第五話 下等な卑怯も上等

 突然だが、俺の名前は近衛海斗このえかいと。誰に自己紹介しているわけでもない。俺はいつも命懸けで戦っている。今この瞬間死んでもおかしくない。だから、いつも戦う前には俺という存在を再確認する癖がついている。遺言のようなものだ。

 俺は一目に触れない裏路地に立っている。汚れている気がするが、そんな事は気にしないで深呼吸をする。心を落ち着けるためだ。そして、目の前にできている亀裂を見る。この先に繋がっている世界を住処としている奴をぶっ倒す。俺はそんな使命を受けているらしい。

 亀裂に手をかざすと、すぅーっと吸い込まれる。身体がいいようのない浮遊感に襲われる。何度経験しても慣れない感覚だ。

 地に足が着いたのを認識すると、俺は目を開けて辺りを見渡す。廃ビルがたくさんある。全く同じではないが、俺らのよく知る都会が災害やら戦争やらで荒廃したような感じだ。

 俺は比較的形が残っていて、尚且つそこそこな高さがあるビルを選び、中に入る。オフィスのような感じで、荒れ放題だ。通れそうな道を探して上を目指していく。屋上に着いた。俺と、目標以外の生物はいないく、とても静かだ。嫌な風が俺の頬を拭う。

 俺の"権能"は戦闘以外はこなせない位に戦闘に特化しているが、真っ向から突っ込んでいくほど命知らずじゃない。わざわざ屋上に登ったのは、そのためだ。

 

 扨と、狩りの時間だ。


 俺は右腕に力を込め、頭の中にイメージを浮かべる。遠距離に特化した銃、"スナイパーライフル"だ。 すると、俺の右腕はみるみる内に金属へと変貌していく。

 俺の前世は、"毘沙門天"だ。こんな事になるまで、神様とか、リアリティのない事は信じなかった俺でも聞いたこと位はある。勝負を司る神だ。そんな俺の権能は、身体の一部を武器に変えること。殺意がこもってなければ発動しないため、武器じゃなければいけないらしい。十徳ナイフのような利便性は全くもってない。物騒な能力だ。

 俺は肉眼で辺りを見渡す。すると、少し離れた所に目標を発見した。この距離だと、米粒くらいの大きさにしか見えない。俺は変わり果てた右腕、スナイパーライフルを構え、スコープを覗き込む。

 目標は、上半身は中年のおっさん、下半身には馬の体を持っていた。この活動をして初めて知ってるやつに会えた。ケンタウロスってやつだ。

 ケンタウロスは周囲を警戒するように槍を携えて歩き回っている。

 動きが止まった所で、撃つ。心臓なんて贅沢な事は言わない。身体のどこかに当たればいい。

 心臓の位置が明瞭になる程、高鳴っているのを感じる。目標をじっと見つめ、タイミングを待ち侘びる。

 今だ…!!発砲しようとしたその時だった。

 獲物が姿を消した。

 気づかれた…!?いや、まさかそんなはずは。今まで一度もバレた事なんてない。

 俺は大慌てで辺りを見回すが、どこにもいない。


「殺気がダダ漏れだぞ人間!!」


 そんな叫び声とともに、ケンタウロスは槍を突き立ててこちらに迫って来ていた。

 俺はスナイパーライフルで槍を弾く。ギーンと、無機質な金属音が響き渡る。腕に感じだ重みが全身へと伝わり、震え上がる。

 相手は槍を一回転させると、すかさず二撃目を叩き込んできた。

 俺は、両腕を日本刀に変えて、受ける。一本の槍を、両腕でやっと受け止める。しかし、近くで見ると、相手は自分よりもずっと大きく、力が強い。だんだんと押し切られていく。

