ライラック
@gfdlove
第1話 真宵
1話 加筆修正をしました。内容に変更はありません。
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私が1人暮らしをするためにこの街に引っ越してきて、もう3年が経った。
老人ホームでのパートで生計を立てながら、今は介護士の資格を取得するために勉強をしている。
朝起きてパートに行き、仕事が終わりスーパーに寄って買い物をして、夕食を作り食べてから勉強をして寝る。毎日がその繰り返し。
今年で18才になったが、他人との交流も全くと言ってよい程に無い。
私は見た目だけは良いみたいで男性からよく声をかけられてしまうのだけれど・・・
私はある事がキッカケとなり、男性と関わり合いたいと全く思えなくなってしまった。
そして上手く誤魔化すことも出来ず、結局冷たくあしらうようなカタチになってしまう。
そしてそれが同性には不快に思われてしまうようで、最終的には男性からも女性からも嫌われてしまう。
でもこの呪いのような容姿も、今の状況も私という存在に対しての罰なのだろう。ならばただただ受け入れるしかないと思える。
資格の勉強を終えて、義兄さんの日記を読む。 4年前から寝る前の習慣となってしまった。
もう読み過ぎてボロボロになってしまった義兄さんの日記。
そこには私達がこうなってしまった原因が義兄さんの視点で赤裸々に綴られている。
ーーー
私達家族は4年前までは・・・
きっと他人から見ても、私達自身も幸せな家族だと思っていた。
例えそれが誰かの犠牲のもとに成り立っていたとしても、それを知らなかったのだから。
でもその仮初の幸せは1人の女によって、いとも簡単に…あっけなく崩れ去ってしまった。
私の義兄さんはとても優しくて、真面目な人だった。
私のことは本当の妹として、正直お節介なくらいに可愛がってくれた。
私は全てが崩壊する時まで、自分を義兄さんの本当の妹だと思ってた。
もし血が繋がっていないことを知っていたなら・・・
もしかしたら違う未来があったのかも知れない。
義兄さんは隣りの家に同い年の幼馴染がいた。幼稚園の頃からの幼馴染。黒髪の長髪でとても清楚な雰囲気の優しい女の子。多分美人だったと思う。
私も可愛がってもらったはずなのに・・・
今は思い出そうとすると、その顔にモザイクがかかったみたいになってしまう。
義兄さんとその幼馴染は中学三年生の時に、付き合い始めた。
義兄さんの日記には嬉しそうにその時の話が書いてあるし、義兄さんの幼馴染にも、
「真宵ちゃんのお兄さんと付き合う事になったんだ。真宵ちゃん、これからもよろしくね!」
と言われた記憶がある。その時の私はその事を嬉しいと感じて、2人を祝福したのだろう。
義兄さんとその幼馴染は別々の高校に進学した。
義兄さんは幼馴染と同じ高校に行きたかったみたいだったけど・・・
私の父に2人の将来の為にも出来る限り、良い高校に行った方が良いと諭され、義兄さんは県内でも有数の進学校へ行くことに決めたと日記に書いてあった。日記にはその続きとして、
「○○○にも一緒に同じ高校へ行こうと誘ったが断られてしまった。ちょっと寂しいけど、でも2人の将来の為に頑張ろうと思う。」
と書いてあった。その1文を読む度に、私の胸がズキズキと痛む。
父の助言はクソの役にも立たなかったし、○○○はもしかしたら・・この頃から?と思うと、やり場の無い怒りで気が狂いそうになる。
それからの日記は・・・
幼馴染の○○○との事が1番多くて、後は卒業、入学等のイベントや、日常に起きた事、時々私についても書いてあった。
わたしについては、兄としてのとても優しい目線で書かれていて・・・
私は何度も、そのページに書かれた義兄さんの筆跡を指でなぞりながら、義兄さんに想いを馳せた。
毎日10数ページづつ読み進めていくと、4ヶ月に1度、あるページに突き当たる。
私は必ずその前のページで一度読むのをやめる。そのページから100ぺージ程、正確には98ページあるのだけれど・・・それはまとめて読むことにしているから。
そのページから先はもう日記としての意味を成していない。
ただひたすらに義兄さんの感情の吐露が書かれている。
誰にもこの感情を吐き出せず、自分の内にしまい込んでいた義兄さんの気持ちを思うと、私はいつも吐き気を催してしまう。
何故気付いてあげられなかったのだろうか。
私はいつもこの意味の無い後悔に苛まれながら、寒々しいトイレに入って吐瀉物を撒き散らす。
その始まりの最初のぺージは真っ黒に塗り潰されている。
何度も何度も、書いては消して…書いては消して…を繰り返したことが分かるそのページには、最後に同じ言葉を何度も何度も黒く塗り潰されるまで書き綴られている。
その言葉は
ーーーーーーーーーーーーーーーー「なんで」
だった。
4年前の9月、義兄さんが高校2年生の時だ。
その日から義兄さんはおかしくなってしまった
いや・・・私達がおかしくしてしまった。
その日、義兄さんの幼馴染の○○○が、義兄さんの小学生時代からの友人のX X Xと浮気をしていることが発覚した。
