第2話 ○○○前編

2話 ○○○


私には、幼稚園からの幼馴染の男の子がいる。


とても優しくて、正義感が強くて、頭も良くて、真面目な人だ。


幼稚園、小学生の頃、男の子に揶揄われたりした時は、いつも助けてくれた。


当然のようにわたしはその幼馴染の男の子を好きになった。


わたしは見た目だけは良かったけど・・・

別に頭が良いわけでもなかったし、性格だって特別いいわけでもない。普通の女の子だ。


幼馴染の男の子は他の女の子からも人気があったし、わたし以外の誰かと付き合ってしまうかもしれない。

わたしよりも魅力的な子なんていっぱいいるし。


わたしは中学三年生の春に、思い切って幼馴染に告白をした。彼はわたしの想いに応えてくれた。



「僕もずっと君のことが好きだったよ。告白してくれて、ありがとう。これからもよろしくね!」


その時の笑顔は・・・すごく素敵な笑顔で、幼馴染の男の子がとてもキラキラして見えた。

長年の想いがやっと叶ったのだ。

その時は本当に、本当に嬉しかった。



・・・何でわたしはその時の気持ちをちゃんと大切に出来なかったんだろう・・・



それから私と彼は幼馴染から、恋人同士へと関係が変わったのだけれど・・・

それは呼び方が変わっただけで、実際の関係は告白する前とほとんど変わらなかった。


付き合い始めて3か月くらい経ってやっとキスはしたけれど、それ以上のことはしてくれなかった。


わたしには彼がとても幼なく見えてしまった。

本当は幼かったのはわたしの方で、彼の方が大人だったのだと今さら分かったけれど・・・


彼に彼が目指している高校に一緒に進学しないかと誘われたとき、何故わたしは努力しようとしなかったのだろう・・・


わたしはそんなことよりも、もっと一緒に遊んで欲しかった。お洒落して、デートをいっぱいして、キスよりももっと先の大人の恋愛をしたかった。



わたしの初体験は中学三年生の夏休みだった。相手はナンパされた大学生だった。



その日、彼を遊びに誘ったけれど、彼は夏期講習があって断られてしまった。

1人で街をブラブラしていた時に、声をかけてきた大学生の男の人と一緒に遊んで、そのまま流されるようにラブホテルに行き、初体験を済ませた。


彼に対して罪悪感はあったけれど、セックスに興味があったし・・・わたしは遊んでくれなかった彼に対しての意趣返しのつもりもあった。



その大学生はすごく優しくしてくれたけれど、何の感動もない初体験だった。

あーこんなもんなんだぁーとしか思えなかった。

その後、夏休みの間にその大学生と2、3回会ったけれど・・・彼にバレてしまったらと思うとやっぱり怖くなってしまい連絡を取るのをやめた。


今思えば本当にゴミみたいな初体験だったと思う。わたしがバカだっただけだ。


この話は彼にはしていない。きっとこの話を伝えたら、彼は壊れてしまう。

わたしが墓場まで持って行かなきゃいけない秘密だと思ってる。


それからはわたしは何も無かったフリをして幼馴染の彼と付き合い続けた。

夏休みにした浮気の罪悪感から、わたしは彼に尽くすようにした。


彼は頑張った甲斐もあり県内有数の進学校に無事合格した。


わたしは学区内の普通の高校。


中学の時は登下校一緒だったのに、それがなくなってしまい会える時間がめっきり減ってしまった。

彼は進学した学校で部活も勉強も頑張っていたのに、わたしは帰宅部で暇を持て余すようになってしまった。


彼は月に二回は休日にわたしとデートしてくれたけど・・・

デート先は中学生の時とは変わって遊園地や大きな繁華街に変わったけれど、内容は中学生の時と変わらないような一緒に手を繋いで、たまにキスをするくらいだった。


わたしは相変わらずバカだった。

それが本当はどれだけ幸せなことだったのか分からなかった。

彼が本当に大切にして、大事にしていたモノが分からなかったのだ。



高校一年生の夏休みが始まってすぐだった。

彼は部活があって会えなくて1人で街を歩いていると、同じ高校に進学した中学校からの同級生のX X X君に会った。


X X X君は彼とは全然タイプが違って、すこしヤンチャな感じの男の子だった。


X X X君はわたしに声をかけてきて、暇なら一緒に遊ばないかと誘ってきた。わたしは去年の夏休みのことがあったので迷ったが、彼の変なことは何もしないからという言葉を信じて一緒に遊んだ。

