第5話 子猫の仮住まい

「え、ほんまに?」

 山本くんもさすがに驚いたようだ。


 だけど、そこで不都合なことを思い出して、私はうなだれた。

「……そういえばうち、ペット不可なんだった」

 ペットが飼える賃貸は数も少ないし割高なことが多いから、今のアパートを選んだんだけど。こういうとき、悔しい思いをする。

 そんなルール無視すればいいと思うが、前にも一度子猫を拾って帰って、運悪く同じ階の人に見られてトラブルになりかけたことがあるので、さすがにためらわれた。


 私が黙って唇をかんでいると、山本くんが遠慮がちな声で言った。

「うち、いけるで」

「え、ほんとに?」

 今度は私が驚く番だ。

「と言っても俺、子猫の世話の仕方なんてわからんのやけど」

「預かってもらえるなら、お世話は私がやるし! 里親探しもするから!」

 私は勢い込んで言った。この子を見捨てるなんて選択肢は、私にはない。

「じゃあ、今から連れて行くか?」

「うん」

 ためらいなくうなずいた。


「……おいで、一緒に帰ろう」

 子猫に向かって呼びかけると、まるで言葉を理解しているみたいに、おぼつかない足取りで駆け寄ってくる。私はカーディガンを脱いで、子猫をそっと包み込んだ。

 

 山本くんのうちは、駅の向こうにある新しめのマンションだった。

 玄関を入ると、馴染みのない男性の匂いが鼻をくすぐって、嫌でも緊張する。

 子猫のことがなければ、来ることなんてなかっただろう場所だ。

「あがって。散らかってるけど」

「お邪魔します」

 山本くんの部屋は、ひとり暮らしにはゆとりのある1LDKだった。


「段ボール箱といらないタオルある?」

 てきぱきと指示して、まずは子猫の居場所を作る。

 タオルを敷いた箱の中にそっと下ろすと、子猫は心もとなげににゃーと鳴いた。

「大丈夫だよ。ここは安全だから」

 私はやさしく子猫に話しかけた。

「キジトラちゃんだね。キトンブルーだし、生後1か月ちょっとくらいかな」

「キトンブルー? なにそれ」

「子猫って、小さいころだけ目が青いんだよ」

 私が子猫の青い目を指し示すと、山本くんは「ほんまや」と感心したような声をあげた。

「こんくらいの子猫って、何食べるん? ミルク?」

「子猫用のフードをあげたらいいと思う」

 ミルクも飲むだろうけど、固形物でも食べられる大きさだ。


 私はふと、かつて拾われた自分がもらったミルクの味を思い出して、目を細めた。

 ミルクをお腹いっぱい飲んで。その後私はまた捨てられる。

 胃の辺りがきゅっとなって、無意識に唇を引き結ぶ。


「根古さんは猫に詳しいんやな」

「まあね」

 かつては自分も猫だったから。とは言わない。

 山本くんは何を思ったのか、くすりと笑いをもらした。

「自分が猫みたいやもんな」

 からかいだとわかっているのに、図星すぎて心臓がどきりとした。

「まあね」

 冗談を返そうとして、そんな言葉しか出てこなかった。

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