スローライフの復讐

華厳 秋

復讐の灯 0


 俺の名は、イン・フィンガー。三十歳になる独身男性です。

 昔は冒険者をやっていたが、今は引退して辺境でスローライフを送っている。


「ふう、今日も土さんは健康そうで何よりだ」


 朝一に行うことが日課になっている、畑の点検を終える。

 今日は、冒険者時代にパーティーを組んでいた親友と町で飯を食うのだ。

 出かけるのに必要な身支度を終え、町に向けて出発する。


 町に着くまでの間、少しあの土地との出会いを振り返ってみようと思う。





 あの土地は、冒険者の時に一度だけ訪れて一目惚れした土地だ。


 緑豊かな草花や木々が鬱蒼と生い茂る森が続く中、そこだけ何もなかった。

 この土地だけ、昔に火事で燃えて消えたのではないかと思うほどに、何もなかった。


 そんな、奇妙な土地に興味を持ち、 少しだけ調査してみることにした。

 

 結果、すぐ近くには静かに流れる清流。

 周囲には、豊かな種類の動植物。

 近隣の町からは、近すぎず離れすぎずの素晴らしい距離感。


 という、素晴らしい立地だった。

 この立地条件は、俺の心を鷲掴みにするには十分すぎた。

 この、土地に惚れてからの俺の行動は早かった。


 今まで、あまり積極的ではなかった冒険者としての依頼も積極的に受けた。

 土地の開拓に必要な工事費用や生活基盤を整えるのに必要になる資金を、持っているコネと自らの力すべてを使い、一心不乱にかき集めた。


 だが、資金集めをするうえで、一つだけ己にルールを課した。

 それは、借金の類は絶対に利用しないこと。


 平穏に暮らすために金を集めているのに、借金して金を返さなければいけなくなるのは、目的から逸れてしまうと思ったからだ。



 そのルールを順守しながら資金を集めること約三年。

 ようやく、予算分の資金を得た。


 しかし、これで終わりではない。

 ここからは、肉体労働だ。


 早速、冒険者ギルドで依頼を出してもらい、有志を募った。

 

 冒険者への依頼内容は、土地の整地のみ。

 

 しかし、草刈りや、窪んでいる場所の埋め立て。逆に盛り上がっている場所の掘削などなど、とにかく時間と労力が必要なのだ。

 なので、出来るだけ人員が欲しかった為、報酬料金を高めに設定した。


 その結果、二十人の冒険者が依頼を受けてくれることになった。

 その代わり、依頼の報酬に集めた金の半分を持ってかれた時は、だいぶ絶望したのを今でも覚えている。


 

 土地の整地完了は、なんとわずか一週間で終わった。

 最初の六日間は、依頼を受けてくれた男たちと一緒に、整地作業を行っていた。

 

 しかし、七日目の朝にたまたま通りかかった冒険者パーティーのメンバーに、一人の魔法使いがいたのだ。それも、土魔法の使い手が。

 そこからは一瞬だった。その魔法使いに要望を伝えると、魔法を駆使してわずか半日で整地は完了してしまった。


 依頼を受けてくれた冒険者と俺は思った。


(俺たちの、六日間は何だったんだ)


 と。


 もちろん、その魔法使いの人には報酬を支払ったし、依頼を受けてくれた冒険者にも報酬を支払った。冒険者の二十一人の間には、固い友情もついてきたが。


 

 あとは、業者に家の建築を任せてからおよそ八か月。

 俺のスローライフは、約四年の年月をかけてついに実現した。


 家の完成パーティーには、 整地の時の冒険者たちと、冒険者時代の仲間何人かが集まってくれた。

 その日は、みんなで飲んで食っての宴だった。




 と、言うのがちょうど五年前の話。

 

 過去の思い出を振り返っていると、気づいたら町が見えてきた。

 今日は気分がいい、少し奮発するかな。

 

 





 俺は今、親友との食事を終えて帰宅している。


「たまには、外食するのもありだな」


 いや、たまにだからいいのか。

 いつも外食だと、いつか絶対に飽きるだろうからな。


 機嫌がよかった俺は、昼ご飯を食べ終わった後、もう一軒少し高めの店に寄った。

 勿論、俺の奢りだ。親友は、めっちゃ喜んでいた。


 でもね、もう少し遠慮というものを覚えてほしいな、親友よ。

 俺の所持金、半分ぐらい飛んだからね。


 まあ、俺が言い出したんだから、別にいいんだけど。



 森の手前まで乗合馬車に乗せてもらい、そこから森の中は徒歩だ。

 たまに、依頼のために森に入る冒険者と一緒になったりするが、今日はいなかった。


「今日もありがとな」

「いいってことよ。そんじゃ、家まで気をつけてな」

「はいよ」


 毎回お世話になっている、馬車の御者に金を払い森の中に入っていく。

 たまに出てくる、ゴブリンやなんやらを冒険者時代からの愛用の剣で切り伏せながら進んでいく。森の中には、少なからず魔物や猛獣もいるので、通るときは常に帯剣している。

 