特にその日は本当に何もなくただ一緒に遊んだだけだったが、帰りに連絡先を教えてと言われわたしは素直に教えてしまった。


それからX X X君は頻繁にLIMEを送ってくるようになり、わたしも暇な時間が多かったので無視をすることも無くやりとりをするようになった。


それからたまに一緒に遊ぶようになり、程なくしてX X X君と関係を持ってしまった。

真面目な彼とは違うX X X君にわたしは彼に足りなかったモノを求めてしまった。


彼とX X X君、2人と付き合っていたわたしは満たされていた。

1番大切なのは幼馴染の彼だったが、不満に感じていた部分はX X X君で補うことで満たされていたつもりだった。


倫理的に間違ったことをしている自覚もあったし、それなりの罪悪感もあったが、わたしは自分の幼い欲望を優先してしまったのだ。


そして1年後全てが崩壊した。


X X X君が彼にわたし達の関係を教えてしまったのだ。

それをわたしは幼馴染の彼からのLIMEで知った。そのメッセージは・・・


『○○○、X X Xから話は聞いたよ。

すごく悲しいけど、僕達…別れよう。』


それだけだった。

焦ったわたしはすぐにX X Xに電話をした。



わたしがX X Xに何でそんな事をしたのか問い詰めるとX X Xはこう言った。


「俺の方がアイツより、○○○を幸せに出来るよ。アイツとはまだヤってもいないんだろう。

それをアイツに言ったら情けなく泣いていたぜ。あんなヘタレ野郎なんかより俺の方がお前を幸せに出来るって!

