第3話

それは思ったより簡素な、しかし大きな病院だった。一面真っ白で、真四角で、豆腐のようだ。しかし窓くらいあっても良いのではないか。入院するのに日光を浴びられないのはちょっと不健康そうなイメージが浮かんだ。出入り口さえガラスを使っていない。真っ白だ。この病院は日光嫌いなのか?診察してもらう前から...病院に入る前から不安だ。病院に似合う健康的な青が「井虎ねむりのクリニック」という文字として豆腐に浮かんでいる。いや怖いって。もう少し外観の情報量増やさない?まるでのっぺらぼうに出くわした気分だ。会ったことないけど。

...まあ、「なにもない」という情報があるじゃないか。落ち着こう。一旦周りをぐるりと見てみるのも良いかもしれない。幸い予約時間まではまだ少し余裕がある。

その病院は生け垣に囲まれている。生け垣にはつつじの花が咲いていた。それ以外は特に、周りには何も無いようだった。逆になにかあったら怖いか。外にいても退屈だったし、そろそろ病院に戻ろう。ーと、引き返そうとした。

私は、生け垣に隠れた指輪を見つけた。紫色の小さな宝石が、銀色の輪に3つ埋め込まれたものだ。小さいながらも、繊細な加工が施されている。もうすぐ予約時間だし、病院が終わったら交番に届けに行こうと思い私はその指輪を財布に入れた。ポケットやカバンに入れたら、すぐに無くしてしまいそうだったから。指輪を財布に入れたのを確認した後、さっき歩いた道を戻った。

あまりにも白くて情報量のない扉は、なんだか重苦しかった。実際開けようとするとそんなに重くはないと思うのだが、どうしても「病院の真っ白な扉」というのに威圧感を感じてしまう。病院の前で突っ立っている不審者として通報されないだろうか。通報されたほうが言い訳できるだろうか...。いや、警察とはなるべく関わらないことが平和だ。一瞬だけ勇気を出せば、こんな扉開けられるはずだ。通報されないよう、扉を開けてささっと病院に入る。

中は思ったより明るい。窓が無いので照明に頼りっきりの明るさだが、花が多く飾られており、とても華やかな印象を受けた。受付に向かい、問診票を受け取り、椅子に座りながら記入する。有名な曲のオルゴールに体を揺られ、少し集中力を欠く。名前、生年月日、性別、年齢を入力し、受付に返す。受付の奥に、院長と思わしき人物の写真が賞状とともに飾られていた。確かに美人だ。綺麗なフェイスラインに、ゆで卵のようなつるりとした傷一つ無い肌。控えめな唇に、二重が似合い幼さを感じる目。いわゆる童顔ってやつ。その顔はいかにも日本人受けしそうなもので、作り物だと疑いそうになる程に美しかった。目を奪われるような、というのはこういうことなのか。こんなに若そうなのに院長とは、相当優秀なのだろう。受付付近でずっと突っ立っていたから、受付の人に変な目で見られたような気がした。恐る恐るその人の顔を覗いてみたら、その人は後ろを振り返りこう言った。

「ああ、あの方は院長です。睡眠の質にこだわりがあるようで、それだけであの若々しさを保っているらしいです。院長に任せれば、睡眠でいろんなことを解決できると思いますよ。」

「睡眠だけ...すごいですね。」

会話が苦手な私はそれ以上話すことも無く、変な間の後に椅子に座った。しかし座った直後に名前が呼ばれ、座ったことをほんの少し後悔した。看護師に連れられ、診察室に向かう。この看護師も、肌がとても綺麗だった。もしかしたら病院のスタッフ全員がこうなのだろうか。確かに、そのほうが病院として説得力がある。そんなことを考えてる内に、診察室に到着した。ここで不眠症が本当に治るだろうか。少しの期待と大きな不安を背負い、看護師に開かれた扉の奥に一歩踏み出した。

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