俺とポン太

薮坂

「俺とポン太」


 みなさん初めまして。あるいはお知り合いの方はいつもお世話になっております、カクヨムの最果てでひっそりと息をしてます薮坂やぶさかでございます。

 この度は犀川ようさんにお誘い頂きまして、犀川さんが主催する「エッセイを書きましょう2024」という自主企画に参加させてもらっています。


https://kakuyomu.jp/user_events/16818093085525286658


 この企画はその名の通り、来るカクヨムコンテスト10の「エッセイ・ノンフィクション部門」に向けて、エッセイの練習をして賞を目指しましょうと言うもの。

 そしてなんと今回、薮坂史上初となる選者としての参加でして、私みたいな弱卒がそんな烏滸がましいことしていいのかしらと思いつつも、滅多にないことですのでこうして参加させてもらっている次第であります。皆様のエッセイを読ませて頂き、「これだ!」と思う一作に薮坂賞をお贈りしたいと思っていますので、どうかよろしくお願いいたします。


 さて、そもそも「薮坂とは誰ぞ?」という方ばかりだと思いますので簡単に自己紹介をしますとですね、私は本当にどこにでもいるただの人間です。他人様に自慢できることがあるとすれば三度ほど死にかけたけど辛くも生還したことと、あとは一般の方と比べて髪が若干少なくても日々楽しく生きているというハイパーポジティブ人間ってことくらいです。

「同僚が選ぶ! ハゲてるけどポジティブ人間選手権!」では毎回上位入賞間違いなし、嫌なことがあっても寝たら忘れる単細胞、それが私こと薮坂であります。


 まぁ皆様から見ればただの路傍の石くらいの存在ではありますが、もしもあなたに何か嫌なことがあった時、「でもハゲてる薮坂よりはマシやなぁ」って思ってもらえるだけで私にも価値があると錯覚できますので、まぁそんなヤツだと思ってくださいね。



 さて前置きも程々に、今回はエッセイの寄稿ということで何を書いたものかと思っているのですが。そもそも「エッセイって何ぞ?」と改めて考えた時、私は「自由に自らをさらけ出す文章」ではなかろうか、と思いました。というのもエッセイは言ってしまえば自分語りで、他人様に向けた、つまりは誰かに読んでほしいと思って書く文章なんですよね。ここが自分自身に向けて書く日記とは決定的に違っているところだな、と思います。

 なので誰かに読んで頂くには何かしらの利があるほうがいいと思い、ここは価値があるかは別として私の少し特殊な仕事事情をご紹介することにしましょう。

 

 手前味噌で恐縮ですが、カクヨムコンテスト9のエッセイ・ノンフィクション編の短編特別賞を頂いた時に書いたのは、この私の少し特殊な仕事事情を一部ご紹介したものでした。


 端的に言うととある警察官が、当番中にバリウムを飲んでのっぴきならない状況に陥る話です。


 まぁ笑ってもらえればこれ幸いと思って書いたものですが、いや笑ってもらえて本当によかったなぁとしみじみ思いましたね。だってね、いい歳した大人が公務中にウ◯コ漏らし(かけ)た話ですよ。しかしこれで皆様に笑ってもらえてかつ特別賞を頂けるなんてまさに僥倖、これで私のパンツも浮かばれるってなもんです。

 

 まぁそんな感じでですね、一般社会ではなかなかお目にかかれない事象や人物に遭遇するのが我が業界でして、一般の方からすれば「なんかレアな体験!」ってことだけは間違いないと思います。

 それならば作家の皆様に何かしらのプラスを提供できるのではなかろうかと思い、守秘義務に引っかからない程度に語っていきたいと思います。

 前置きですでに1500字くらい書いちゃいましたけど、よろしければどうぞ!



 >『俺とポン太』



 警察官のメイン業務っていうのは、あらゆる110番通報に対応することです。まぁこれが多種多様でですね、早急に現場臨場しなければヤバい事案もあれば、いやこれほんま行かなあかんのか? と思う事案まで色々あるんですね。

 で、当然「これは行きたくないなぁ」と思う事案もある訳で、今回はそんな事案からひとつピックアップしましょう。


 行きたくないと言っても行かなかればならないのが仕事の辛いところ。と言うか世の中の仕事なんて九割がそうなんじゃあないかと思う訳ですが、この通報の行きたくなさは単純に面倒くさいとか疲れるとかじゃあなくて、ただただという種類のものでした。通報内容はこんな感じ。


『匿名での110番通報。今しがた、神社に向かう不審者を見た。賽銭泥棒ではないか』


 その通報を受けたのは深夜一時。泥棒にとってはハイタイムです。警察的に言うと「賽銭ねらい」って手口の窃盗で、今や絶滅危惧種くらい認知件数は減ってるんですが、一部のバチ当たり者が稀に敢行する種類の窃盗ではある訳です。つまりこの不審者は、そう言う類の人間なのかも知れないって訳ですね。

 ただその神社は、とある山裾にぽつんとある無人の小さな神社なんですよ。当然普段から参拝客は少なく、市街地にある神社とは違ってお賽銭がたっぷりあるとは思えないし、そもそも深夜に向かうにはあまりに険しい山に位置してる訳なのです。


 とりあえず指令された以上は行かなければなりません。普通、こう言う通報ならベテラン勢で行くべきなのですが、その時は事案が立て込んでて、連れて行くには不安の残る後輩と行くことになりました。

 この後輩がまた凄いヤツでね。仮に名前を「ポン太」としましょう。ポン太の「ポン」はポンコツの「ポン」だと言えばわかってくれると思いますが、まぁほんと、スゴいヤツなんですよ。