 相手は、押さえ込むので精一杯でいる俺を見てニヤリと笑う。

 槍を動かして俺の刀を弾く。そして、すかさず下半身の馬で俺の腹に蹴りを入れて来た。


「ガハッ…!!」


声にならない声が自然と口から溢れる。馬の足は硬い。貫かれたと錯覚するほどの激痛が腹部に広がる。

 俺は吹っ飛んだ。空気に晒されている。初めてダメージを受けた。俺は、パニックに陥っている。すると、ガシャーンという音と共に、屋上の柵に打ち付けられた。

 立ち上がろうとするも、身体が痛む。


「はぁ…はぁ…」


 息が上がっている。口の中に変なしょっぱさが広がる。これは、血の味だ。

 すると、パカパカと足音が近づいて来た。俺は顔を上げると、ケンタウロスが迫って来ていた。勝ちを確信したようにノロノロと。

 俺は右手を拳銃に変えて向ける。弾丸を放とうとするが、槍を腕で弾かれ、発砲する頃には銃口は空を指していて、銃弾は真上に飛んでいった。


「その程度とは、興醒めだ」


 そう呟き、俺に手を伸ばして来た。俺は首を掴まれ、持ち上げられる。声を上げる事もできないほどの苦しみに襲われて、意識は遠のいていき、体は元に戻ってしまった。

 

「まぁ、遠くから私を殺そうとした"卑怯者"など、この程度だろう」


「私の槍で突くまでもない」


 俺は、唐突に苦しみから解放されると、空中に投げ出された。

 アスファルトが、みるみる内に近づいてくる。だけど、不思議とスローモーションのように感じる。


 ―卑怯者


 そんな言葉が俺の頭の中で繰り返される。


 そうだ。俺は生まれ持っての卑怯者だ。


「勝利以外に価値なんてないのよ」


 母さんはそう言った。


「敗北なんてしたら、うちの子じゃないからな」


 父さんはそう言った。


 俺は両親の影響で、剣道をしていた。勝つ事だけを刷り込まれた。

 俺は負けないように、負けないようにって血反吐を吐くほど努力して、勝ち続けた。そんな俺を見て、大人はみんなみんな筋があるって勘違いして俺を持て囃すんだ。


「生まれつき才能がある奴って"ずるい"よな」


「あいつは努力もしない"卑怯者"だ」


 そんな陰口が聞こえてくる。気づいたら同じ道場の奴らとは距離ができていた。


 大会前の事だ。道場の一人が怪我をした。あろうことか、そいつはこう言ったんだ。


「海斗に階段から突き落とされた」


 みんなの俺に対するゴミを見るような目。今でもはっきり覚えてる。


「この卑怯者」


「卑怯者」


「卑怯者」


 卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者。

 何千回も言われた。


 俺は剣道を辞めて、FPSに入り浸るようになった。何でこうなっちまったんだろうな。なんて事は考えない。願ったところで、現実は変わらないんだ。

 だけど、本当に卑怯なのはどっちなのかってこと位俺にも分かる。

 だから思ったんだ。


 お望み通り卑怯者になってやるよ。


 卑怯者上等。勝たなきゃ全部失うんだ。


「死んでたまるか…!!」


 俺はそう叫んでいた。そして、左手を矢に人紐が括り付けられているクロスボウに変える。

 どこに放とうが考える。ビルの壁はコンクリートだから、刺さらないだろう。

 だったら、どうする?

 考えるまでもない。俺は右手を拳銃に変える。そして、ビルの一室を狙って発砲する。そして、ほんの僅か遅れて、クロスボウを放つ。

 部屋の窓は、パリンという音共に割れる。そして、そこを通って矢が部屋へと侵入する。

 そして、床に突き刺さった。

 紐の長さが限界になるまで自由落下をした後、俺は振り子のように釣られる。アスファルトの次は、今度はビルの壁がドンドン迫ってくる。俺は両足を前に出した。

 ビルの壁に脚が着く。ジーンと足が痛む。だが、この程度の痛みは、死ぬよりましだ。

 その時だ。パカパカと、あの足音が近づいてくる。音のする方に目をやると、ケンタウロスが、壁面を走って迫って来ていた。

 俺は右手の拳銃で迎撃するが、呆気なく避けられる。そして、一気に距離を詰められる。

 俺は右手を日本刀に変えて相手の槍を受ける。壁が地面に来ていて、重力の感覚がおかしくなりそうだ。

 互いの武器は、ぶつかる度に金属音と共に火花を散らしている。その度に腕に重みが伝わってくる。


「あの状況で生き残るとは、往生際が悪いな」


 相手は挑発をしてくる。


「簡単に死んだらつまんないだろ?」

 