私は○○○の浮気相手のX X Xのことが昔から嫌いだった。
困った時は義兄さんを頼るくせに、どこか義兄さんを見下しているような雰囲気があったから。
浮気が発覚して○○○は涙ながらに義兄さんに謝罪をしていた。
私は隣りの部屋でそれを聞きながら、義兄さんに同情していた。
そしてX X Xと浮気をした○○○のことを、あんな男に騙されるなんて馬鹿な女だと思っていた。
○○○は当時、毎日家にやって来ては謝罪を繰り返していた。
「間違えてしまった。」
「手を出されなくて不安だった。」
「本当にあなたのことが好き。」
「騙されたの。」
「あんなヤツなんて好きでは無かった。」
「もう二度と間違えない。」
「やり直させて欲しい」
「あなたに尽くす事で罪を償わさせて欲しい」
「もう一度チャンスを下さい。」
「愛しているのはあなただけ。」
私の父と
私の父は
「誰にでも間違いはあるのだから、許す事を覚える事も大人になるためには必要なことだ。○○○ちゃんもあれだけ反省しているのだから、許してあげなさい。
お前も男なのだからその程度の度量は持たないと恥ずかしいぞ。」
「○○○ちゃんはX X X君に騙されてしまったのよ。○○○ちゃんは綺麗だから、色々な誘惑が今までもあったと思うわ。でも間違えてしまったのは今回だけなんでしょう?
あんなに泣きながら・・謝ってる女の子を許してあげなきゃ可哀想じゃない。ねっ。」
当時の私は父と
義兄さんが何を考えて、
どんなに苦しんで、
どんなに○○○のことを深く愛していたのか
私は全然知らなかったくせに・・・
両親の言葉が何を意味していたのか。
何も分からなかったくせに・・・
私も義兄さんに
「○○○を許してあげたら?まだ好きなんでしょう?」
そんなことを義兄さんに対して、言ってしまっていた。
それがどんなに義兄さんに対して残酷な仕打ちだったのか。今なら分かるのに・・・
そして1ヶ月後くらいには、義兄さんは幼馴染と復縁したように見えていた。
良かったね!なんて私は本気で思っていた。
その時の日記には、義兄さんの誰にも吐き出せなかった気持ちが書き殴ってあった。
ずっと胸が苦しい。ズキズキと痛む。
許したいって思うのに、許せない。
つらい。つらい。つらい。
全てが台無しにされたと思ってしまう僕が悪いのか。
僕は○○○のことを大事に思っていたのに。
手を出さなかった僕がいけなかったのか?
○○○との思い出が全部偽りだったように感じてしまう。
僕の今までは一体何だったんだろう。
X X Xとはいつからだ。いつから関係を持っていた?
疑い出すと全てが疑わしく思えてしまう。
信じてたのに。信じてたのに。信じてたのに。
○○○を信じることが出来ない僕はダメな人間なんだろうか。
○○○の媚びを売るような笑顔が気持ち悪い。
○○○に触れられると吐き気がする。
○○○が作ったお弁当が食べられない。
毎日それを隠れて捨てる自分が嫌いで嫌いで、仕方がない。
○○○に暴力を振るいそうになる自分を抑えなきゃいけない。
放って置いて欲しい。
お願いだから1人にして下さい。
お願いだから・・・
1人にして。1人にして。1人にして。1人にして。1人にして。1人にして。1人にして。
そして12月24日、クリスマスイブの日。
全てが崩れ去った。
父と
家には義兄さんと○○○の二人きり。
楽しく外食を終えて帰宅した私達が見たあの風景を、私は一生忘れる事は無いと思う。
頑張ってお洒落をした○○○が・・・・
服が少しだけ乱れた状態で横たわっていて・・
その横には床に座り込んで・・・
ひたすら小さな子供のように泣きじゃくる義兄さんが居た。
その日、義兄さんは殺人罪で逮捕された。
裁判で義兄さんは全てを話した。
そして自分は死刑を望んでいると・・・
こんな人間はいない方が良いと・・
ねぇ、義兄さん・・
だってあの
2人とも自分の罪から目を背けるための・・
自分達に向けた言葉だったんだから・・・
義兄さんのことなんか全然見ていなかったんだから…
その時に残された
私と義兄さんは血が繋がっていなかった。
父と
幼馴染同士でお互いに別々の人と結婚した後に再会して想いが再燃し不倫関係となり、そしてお互いのパートナーと離婚して結婚した。
結婚した当時…義兄さんは5才、私は2才だった。
離婚してから1年程で元夫からの連絡は一切途絶えたそうだ。それを
あの人も幸せになってくれたんだ、良かった。もうわたしのことなんて忘れて、幸せになってくれたから・・・だから連絡が無いのだろうと思っていたそうだ。
自分が幸せになったから・・・傷付けた相手の幸せを願ったんだね、お
どこまでも・・・本当に笑ってしまうくらいに
自分勝手な願い・・・
もしかしたら電話番号を変えたのかもしれない・・・そう考え、そして元夫の実家に連絡をした。
そこで元夫が自殺をしていた事実を
元夫の両親に「アンタは呪われているよ。もう二度と連絡しないでくれ。」
最後にそう言われたそうだ。
そして○○○の両親との話し合いでは、
「○○○は何で死ななきゃいけなかったの?あの娘はそんなにひどい事をしたの?」
と
遺書に残された一文にはこう書かれてあった。
○○○ちゃんは何故死んだのか?
