【I】

中央区にて勃発した史上最悪の大事件、通称中央区無差別傷害事件からおよそ9年の際月が経った。
あれほど世間を震撼させた大事件だったが、当時と同じ月日になると、ニュースではアナウンサーが、バラエティ番組では芸能人が深刻な面持ちをしながら、会話にほんの少しの空白が生まれたタイミングを見計らって「この日は〜」と切り出し、その上あまり長い尺は取らず数秒ほどで次の話題へと移る。それは新聞でも同様で、頁の片隅に小さく簡潔に載せるのみに留まり、人々の目を引くのはその日の主役である大きな見出しだ。
事件の爪痕はアスファルトに覆われ、雑踏と足並みを揃え息を潜めた。
記憶は期限付きだ。そうして時効を迎えればどんな罪人も釈放される。
人々は、忘れていく。