第4話 子猫

「あー、おいしかった。ごちそうさまでした」

 食事代は、山本くんがおごってくれた。割り勘でいいと言ったんだけど、「大した額じゃないし」と言って、さっさと払ってくれたのだ。

 そういうのも、なんだか落ち着かない。さっき約束をドタキャンした男なんかは、いつも割り勘だから、余計にだよね。


 店を出ると、夜風にふわっと花の香りがした。

 そういえば、近くに公園があるんだっけ。

「ねえ、散歩していこうよ」

 ふと思い立って、私は山本くんを公園に誘った。

 途中の自販機で、ホットの缶コーヒーをひとつ買って、「はい」と渡す。

「お魚のお礼」

「え、気ぃ遣わんでええのに」

「いいの。私が食後のデザート食べたいだけだから」


 空いているベンチに腰かけて、先ほどもらったコーヒーとフィナンシェを取り出す。山本くんはなんだかモジモジしていたが、結局は私の隣に座った。

「いただきます」

 フィナンシェをぱくりとほおばると、桜の香りがふわっと口の中に広がった。

「おいしい」

「最近のコンビニスイーツはレベル高いよな」

「ほんとにね」

 フィナンシェをもぐもぐしていると、また夜風が吹き付けて、その意外な冷たさにぶるっと身震いする。

「けっこう寒いね」

「もう春なのにな」

 山本くんは何を思ったか、ひょいと私のコーヒーを取り上げて、代わりに先ほど私が買ったコーヒーをポンと手にのせた。

「こっちにしとき。俺は寒くないからさ」

コーヒーはまだ暖かくて、冷えた指先にじんわりと温もりが染みた。

「あ、ありがとう」

 男前だねー、と茶化しそうになったが、やめておいた。彼の行動はたぶん、素なのだろう。

 悔しいけど、ちょっとドギマギしてしまう。


 そのとき、か細い猫の鳴き声が耳をかすめた。

 響きから、それが母親を呼ぶ子猫の声だと、すぐにわかった。

 かつての自分を思い出し、胃の辺りがきゅっとして、私は短く息を吸った。

「子猫がいる」

「え、どこ?」

「鳴き声が聞こえる」

 山本くんも耳を澄ませるような素振りをした。

「……ほんまや。根古さん、よう気ぃついたな」


 私は素早く立ち上がり、近くの植え込みの中をのぞいて回った。

「……いた」

 ユキヤナギのこぼれるような白い花の陰に、子猫が一匹うずくまって、必死な声で鳴いていた。

「親が近くにいるのかな」

 山本くんも私の横にしゃがんで子猫をのぞきながら、のんびりした口調で言った。

「たぶん、ひとりだよ」

 声でわかる。この子猫はきっと、ずいぶんと長いあいだ親猫を呼び続けている。

 お腹が減って、寒くて震えている。いつかの私みたいに。

「どうしような。まだ夜は寒いし、放っておくのもかわいそうか」


「連れて帰る」

 私は考える間もなく言い切った。

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