 挑発に乗ってみるも、やはりこの状況は分が悪い。 俺は全ての力を振り絞って、相手の槍を弾く。そして、怯んだ所に追撃をする。

 しかし、追撃は相手に引かれて避けられる。


 それでいい。


「装填ロード!!散弾銃ショットガン!!」


 俺はそう叫んで、右腕を散弾銃に変化させる。俺の権能は、その武器のイメージの鮮明さによって威力が変わる。つまり、咄嗟に作った武器は威力が落ちる。そんな時、声に出すとより鮮明になる。

 威力と、そしてそれに伴う"反動"が必要だ。


 ケンタウロスは再びパカパカと迫ってくる。あいつは、やたら正々堂々に拘っているようだから、正面から突っ込んでくること以外考えられないのだろう。

 俺は、壁面から足を離し、宙ぶらりんの状態になる。そして、散弾銃を放つ。

 無数の弾丸が放たれる。花火のようだ。


「甘いぞ!!」


 ケンタロスは、自分の前で槍を一回転させて集る蠅の如く払い除ける。

 そんな様子を尻目に、俺は散弾銃の反動を利用して、空へ向かっている。


「装填ロード!!回転式多銃身機関銃ガトリング!!」


 両手をガトリングに変える。

 俺を繋いでいた紐も消えて、俺はふわりと空中に投げ出される。そして、銃口を真下に向け、弾丸の雨をお見舞いする。反動で対空時間が伸びているが、徐々に落下している。空中にいられる時間がリミットだ。

 鉛玉の雨が降り注ぐ。ケンタロスは槍を振り回して弾いているが、いくつか身体中を掠めている。

 

 その時、ケンタロスは被弾覚悟で射線か抜け出して来た。

 そして、槍を投擲して来た。

 槍は風を貫きながら、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


「―ッ!!」


 俺は、空気中で精一杯身体を捩り、間一髪で回避する。しかし、その拍子に体制を崩して落下してしまう。

 

「三叉槍さんさそう!!」


 両手を三叉の槍に変え、ビルに思いっきり突き刺す。そして、減速を試みる。


「はぁ…はぁ…」


 俺の思惑は成功し、地面スレスレの所で止まった。


「少しはやるようだな」


 ケンタロスはこちらに歩み寄りながら、落ちて来た槍をキャッチする。

 傷だらけだが、それを感じさせないほどにピンピンとしている。


「あんたもな」


 俺は最初に蹴られた所が痛むが、必死に堪えて応答する。


「第二ラウンドを始めようか」

 

 俺の問いかけにフッと鼻で笑うと、槍を構える。

 俺と相手はいつ詰めてくるか、またいつ詰めるか、タイミングを測り合う。

 そんな均衡状態を破ったのは、ケンタロスの方だった。目で追うのがやっとの速さで、距離を詰めてくる。俺も、それに合わせて大地を蹴って相手に接近する。


 俺の三叉の槍と、ケンタロスの槍が何度もぶつかり合い、重々しい金属音が鳴り響く。

 俺は両手で交互に攻撃を繰り出すと、相手は槍の尖った部分と、後ろの部分で撃ち返してくる。

 相手もさっきの傷が響いているのか、最初よりは動きが遅く、渡り合えている。

 

「面白い。少し、本気を出すとしよう」


 ケンタロスは、下半身の馬を用いた攻撃も交えてくるようになり、攻撃が激しさを増す。俺は防戦一方を強いられる。

 

 俺は相手から距離を取る。

 やはり、近距離戦では敵わない。しかし、銃弾は防がれる。距離を詰められたら、今度こそ串刺しにされるだろう。ケンタロスは、動きがとてつもなく速いが、それには穴がある。図体が大きく、小回りが効かない所だ。そこをつけば勝てるかも知れない。ヒットアンドアウェイ戦法だ。

 俺は左手を紐付きのクロスボウに変える。

そして、矢を放った。矢はさっき窓を割った部屋の、今度は天井に突き刺さった。

 俺は、紐に身を任せて宙吊りになり、壁を蹴ってターザンのように相手に向かっていく。

 ケンタロスと重なったタイミングで一撃与える。そして、すぐに距離を取る。そして、また別のビルを蹴り、ケンタロスの方へ向かっていく。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。という言葉がよく合っている。ケンタロスはその場から動けず、槍で凌ぐのがやっとだ。確実に追い込んでいる。

 それを数十回ほど繰り返した。

 その時、ケンタロスは言った。


「この程度で勝った気でいるとは、笑止」


 俺は、今までは泳がされていただけかの如く、呆気なく狩られた。槍の後ろの部分で叩かれ、吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ…!!」


