復讐の決着 0

 魔力の奔流が少しずつ晴れていく。

 そこに立っていたのは、サークだった。


「サーク様ッ!」


 思わず駆け寄ろうとした副官の足を止めたのは、次にサークの口から発せられた言葉だった。


「ハッハッハ!ボクの負けだね、イン!」


 サークの口から発せられたのは、宣言だった。

 そして、膝から崩れ落ちたはずのインが、すくっと何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「だから言っただろ。俺の勝ちだと」


 立ち上がったインから発せられるのは、勝利宣言。

 

 副官の悪魔は理解できなかった。

 勝ったはずのサークから発せられたのが、敗北宣言であることが。

 今しがた負けたはずの男が、立ち上がり堂々と勝利宣言をしていることが。

 何よりも、が死を待つだけの状況に陥っていることが。


 そして、副官は更に目を疑う光景を目の当たりにする。


 何の前触れもなく、突如としてサークの四肢が吹き飛んだのだ。

 四肢の断面からは、失われてはいけない量の血があふれ出る。

 しかし、サークは痛がる素振りも、己を破った男を恨む素振りも見せることなく、それどころか満足そうに笑っていた。

 

「いやー、本当に負けるとはね!」


 サークは、四肢の欠損を感じさせないほどの元気さで、己を破った人間に語り掛ける。

 しかし、インの返事は余り喜ばし言葉ではなかった。


「まあ、俺も直に死にそうだけどな」


 そういって、右腕が生えていたであろう場所に目をやる。

 インの右腕は、肩から先が吹き飛んでおり、サークと同じように致死量を軽く上回る量の鮮血があふれ出ていた。


「君は、ボクを殺したんだ。そう簡単に死んじゃだめだよ」


 インは、既に立ってられるほどの血は残っておらず、地面にへたり込む。


「……無理言うな。俺は……魔族じゃねえんだ……。人間は……血が無くなったら……どんなに強くても死ぬんだよ……」


 息絶え絶えになりながらも、何とか意識を保っているイン。

 

「ボクだって、魔力はもう使い切ってる。生きてあと一分さ」

「…………そうかよ。結局、仲良く相打ちか……」

「残念だが、そうならないッ!」


 そんな、声がサークとインの耳朶を打った瞬間、インの腹を背後から拳が貫く。


「ゲホッ!……くそ、誰だお前は……」


(くそ!完全に油断していた!サークは最初からこれが狙いだったのか!)


 正面に座り込むサークの顔を覗き込む。

 だが、覗き込んだ先にあった表情は、今までにないほどの怒気に染まっていた。


「クーズ!貴様ァァ!!何をしている!!」


(違う、これはサークの指示じゃない!単なる、部下の暴走!)


「何をしているって、見ればわかるじゃないですか。瀕死の敵を確実に始末しただけですよ」


 そう言った、クーズの顔は欲望で醜く歪んでいた。

 

(くそ!なんで忘れていたんだ!此奴は、そういう奴だっただろ!)


 サークは、クーズが時折見せていた、野心に染まった目を思い出す。

 だが、時すでに遅し。サークもインにも、抵抗するだけの力は残っていなかった。


 「ハハッ!これで、第二軍団の団長も四天王の第二席も、すべて私の物だッ!!」


 悪魔は人間よりも本性を隠すのが上手い。

 しかし、本性というのは人魔関係なく、いつか性格という化けの皮を破って現れてしまうもの。

 特に、己の望みが叶うとなれば尚更だ。


 (くそ……意識を保て…………意識をた………………)


「おいッ!インッ!」


 インは、気力で何とか意識をつないでいたが、その気力も遂に限界を迎え、意識を手放してしまった。


「ハッハッハ!この様な軟弱な人間程度に殺される四天王には、直ぐに退場してもらわないとなァ!」


 クーズは、事切れたインの腹から腕を引き抜き、その腕を動くことができないサークへと振り下ろす。

 その腕がサークの腹にのめり込もうとした瞬間、近くの時空が歪んだ。

 その歪を見た瞬間、サークは痛みなど無視して、反射的に頭を歪に向けて下げていた。

 もし、片足だけでも残っていたら、跪いていただろう。

 

 魔国の最高幹部である四天王が頭を下げるのは、後にも先にもただ一人。

 そう、他でもないその人だけ。


 歪みから姿を現すのは、魔国の絶対的キングにして、世界最強の存在。

 


