朝焼けの下で

@yuts

機動降下歩兵リョージヤマモト

降下の前には、いつも震えが止まらなくなる。

化学的手法と精神的手法によって恐怖を感じる事はないはずなのに、震えが止まらないというのもおかしな事だ。小隊長によると、武者震いというやつらしい。

「ペアになって装具を点検しろ!」

手汗でベトベトになった手で相方の装具を点検する。

「異常ある者は報告しろ」

曹長の声は少しくぐもって聞こえるし、

「作戦概要をもう一度確認する!そのひよこ豆みたいなおつむによく叩き込め!」

喉も酷く乾いて貼り付いてしまっている。

「お前達は」

最悪の気分になりながら、曹長のダミ声に耳を傾ける。

「降下後、集結地点A旧上海国際空港へと集結。爾後、A地区旧南通市に向け前進。」

警告音を無視して、曹長は話を続ける。

「A地区に存在すると見られる敵指揮通信システムの結節点を破壊する」

曹長は簡単そうに言うが、指揮通信システムの結節点なんてどれだけ敵がうじゃうじゃしているのか想像もつかないほどだ。

「この作戦に人類の存亡がかかっている」

そんな事はわかっている。

「少しでも成功率を上げるため、国連軍は全地球規模での陽動作戦を実施中だ。失敗すれば二度と同じ規模での作戦はできないだろう」

その通りだ。この三年で人間の数も随分減っちまった。

「だから俺達がいかなきゃならない。国連軍最高のクソ野郎共。軌道降下第三連隊、第三大隊のイカレ野郎共」

そうだ。俺達は最高にイカレた。最高の部隊。

「五年分の借りを返す時が来た」

そうだ五年だ。五年前だ。

クソ宇宙人共は突然月軌道上に現れた。


一年は大人しくこちらを観察してた。觀察して人類を活かすか殺すか考えてやがった。

その間、人類は友好的な関係を築け無いかさんざ試した。そのすべてを無視して、宇宙人は決めた。人類を滅ぼすと。

宇宙人との初接触は一方的で身勝手な命令だった。

人類個体数上限とその居住地域について一方的に通達してきただけだった。

最低一年で一億体まで減らせ、人類にはアフリカを残してやるからそこで暮らせと、クソみたいな命令だけ示して奴らはまた黙った。

何かの聞き間違いじゃないかと、誰もが思った。

だが、一年後に聞き間違いではなかったと思い知った。

「ヤマモト。お前の初陣は上海だったな」

「はい曹長」

腹から叫ぶ。

俺の初陣は上海防衛戦だった。


一方的な命令から一年後、月軌道上の宇宙船から十二の物体が地球へ射出された。

そのうちの一つが落ちたのが中国、南通市郊外。

落ちてきた衝撃で南通市は消え去った。

中国対応は早かった。

すぐさま軍を派遣して救助と調査を並行して行うのに充分な兵力を投入した。

情報も秘匿せずに、すべて公開した。

プライドの高いあの国には珍しく、近隣諸国にも直ちに応援を依頼した。

日本から派遣されたのが俺のいた部隊だった。

あの時は誰もが混乱していて、何をするのかもわからず、とりあえず小銃と軽機だけ持って先遣隊として派遣された。

初めて降り立った上海はひどいものだった。

衝撃波で窓という窓のガラスが割れ、無傷な市民の方が珍しかった。

だが、本当にひどかったのはその後だ。

「俺の母さんは上海に居たんだ。あの時の恨みを忘れた日はない」

「申し訳ありません曹長」

「いいんだ。助けようとしてくれた日本や韓国の事も、俺は忘れていない。本当に感謝している。」

「助けられませんでした」

「誰でも不可能だったさ。それでも努力してくれて、ギリギリまで粘ってくれて本当にありがとう」

曹長は寂しそうに笑っていた。

俺はとても恥ずかしくなった。

上海から命からがら逃げたあの日を。

民間人を捨てて逃るしかなかったあの日の屈辱を。

国民を守る自衛隊の職務を果たせなかった恥を。

一日たりとも忘れた事はない。



「仕事の時間だ」

今まで黙っていた小隊長の声に反応して、頭のスイッチが切り替わる。真面目系クズでナンパが趣味のクソ野郎、山本亮司から、最精鋭の降下歩兵、リョージヤマモト軍曹へ切り替わる。

「降下三十秒前」

アドレナリンがからだに周りはじめる。

「降下二十秒前」

手足の震えが収まっていく。

「降下十秒前」

何回降下しても、この感覚は変わらない。

「九」

「八」

「七」

「六」

「五」

「四」

「三」

「二」

「一」

「降下」

どんな薬でも味わえない、最高の気分だ。

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