 一応、これでも現役の時はA級の冒険者だった。

 この森の魔物相手に、負けはしない。

 にしても……


 「魔物の数が多すぎる」


 森に入ってから、五回目になる戦闘で三匹のゴブリンを一太刀で切り伏せる。

 その直後に、木の陰から俺の頭をめがけて矢が飛んでくる。しかし、弓を持っているのが普通のゴブリンなのだろう。矢の飛来速度が遅い。

 ただのゴブリンでは、弓を引く力が足りないため、剣で簡単にはじける。


「まさか、あいつ変なことしてねーよな」


 そう呟きながら、木から体を出した弓持ちゴブリンに肉薄する。

 距離が少し遠いため、二本目の矢がつがえられ飛んでくる。

 今回は、俺が速度を上げているせいで、矢が早く見える。

 その矢を、首を捻るだけの最低限の動きで躱すと、剣を左から右へと振り抜く。


(さすがに魔物とのエンカウント率が高すぎる)


 右に振りぬいた剣を止めることなく、そのまま遠心力を利用して一回転。背後から近づいていた、二匹のゴブリンの首を切り飛ばす。


(今ので十五匹。まだ、森に入って十分だぞ)


 頭上から急襲してきたゴブリンを剣を掲げることで串刺しにする。


(なんか、嫌な予感がする。少し急ごう)


 剣に刺さっているゴブリンを地面に捨て、さらに速度を上げて走る。

 急いでいるため、進路を邪魔する魔物だけを切り伏せていく。

 数分走ると、開けた広場のような場所に出る。


「なっ……!誰が、こんな……ことを………」


 俺が見たのは、無残にも荒らされた畑と、ことごとく破壊された俺のマイホームだった。


 畑は、収獲間近だった野菜たちが食い荒らされ、畑の土には大量の足跡が残されていた。

 畑も酷いが、家はそれよりも酷かった。

 窓はすべて割られ、扉は蹴破られたいる。壁の一部には穴も開いている。


 室内も同レベルかそれ以上に酷かった。

 食器はすべて割られており、箪笥たんすの引き出しはすべて開け放たれ、貴重品がすべて抜かれていた。

 寝室のベッドの毛布はこれでもか、というほどに引き裂かれており、羽毛があふれ出ている。

 さらには、まだ火種程度だが、キッチンが燃え始めている。

 火を消さなければならないのだろうが、それを出来るほどの余裕はなかった。


 初めに、心の中を埋め尽くすのは否定感。

 頭が、理解を拒んでいる。


「……やめろ………やめろ………なぜだ?」

 

 五年間……いや、準備や建築工程も合わせればもっとか。かかったのは、時間だけじゃい。金、労力、コネ、友人。

 多くのものかけて作り上げた、夢のスローライフ。

 そのすべてを、壊された。しかも、わざと絶望させるかのような手口で。

 それを、認めたくなかった。否定したかった………。


 少しずつ、現状を理解していくと、次にあふれてくるのは虚無感。

 何もできなかった、ただただ一方的に壊されたことへの、屈辱。後悔。無力感。

 そんな、多くの感情がごちゃ混ぜになっている…………。


「……ゔわあぁぁぁーーー!!!」


 そして、虚無感を埋めるようにあふれ出すのが、復讐心。

 壊されたなら、壊し返したい。壊した奴の大事なものを壊してやりたい。

 壊した奴をベッドの毛布のようにぐちゃぐちゃに引き裂いてやりたい。

 でも、辛うじて残っている理性がそれを実行に移すのを引きとどめている。

 

 ただ、この破壊の犯人を突き止めようと、ぐちゃぐちゃの感情とは真逆の凪いでいる脳みそが、勝手に思考を再開する。


(この魔力痕跡、魔物か?いや違う。畑にあったのは明らかに人間か、それに似た類の生物だ)


 現場に残っている情報から、選択肢を少しずつ絞っていく。


(はっきりとした魔力痕跡があるから人間は除外。さらに、この破壊の仕方は、明らかに破壊もしくは、嫌がらせが目的の破壊方法だ)


 家の中をもう一度見渡し、新たな情報を得て知識と照らし合わせる。


(人間でもない、魔物でもない。なら、最後に残るのは……)


 少しずつ可能性を剝いでいき、最後に残ったのは……。




「……魔族」




「正解ー!」




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