 "魔王シュスト・ヨーク"



 古代から、人間たちの恐怖の象徴とされてきた魔王が、その圧倒的な覇気オーラを放ちながらその場に顕現する。

 さらに、追従して姿を現したのが、四天王筆頭兼吸血鬼族 族長。バーキュリー・ヴァンパイア。

 覇気では、魔王に劣ってしまう物のこちらも四天王筆頭に相応しい覇気を放っている。


 クーズも本能で逆らってはいけないと感じたのか、その場に跪いている。


「私の不手際により主様のお目を汚してしまい、誠に申し訳ございません」


 インと会話していた同一人物とは思えない、畏まった口調での謝罪。

 バーキュリーは、自分の同僚の悲惨な姿に驚きを隠せなかった。

 

 「よい。それでどういう状況だ?簡潔に説明しろ」


 魔王シュストから発せられる言葉は、一言一句に魔力が籠っているかのような、重みがあった。


「はっ!主様の命令の通り作戦を遂行し、最後の仕上げのタイミングで私の部下が暴走してしまい、インを殺害しました。以上が、現状でございます」

「なるほど、よくわかった。それで、お前はどうしたい?」


 サークは、主の質問の意図を一瞬で理解し、即座に返答する。

 

「この作戦は、主様より任された重大な任でございます。最後まで全うさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「良いだろう。好きにせい」


 シュストは、そう言って様子見に徹する。

 

「はっ!感謝いたします」


 主からの許可を得たサークは、主より任された任を最後まで遂行するため、行動を開始する。

 自由に動くため、回復しつつある魔力で四肢を全快させる。

 

「にしてもサーク。貴方、コテンパンにやられましたね」

「君には言われたくないね!君だって、主様が介入しなければ殺されてたくせに!」

「仕方がないでしょう。この男が強すぎるのですよ」

「それは……まあ、そうだけど」


 四肢を生やしたサークは、すくっと立ち上がり、主に臣下の礼をしてから作業を続ける。

 未だ動けずに固まっていたクーズに歩み寄る。


 「クーズ。野心を持つのは素晴らしいことだよ。でも、運が悪かったね」

 

 そう、運が悪かった。

 もしも、サークが主であるシュストの命を受けていなければ、この下克上も成功していただろう。

 だが、それは『もしも』の話だ。現実は違う。

 

「主様の命令を邪魔した重罪。お前には、その大罪を死して償う機会を与えよう」


 サークの底冷えるような声がクーズに掛けられる。

 クーズの命運は、サークの逆鱗に触れてしまった時点で、"死"と決まっていたのだった。


「ひぃぃ!お、お許しをサーク様!」

「許す?うーん………………。そうだ!クーズ、君に償いのチャンスを上げよう!」


 サークが、たっぷり三十秒ほど悩んで末に出た結果は、償いの機会だった。

 その言葉に、救われたかのような顔をするクーズ。

 だが、次の言葉で、深い深い絶望のどん底に再び叩き落される。


「君には、儀式の生贄になってもらうよ!ボクながら、名案だと思うんだよね!」

「おお、面白そうではないか!是非やってくれ!」


 よほど、苛ついていたらしい。

 許可を取るまでもなく、生贄になることが決定したクーズと、目に見えてご機嫌になる魔王シュスト。

 

 今から行う儀式は、の儀式。

 ただ、死者蘇生の術となると、悪魔といえど代償が必要になってくる。

 必要となる代償は、蘇生者と同等の価値がある命だ。


「君が、生贄としての役目を全うできた暁には、名誉四天王の座を約束しよう」

 

(まあ、インの命がこの屑と同等だとは思えないけどね)


「ちなみに、君に拒否権はないよ!」


 そういって、全力の覇気をクーズにぶつける。

 魔族トップクラスの覇気を直に受けたクーズは、耐えることができず気絶した。


「あれ?脅迫のつもりだったのに、気絶しちゃった」

「もう少し、加減しないとだめですよ」

「うーん。インはこれ位じゃあ、気絶しないのになー。まあいいや、さっさと始めちゃおう!」


 そうして、イン蘇生の儀式が始まった。



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近況ノートにも記載しましたが、次々回で終わらす予定です。

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スローライフの復讐 華厳 秋 @nanashi634

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