一人、姿の見えない相手に語りかけた。
「シン。今日俺はこの地を離れる。帰省した時は、ここに顔を出しに来るからな」
界斗はそう言葉を紡いだあとに上着のポケットから小さな無地の巾着袋を取り出すと、中身を手のひらの上に落として眺めた。
その時、背後に誰かが立つ気配がした。
ハッとして顔を上げた界斗の耳に、待ち焦がれていた声が聞こえてくる。
「それ、桜貝だろ。持ってると幸せになれるんだってよ」
界斗は静かに振り返ると、瞳の先に映る人物を見つめて、呆れたように微笑んだ–––––。
終
残余霊-DEAD SPACE- 一風ノ空 @ichikazenosora
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