#3 七不思議調査~後編~

「私の姿を見るなり、いきなり逃げるなんてひどいじゃん。確かにちょっとアレな見た目なのは自覚あるけど、人を見た目で判断するなって学院で教わらなかったの?」


 ブリッジ女は首をガタガタさせながら、最初にそう抗議してきた。


 いや、人を見た目で判断するべきではないのはもっともだけど、ものには限度がある。


 その見た目は、問答無用で呪い殺しに来る系のやつなのだ。逃げるなという方が無理あるだろう。


 私たちはブリッジ女に呼び止められた後、彼女に敵意が無い事を確認したため、近くの教室に入って話を聞くことにしたのだ。正直、まだかなり怖いけれど……。


「そういえば、自己紹介がまだだったよね? 私はシュヴァル。数十年前、足を滑らせて階段から落ちて死んだ君達の間抜けな先輩さ」


 明るい調子でそう言うと、シュヴァルは再び首をガタガタと揺らした。


「……あの……その首を揺らすのやめて貰え……貰っていいですか? かなり怖いんで」


 私は恐る恐るシュヴァルに声をかける。


「そう? それは悪かったね。なるべく気をつけることにするよ」


 シュヴァルは優しく微笑んで同意してくれた。


「……さて、早速本題に入るね。まず確認したいんだけど、君達の中に浄化魔法が使える子、もしくはそれに近い力を持つ子はいるかな?」


「簡単なモノでいいにゃら、私が使えるにゃ」


 おずおずとネルが名乗り出る。


「本当に? それなら、私のお願いを聞いてもらえそうだ」


 シュヴァルは肩の荷が降りたようなホッとした声をあげた。


「それで? お願いっていうのは何にゃ?」


 ネルがそう尋ねると、


「キミに私を成仏させて欲しいんだ」


 それからシュヴァルは自身の過去を思い返すように語り出した。


 ――数十年前、私は幼馴染の親友とこの学院に入学した。


 でも、入学してすぐにその親友は不治の病にかかり、そのまま死んでしまった。


 それからすぐに、夜になると彼女の霊が教室に現れるという噂が流れた。


 私はすぐにその噂を確かめに行った。すると、噂通り彼女がいた。


 ひとしきり話した後、私は彼女から魔法で成仏させて欲しいと頼まれた。


 私は少し迷った後、浄化魔法を使って彼女を天に返すことにした。


 彼女は最期に私に言った。


 自分の分までいっぱい生きて、と。


 私は彼女に必ず長生きすると誓った。


 けれど、その帰り道。


 私はなぜか廊下に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて階段から落ち――。


「それからは知っての通りさ。長生きするって約束した直後にこれだ。あの子に顔向けできなくてさ、死んでも死にきれなくてこの有様だよ」


 シュヴァルは自虐的に笑った。


 私たちの間に、何ともいえない空気が流れる。


「……つまり、あんたはバナナの皮で滑って転んでそのまま死んだってこと? 幽霊になった親友と感動的なやり取りした直後に、そんなギャグみたいな死に方して自分が幽霊になったの?」


 私の言葉にシュヴァルが恥ずかしそうに首を揺らした。


「そうなんだよ。君達もバナナを食べたら、皮はきちんとゴミ箱に捨てるんだよ。じゃないと死人が出るからね? 私みたいな」


 もはやシュヴァルに対する恐怖はもうまったくと言っていいほど、私には無かった。


 ホラー的な存在を相手にしていると思っていたら、ギャグ的な存在だったのだ。怖がれという方が無理ある。


「霊になって数年が経った頃、新校舎――君達が使っている校舎――が出来て、ここには滅多に人が寄り付かなくなってさ。私、寂しくなっちゃって。そろそろ、成仏したいなって思い始めたんだよ。だから、たまに旧校舎に来る人に声をかけて、浄化魔法で成仏させて貰おうとしてたんだけど、みんなすぐ逃げちゃって」


「まあ、その見た目じゃあね……」


 私たちはもう慣れたけれど、夜の校舎の中で、首がねじ曲がった少女がブリッジ状態で声をかけてきたら逃げるのは当然だろう。誰だってそうする。私たちだってそうした。


「というわけで、ケモミミの子。私に浄化魔法を使って成仏させてくれ」


「……わかったにゃ。私の魔法でちゃんとやれるかわからないけど……」


 ネルはシュヴァルに向けて、一つ一つの言葉を噛み締めるよう呪文に唱える。


 ネルのその真剣な顔つきには、いつもの残念な雰囲気はない。ちょっとカッコいいと思ってしまった。


 シュヴァルを中心として、光の魔法陣が浮かび上がっていく。


 シュヴァルは、天に昇ったらまたあの子に会えるかな、と呟き、


「みんな、逃げずに私の話を聞いてくれてありがとう。みんなは私たちの分まで生きてね。それと、家に帰る時はくれぐれも足元に注意するんだよ」


 魔法陣の柔らかな光に包まれながら、シュヴァルはそう言って首をガタガタと揺らした。


 やがて、ネルが唱えていた呪文の詠唱が終わる。


 同時に、魔法陣が一際強く輝き、教室中を光で包んだ。


 それから光が消えると――。


 そこにはもうシュヴァルの姿はなかった。彼女は無事に天に昇れたのだろうか。


 私たちはどこか厳かな雰囲気の中、しばらく押し黙っていた。


「これで七不思議の調査は終わりだにゃ。それじゃあ、足元に気をつけながら帰るにゃ」


 静かに告げたネルが、教室から出た瞬間。


 バキッ。


 思いっきり床を踏み抜いて、すっ転ぶ。


 足元に注意してって言われたばかりなのに……。この子もいつかバナナの皮が原因で死ぬかもしれない。


 さっきまではカッコよかったのに、やっぱりネルは残念だった。


 何はともあれ、こうして私たちの七不思議調査は幕を閉じたのだった。

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学院兵団を追い出されて~七不思議調査~ 風使いオリリン@風折リンゼ @kazetukai142

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