#2 七不思議調査~中編~
夜の学院の前。
ひゅうひゅうと吹く風が、私たちの前髪を揺らす。
うん、ダメだ。怖いわ。
せめて心の中でくらい強がっていようと思ったけど、本当に怖い。
ぴったりと閉じられた校門の向こうには、古代の遺跡を改築した巨大な校舎。
肥えた満月の月明かりを浴びて、不気味にうずくまっている。
なんというか、おとぎ話や神話に出てくるような魔王城のような雰囲気が漂っていた。
とは言え、ふたりの手前、やっぱり引き返すなんてことはしたくない。
覚悟を決め、学院内に忍び込んで、七不思議の調査を始めたのだが――。
「まったく、どれもしょうもにゃいオチのものばかりだったにゃ……」
調べた結果、七不思議のうちの六つは、ネルが言うように、どれもがしょうもないオチだった。
『稽古場のラップ音』は、夜こっそり剣の稽古に来ていた生徒が出していた打突の音だったし、『調理室の動く皿』は、戸棚に入り込んでいたネズミが動かしていただけ。『裏庭の魔獣』に至っては魔物どころかただの太った野良猫だった。
他の七不思議も似たようなもので、ここまでの七不思議の正体は全て人間や動物だった。スペクターみたいな奴どころか、野良魔物すら一つも絡んでいなかったのだ。
「さて、みんにゃ。次でいよいよ――」
旧校舎への道すがら、ネルが宣言する。
「七不思議、最後の一つだにゃ」
そう言って、私たちは学院の旧校舎に向かった。
「友達と肝試しみたいな事するの……少し憧れていたから……ちょっと楽しかった。そういえば……旧校舎の七不思議って……どんな内容だったっけ?」
小声で尋ねるフーに、ネルが同じく小さな声で答える。
「確か、『旧校舎のブリッジ女』だったかにゃ? ある女子生徒が足を滑らせて階段から落ちてしまったのにゃ。その子は運悪く首の骨が折れて死んでしまったのにゃ。その日以降、夜になるとその子の霊がブリッジの姿勢で校内を徘徊し、出会った人間の首を――」
私は咄嗟に、後ろからネルの口を塞いだ。もごもごとした後、ネルは私の手を振り払う。
「急に何するにゃ」
「別に? ただもう夜中だし、あんま喋ってると近所迷惑かなって思って?」
そう返す私を、ネルは目を細めて数秒見つめた後、合点がいったように頷いた。
「ごめんにゃ、ネージュちゃん。ネージュちゃんがビビってたの忘れてたにゃ」
「は? ビビってないし。だいたい怪異なんてある訳ないし。私は最初からこんなオチだろうなって思ってたし……」
声を上ずらせながら反論する私を、ふたりがジト目で見つめてくる。
「いやいや。ネージュちゃん、結局ずっと私たちの服を掴んでたじゃにゃいか」
「物音がする度に悲鳴あげてたし……正直……ぼくはリーダーの悲鳴の方に……驚いていた」
「いやいや、それは雰囲気を盛り上げるための、私なりの気遣いというか……」
不意に、ガサっという音が聞こえた。
「ぴゃっ!」
瞬間、私は勢いよく近くの植え込みに飛び込んで身を隠す。
「……さっきの猫だ。『裏庭の魔獣』の」
フーが現れた猫を抱き上げながらそう言った。
それを聞いて、私は慌てて立ち上がる。
「……」
二人が無言のまま生暖かい目を向けてくる。やがて、
「ネージュちゃん、もうここでリタイアしてもいいにゃ。大丈夫、別にこの件でいじったりしにゃいから。七不思議の真相は私たちで突き止めるから、安心するにゃ」
「怖がってるネージュさんを見ていたおかげで、逆に怖くなくなったから助かった。ネージュさんはもう無理しないでいい」
女神のような穏やかな顔でそう優しく声をかけてきた。
正直、お言葉に甘えて今すぐにでも帰りたかったが、私にも意地があった。
声を震わせないように気をつけながら宣言した。
「全然平気だし? そこまでいうなら、今度こそ私が先陣切ってやるさ」
程なくして、私たちは旧校舎の前に移動した。
三階建てのボロボロの建物。ところどころ風化して骨組みが剥き出しになっている。
「じゃあ、行くよ。……ちゃんとみんなついて来てね」
私はそう念を押した後、ギシギシと軋んだ音を立てるドアを開けた。
中に入ると、途端に強烈なカビの匂いが鼻を襲った。
当然、校舎内は真っ暗だ。
私は火を呼び出す魔法を使って、その辺に落ちていた棒切れに火をつける。
それを松明代わりにして、先頭に立って廊下を進んでいった。
振り返って二人の様子を確認すると、普段馴染みの無い場所のせいか、先程までと違い緊張の面持ちだった。
バキッ。
「きゃっ!」
私は短い悲鳴を上げ、なりふり構わずにその場から駆け出した。
「ちょっと待つにゃ、ネージュちゃん。今のは私が床板踏み抜いちゃっただけだにゃ」
離れた場所から、ネルがそう呼びかけてきた。
こんな時まで、残念っぷりを発揮しないで欲しい。今のは心臓に悪い。
二人から白い目を向けられながら、無事に合流した。
すると――。
ギシッ。
再び音が鳴った。
今同じようなことがあったばかりなのだ。さすがにもう逃げ出さない。
「ちょっと、ネル。いい加減に」
「違うにゃ……」
ネルが声を震わせながら私の言葉を遮った。
「今のは私じゃにゃいにゃ……」
ギシッ。
また同じ音だった。
それは私たちのいる場所のはるか後方から聞こえてきた。
私たちは一斉に音がした方へと視線を向けた。
そこには、何かがいた。
ぼんやりと浮かぶシルエットから、四足の何かである事がわかった。
「あれって、まさかブリッジ……」
呟いたネルの口を、私はガバッと塞ぐ。
「いやいやいやいや無い無い無い無い……またさっきの猫ってオチだって」
情けない声で私は反論した。
ギシギシと床を軋ませながら、四足の何かがじりじりとこちらに近づいてきた。
割れた窓から差し込む弱々しい月明かりが、その何かを照らした。
私たちの視線の先、微かな月光に照らされたその姿は――。
ブリッジをしたこの学院の制服姿の少女だった。
それだけなら、変わった趣味を持つこの学院の生徒という可能性もあった。
けれど、残念ながらその可能性は間違いなく0だ。なぜなら――。
彼女の首が、生きている人間ではあり得ない方向に曲がっていたのだから。
ブリッジ女は、その名の通り、ブリッジを姿勢のまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
動く度、ねじ曲がった首がカクカクと揺れている。
やがて、私の心は限界に達した。
「ぎゃああああああああああっ!」
私が叫んで、一足早く逃げ出すのを皮切りに、他の二人も駆け出した。すると、
「ああ、ちょっと待って! 私、確かに見た目は悪霊寄りかもしれないけど、本当は違うから! 私はただ君達にお願いしたいことがあるだけなの! 話だけでもいいから聞いて!」
そんな風に、ブリッジ女が呼び止めてきた。
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