第7話 猫だった記憶を抱きしめる

 子猫を拾ってから二週間経っても、里親は見つからなかった。

 一度、「引き取りたいです」という連絡をSNSでもらったのだけど、やり取りしているうちに、「やっぱり無理になりました、ごめんなさい」と言われた。

「何よ、期待だけさせといて」

 連絡をもらって喜んだ分、私は落ち込んでしまった。


「山本くん、ごめんね」

 私が謝ると、山本くんは「別にかまへんよ」と優しく言った。

「どうしようかな。保護猫会の人に連絡してみるかな……」

 最悪、地域猫として安全な場所に放すしかないのかも。

 そう考えるだけで、私は憂鬱な気持ちになった。それじゃあ結局、私を見捨てたニンゲンと同じじゃない。

 活発に遊びまわる子猫を眺めながら、私は泣きそうになる。外に放されたら、この子はきっと、大きな声で鳴くだろうな。


 やっぱり私が飼うしかないのかな。

 引越しでもなんでも、どうにかするしかない。

 そう覚悟を決めかけたとき。


「あのさ、俺、考えてんけど」

 山本くんがためらいがちに切り出した。

「この子猫、このまま飼おうかな」

「えっ?」

 びっくりしすぎて、変な声が出てしまった。

「本気?」

 じっと疑いまじりの目で山本くんを見上げると、彼は真面目な顔でうなずいた。


「実はさ、俺、子どものころに子猫を拾ったことがあってん。だけど、おふくろにむちゃくちゃ怒られて、結局拾った場所に、戻してんな。それがさ、子ども心にずっと残っとって。悪かったな、かわいそうなことしたなって」


 子猫だったときの記憶がフラッシュバックして、私はとっさに何も返せなかった。


『猫ちゃん、ごめんね』

 あのときの男の子の声が、耳に蘇る。


 もしかして、あれは彼だったんだろうか。

 ……ううん。そんなはずはないよね。偶然に決まっている。


 そんな私の気持ちの揺れには気づかず、山本くんは話しつづけた。

「今また子猫を拾ったんは、運命かなって思う。元々、いつか動物を飼いたいなって思って、ペットが飼えるマンションを選んだし。だから、この子は俺が引き取るわ」


 唇が震えて、しばらく返事ができなかった。


「……ありがとう」


 過去に捨てられた私を、彼が救いにきてくれたような気がした。

 ふと、目に涙があふれてきて、ぽろりとこぼれた。


 それに気づいて、山本くんがぎょっとしたような顔をした。

「え? え? 泣くほどのことちゃうやろ?」


 私はなんの説明もできなくて、ぼろぼろ泣いた。


 この涙はたぶん、子猫時代からずっと耐えてきた孤独と、感じないようにしていた悲しみが、今になってやっと解放されたから。


 私は、かつて猫だった私のために、泣いていた。

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かつて猫だった記憶を抱いて さとの @csatono

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