 数メートル飛んだ後、さらに数メートル地を擦れた。

 俺はうつ伏せでその場に倒れ込む。


「万事休すだな。人間」


 ケンタロスは、こちらに歩み寄りながら言う。

 俺は唇を噛みながら、ギロリと睨みつける。惨めな敗者のように見えるだろう。

 一歩、ニ歩、踏みしめるように迫ってくる。


 だが、残念なことに万事休すなのはケンタロス、お前の方だ。


「何!?」


 何が起きてるのか分からない。そんな拍子の抜けた声をあげて、ケンタウロスは転倒した。

 

 俺は、ケンタウロスが体勢を崩す瞬間、左前足と、槍を持っている右腕を打った。

 槍は無機質な金属音をあげて地面に落ち、ケンタウロスはドシーンという音と共に地にひれ伏す。


「これで形成逆転だ」


 俺はニヤリと笑って歩み寄る。


「貴様!!何をした!!」


「答え合わせの前に」


 三発の発砲音と、野太い悲鳴が響き渡る。

 念の為、残りの足を使えなくした。


 相手がどうしても知りたそうにしてるので、冥土の土産に教えてあげよう。

 まず、ケンタウロスが小回りがきかないと言うのは、真の弱点とは言えない。圧倒的なリーチに、精密な槍の扱いが相まって小回りなんざ必要がない。

 だが、弱点が全くないわけじゃない。本当の弱点は、こいつは身長が高すぎるが故、足元があまり見えていないことだ。

 俺は手数を増やしてヒットアンドアウェイに徹すれば勝てると思い込んでいることを相手に思い込ませた。

 俺は、紐で暴れ回っている最中に、紐を街頭に引っ掛けていた。それが真の狙いだった。

 あいつはまんまとそれに足を引っ掛けて転んだ。


「どうやら、私の負けのようだ」


 解説を聞き終えたケンタウロスは、潔くそう言った。喚き散らすのは性に合わないらしい。


「あんたは中々手強かったよ」


 俺はそんなケンタウロスに敬意を込めるようにそう言って、脳と心臓を撃ち抜いた。首を切り落とすことも出来るが、筋肉、骨、血管を断ち切る感覚を味わいたくなかった。自分の甘さが嫌になる。撃った箇所から血飛沫が湧き上がる。ベタっと地面を紅く染め終えると、滝のように流れ出ている。思わず目を背けたくなる。生き物を殺すのは慣れない。一生慣れるはずもないかも知らない。だけど、慣れたって自分に言い聞かせる他ない。一つの命を奪えば、どれだけ奪っても同じだって。なんの感情もなく生き物を殺せるようになったら、俺は喜ぶだろか。悲しむだろうか。

 俺はピクリともしなくなったケンタウロスを眺める。やがて、聖域は消え始め、元の世界に戻ろうとしていた。


 数秒もしないうちに、元の裏路地に戻った。俺はその場に倒れ込んで天を仰ぐ。疲労がどっと押し寄せてきた。


「腹減った…」


 俺はポツンとそう呟いた。その声は誰にも届かないまま裏路地に溶け込む。

 俺の権能で放つ弾丸はノーリスクってわけじゃあない。当然代償を払わなきゃいけない。俺の場合、カロリーを消費して弾丸を精製している。いつもは、最初の狙撃で仕留めてるから気にならないが、今日はすごい量の弾丸を撃ったため、多くのカロリーを消費した。早く帰って何かを食べたい所だが、腹が減って体が動かない。せっかく戦いで生き残ったのに餓死なんて洒落にならない。次(あればの話だが)はおやつを持って戦いに臨まなくては。遠のく意識の中でそんなことを考える。辞世の句を考えた方がよっぽど有意義だったろうに。段々と意識が朧気になり、思考が回らなくなる。目が俺の意思と関係なく勝手に閉じやがる。


「だ………ぶ……か」


 突然頭の中に声が響き、意識が首の皮一枚で繋がる。


「だい……ぶ……すか」


 叫んでいるように聞こえるが、途絶えそうな無線みたいにザッザッとノイズが入っているで、上手く聞き取れない。徐々に意識が戻ってくると、少しずつ聞き取れるようになってくる。


「大丈夫ですか!?」


 

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灰歴史 墨憑重 @sumitukare

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