もうバラしちまったんだ。アイツとはもう無理だと思うぜ。俺は本気だから。俺と正式に付き合えよ、なぁ○○○。」



わたしは幼馴染の彼が泣いていたと聞いて、心臓が止まるような気持ちがした・・・


「バカじゃないのっ!アンタなんて遊びだったのに!なんて事をしたのよっ!もうアンタなんて二度と会うもんかっ!!連絡も二度として来ないでっ!!」


その後すぐに彼に電話をした。

やっぱり全然繋がらない・・・・

LIMEもずっと送り続けた。


「間違えてしまったの。」

「手を出されなくて不安だった。」

「本当にあなたのことが好き。」

「騙されたの。」

「あんなヤツなんて好きでは無かった。」

「もう二度と間違えないから。」

「なんでもするから。」

「やり直させて欲しい。」

「あなたに尽くす事で罪を償わさせて欲しい。」

「もう一度チャンスを下さい。」

「愛しているのはあなただけ。」

「一度でいいから話を聞いて下さい。」

「お願いだから連絡下さい。」


わたしは彼を失う事態になって、やっと初めてわたしの人生に占めていた彼の大きさを自覚した。

彼が居なくなってしまったら・・・

今までのわたしの大切な思い出が全てゴミになってしまう。今までの・・・人生が何の価値もなくなってしまう。



わたしは自分の頭を掻きむしりながら、今までの過ちを後悔していた。


彼と一緒に努力しようとしなかった自分。


わたしの無意味に捨てた初体験。


X X Xと関係していた無意味な時間。


彼と一緒に過ごした時間をもっと大切にすれば良かったのに・・・


今更なことばかりが頭に浮かんできた。



どのくらいの間、わたしはそうしていたのか覚えていないけれど・・・


多分・・・夕ご飯の時間になっても下に降りて来ないわたしを心配してくれたんだと思う。

お母さんがわたしの部屋にやってきた。


お母さんは髪がボサボサで、きっと酷い顔になっていたわたしを見てびっくりしていた。


「○○○、何があったの!?大丈夫!?ねっ、お母さんに何があったのか言える?」



お母さんはわたしが何か大変な事件に巻き込まれたんじゃないかと心配してくれている。


わたしは自分の愚かな過ちを口にするのは躊躇らわれたけど・・・

ここまで心配してくれているお母さんに嘘をつくことは出来なかった。


わたしとX X Xとの関係、彼にそれがバレてしまったこと、彼から別れを切り出されたこと、全てを話した。



「はぁ・・・正直ね…お母さん、すごくがっかりしてる。あなたにもそうだし、そんな風に育ててしまった自分にもね・・・」


お母さんは、心底悲しそうな顔で溜息を吐きながら言葉を続けた。


「彼はあなたとの時間を、思い出を、大切に育てようとしていたのよ。今のあなたには分からないかも知れないけれど・・・

私はあなたの親だからあなたを見捨てたりはしない。でもだからこそはっきり言うわ。

彼とはしっかりと縁を切りなさい。そして自分が何を失ったのかをちゃんと理解しなさい。

それがあなたが出来る彼に対する最後の誠意よ。」



お母さんは・・・何も分かってない!

わたしは彼と別れたくない。きっと話せば分かってくれるはず。


「彼と話してくるっ!!」


「待ちなさいっ、○○○!!」


止めようとするお母さんを振り切って、わたしは彼の家を訪ねた。


「はーい。あら○○○ちゃん。こんな遅くにどうしたの?それに・・・顔色がひどいことになってるわよ。髪も・・・何かあったの?」


「いっ、いや・・・あっ、あのっ!月人君は居ますか?」


彼のお母さんは怪訝そうな顔をしながらも答えてくれた。


「月人なら部屋に居るわよ・・・でも昨日から部屋から出て来ないのよ・・・もしかして○○○ちゃんと何かあったの?」


どうしよう・・・このままじゃ、彼と話が出来ない・・・

でも本当の事を彼のお母さんに話したら・・・


わたしは彼がいなくなってしまう未来を想像してしまい、涙が止まらなくなってしまった。


「ゔぅっ・・ひっく・・ゔぅ・・わっ、わ゛たしが悪いんです・・・

わたしが・・・騙されちゃったから・・・」



彼のお母さんはただ

「そうなの・・・。辛かったわね。」

とだけ言って、それ以上は何も聞かないでいてくれた。


「ちゃんと2人で話した方が良いと私は思うわ。月人には私から、○○○ちゃんが来たわよって、ちゃんと話しなさいって伝えておくから。

今日はもう帰って、明日改めてウチにいらっしゃい。」


彼のお母さんはそう言ってくれて、わたしは素直にそれに従うことにした。


家に帰るとお母さんが酷い顔で、わたしを待っていた。

すごく怒っているような、悲しいような、落胆しているような・・・

負の感情をごちゃ混ぜに煮詰めたような顔…


「彼には会えたの?」


お母さんはただ一言だけ、わたしに聞いた。


「ううん、でも彼のお母さんがちゃんと2人で話した方が良いって。明日また来なさいって言ってくれた。」


お母さんは苦虫を噛み潰したようような表情をして、溜息を吐きながら自分に言い聞かせるように・・・わたしに言った。



「親って・・・本当に無力ね。わたしはね、あなたはもう彼には関わらないようにした方が良いって本当に思ってる。でもあなたは・・・私の言うことなんて聞かないんでしょう?

・・・だから、これだけは聞いてちょうだい。

人はね、相手に対する感情が深ければ深いほど、裏切られた時の傷も深くなるのよ・・・

だからね・・・ゔぅ・・なんで・・あなたは・・・」


お母さんはそこまで言って・・・泣き始めてしまった・・・

わたしはただ・・・そんなお母さんを見てひたすらに胸がズキズキと痛かった。

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