第6話 ゆるやかな変化
その日から、仕事終わりに山本くんの家に通うのが日課になった。
「へー、猫ってこんなに小さくてもトイレがわかるんだな」
「そうなの。偉いよね」
翌日、トイレ用の猫砂と容器を買ってきて置くと、子猫はものの一日でトイレを覚えたから、山本くんは感心していた。
最初は不安そうだった子猫は、すぐ山本くんになついて、夜はダンボール箱の中ではなく山本くんの布団で寝ているらしい。
「押しつぶしそうでちょっと怖いねんけどな。箱の中に入れていると、ずっとにゃあにゃあ鳴くもんでさ」
そんな風に話す山本くんは楽しそうで、迷惑をかけているんじゃないかと心配していた私はほっとした。
拾ったときは薄汚かった毛も、濡れたタオルでふくとふわふわになって、今はどこからどうみても愛らしい子猫だ。
「君、よかったね」
私が話しかけると、子猫は「にゃあ」といって、膝によじのぼってくる。
その無邪気な様子を見ていると、過去を思い出してまた胸が痛んだ。
この子には、なんとか里親をみつけてあげたい。その一心で、知り合いに聞いたりSNSで呼びかけたりするも、今のところ手を上げてくれる人はいなかった。
いっそのこと、自分で引き取ろうか。そう考えるも、新しい物件探しや引越しにかかる時間を考えると、現実的ではなさそうだった。
週末は健康チェックと予防接種のため、山本くんとともに、子猫を動物病院に連れて行った。
診察を終えての帰り道、並んで歩きながら他愛もない会話をする。
最近、こうして山本くんと一緒に過ごすのが、当たり前のようになっていた。
「健康みたいでよかったな」
「ほんとにね。猫にも白血病やエイズがあるから、少し心配していたのよね。野良の子はたまに持っているから」
「へー、そうなんや」
「山本くんは、動物を飼ったことはないの?」
「それが、ないねん。子どものときは、親が許してくれへんくてさ」
「そういう家、多いのかもね」
かつて私を拾った男の子がそうだったように。
「根古さんは?」
「実家にいたころは、犬が一匹と猫が二匹いたよ」
「犬と猫って、仲良くできるんや?」
「そうだね。うちの子たちは仲良かったな」
「ええなあ、SNSでよく見るやつやんな」
「うん。ほんとあんな感じだった」
自分でも不思議なくらい、肩の力を抜いて話していた。
子猫があっという間に懐いたように。山本くんには、人の気持ちをゆるませるところがあるみたいだ。まるで気立ての優しい大型犬みたい。
最近は、曖昧な付き合いを続けていた「ひろ」とも連絡を取っていない。
寂しさの穴を埋めるために会っていたのが、ぱたりと必要なくなったのだ。
子猫にかかりきりで忙しかったのもあるし……やっぱり、山本くんと一緒にいるからかもしれない。
それが落ち着かなくて、私は「なんだか変だよねえ」と子猫にだけ聞こえるように話しかけた。
子猫は澄んだ目で私を見上げ、にゃあと鳴いた。
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