○○○ちゃんは私の身代わりに死んだのだ。
何故なら○○○ちゃんは私だったのだから。
本来ならもっと前に私が死ななきゃいけなかった。
元夫を殺し、○○○を間接的に殺し、自分の息子の心を殺す前に私が・・・
もう全てが今更だけれども・・・
そして自ら死を選ぶことを決意したと書いてあった。
今となっては私には
ただ現実から逃げただけにも思えるし、それによって溜飲が下がった人もいるだろう。
ただその当時の私にとっては更なる地獄への呼び水だった。
この遺書を読むまで・・・
たとえ兄さんを傷つけて追い込んでしまったとしても・・・
一緒に義兄さんに寄り添って、家族をもう1度やり直そうって、私は思っていたのだから。
愛している家族を失う悲しみ・・・
信じていた人から裏切られた憎しみ・・・
中学生だった私の心をぐちゃぐちゃにするには充分過ぎた。
それから私は心から誰かを信じることが出来なくなってしまった。
そして
不幸中の幸いというか父はシステム開発の優秀なエンジニアで、この事件を理由に会社を解雇される事はなかった。
そして父は母の死後、仕事に没頭して殆ど家に帰って来なくなってしまった。
義兄さんの裁判の判決が決まるまでは1年と半年かかった。
私は中学を卒業するまで、事件のあった家で暮らした。
学校ではイジメられるようなことは無かったが、周りの好奇の目が辛かった。
同情を装って近づいてくる男子にもウンザリした。もしかしたら本当に優しさで近づいてくれた人も居たかもしれないが、その当時・・今でもだが、あの事件の後ではとてもそんな気にならなかった。
父に高校には進学するつもりはないことと、卒業と同時に家を出て1人暮らしをするつもりであることを伝えた。
父は短く「そうか。分かった。」とだけ答えた。
そしてその時に、私は自分の実母について尋ねてみた。
父は天井を見上げながら・・・、呟くように・・・、まるで独り言のように言った・・・
「お前の本当の母さんは、とても優しい女性だったよ。最初に別れを切り出した時、不倫は許すから、別れないで欲しいって言われた。」
父と私の母が離婚を決めたとき、最後の母の言葉は・・・
『私には、もう・・・この子を心から愛することは出来ないから・・・。あなたを思い出してしまうもの・・・ふふっ、まるで呪いね。
私・・・あなたの不幸を心の底から願ってるわ。』
それを聞いても・・・・私は不思議と悲しくはならなかった。
私の母の願いは叶ったのだから。
中学卒業と同時に家は売りに出された。事件のあった土地だから二足三文にしかならなかったと思うが、もう私達には必要も無かった。
隣りの○○○の家はまだあるのだろうか?
それからはひたすら職場と1人暮らしをしているアパートの往復をしている。
ただ私は時間がある限り、義兄さんとの面会に行っていて、義兄さんもこの2年半でかなり気持ちが落ち着いてきた。
義兄さんが帰ってきたら、私達は一緒に暮らすつもりでいる。
慎ましく静かに暮らしていきたい。子供を作るつもりは無い。
この呪われた血は私達で終わりにしようと2人で決めた。
義兄さんが帰って来るまで、あと3年・・・。
明日は義兄さんとの面会日だ。
また将来の夢の話をしよう。
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