ヤブさん、不審者捕まえましょね! 僕、先行しますから!」


 颯爽と単車に飛び乗ったポン太は若者らしく元気よくそう言って発進するワケですが、ほんとはそこを右なのに迷わず直進するような初手間違いを見せてくれるエースです。普通の後輩とは一味違うのだぜ、ってのを前面に出してくるなかなか稀有なヤツなんですよ。

 なので一抹の不安どころか一塊の懸念を抱えて私が先行を代わり、とりあえず現場臨場したのが通報から約20分後。山裾に位置する神社なので遠いんですよね、単車はサイレンもパトランプもないので緊急走行できないのです。


 で、単車を降りてその神社の境内へと向かう訳ですが、ほんっとに真っ暗なんですよ。一寸先もマジ真っ暗。

 急峻な階段の上にその神社はあるのですが、こんな夜中に参拝する人なんて普通はいない訳で、当然街灯なんてないし自販機の明かりすらない。月明かりすら隠れる鬱蒼な森です。

 とりあえず私は強力なライトで目の前を照らしつつ、警棒を抜いて臨戦態勢を取りました。ポン太に「お前も警棒抜いとけよ」と指示を出しつつ無線で現着の一報を吹きます。


 すぐさま指令は「了解」と返して来ますが、ずいぶんメリットが悪い(無線感度が低い)ことに気がつきました。無線で何かを言っているのはわかるのですが、なんか途切れ途切れなんですよ。

 それもそのはず、ここは山裾と管内の果てってのもあって、管内でも屈指の無線不感地帯だったのです。だから私はポン太に、


「この先、無線が通じんかも知れん。俺と離れるなよポン太。俺は左を見る、お前は右や。とりあえず境内まで行く、ええな?」


 と映画さながらのカッコいいセリフを吐きますが、隣のポン太の様子がどうもおかしい。あの口数の多いお調子者が、黙って階段の上をただ見据えてるんです。

 おっとビビってんのかぁ? ポン太をいじってやろうかと思いましたが、ポン太は全く喋らないんですよ。


 夜の山は本当に独特な雰囲気で、私でさえ呑まれそうになるくらいで。そしてやはり、何かが決定的におかしい。

 ……何だこの違和感は? 思わず警棒を握る私の手が強張ります。そして、ついにそれに気がついたんです。



 ポン太の握っているものが、使だってことに。



「お前なんでライトセーバー持っとんねん! それでどうやって戦うねん! ジェダイかお前!」

「いやすいません、武器っぽいし明るいかなぁ思て……」

「武器になるワケないやろ! それプラスチックや! 光らすな! ていうか警棒どないしてんお前!」

「すいません、重いんで交番に置いてて、今回持ってくるの忘れました!」

「アホかお前ェ!」


 さすがポン太、ポンコツっぷりをこんな場所でも遺憾なく発揮します。とりあえず、ポン太が頼りにならないことはわかったし、警棒を忘れてるのでポン太にはライトセーバーを装備させとくしかありません。「もうええわそれ使ことけ」とポン太に言うと、ポン太は嬉しそうにピカピカモードで光らせながら言います。


「……あの薮さん、ひとつだけええですか?」

「なによ」

「さっきのツッコミですけど、このライトセーバーは赤色なんで『シスかお前!』の方がよかったんちゃいますかね?」

「スターウォーズのガチ勢かお前! もうええ、黙って歩けアホ!」


 とそんなやり取りをしている内に、石階段を登り終え境内に着きました。小ぢんまりとした境内には、中央に小さなやしろのようなものが見えます。ライトで辺りを照らしてみますが当然不審者の姿はない。やっぱり見間違えの誤報か──と警戒を緩めようとした瞬間、小さな社の裏手から何やらガサガサと音が聞こえます。


 ──え? なにこれガチモン? だとしたらやばいやばい、こんな暗闇で盗み働いてるヤツが大人しく従うとは思えない。マジのマジで交戦もあり得るかも知れない──、しかし警棒を持っているのは私だけ! ポン太はクソの役にも立たない偽ジェダイ装備です。


「ちょちょちょ薮さん! なんかおるっぽいすよ! 窃盗犯すかね?」

「静かにせぇ! 俺が先行く、お前は静かに着いてこい!」

「……了解!」


 小声でやりとりしながら私が先行し、社の裏側に回り込みます。一呼吸置いて、横目でポン太の位置を確認。こう言う場合は仲間との連携が必須です。

 息を潜めて裏手を覗くと、真っ暗闇の中に蠢く何かがいる! やべぇガチやん! とりあえず、本署からこの現場は遠いので応援は望めない。ポン太と二人でなんとかするしかない!


 呼吸を止めて一秒。後ろを見やるとポン太は真剣な目をしながら、


「……いやお前何してんねん! 相手丸腰かも知れんっていうかその位置で銃出したら俺に射線被るやろ!」

「いやまだ出してないっす!」

「そう言う問題ちゃうわ! 出すな! 出した瞬間『拳銃使用』やぞマジで!」

「いやでも僕、武器コレだけですし……」

「光らすなアホ!」


 と、ぎゃあぎゃあやってたその時です。社の後ろにいたナニカが、ガサガサと音を立てて茂みの中から顔を覗かせました。意を決して対峙し、ライトを照らすと。

 そこには不気味に光る二つの目……ってあれアライグマやん。


「薮さん! アライグマっすよアライグマ!」

「アホお前近づこうとすな! あいつヤバいぞ! 噛まれたり引っ掻かれたりしたらアウトや! めちゃくちゃ病気持ってるからな!」

「えっ、そうなんすか?」


 そうなんです。野生のアライグマ、実はめちゃくちゃ病原体持ちなんですよ。というか野生動物はほぼ何らかの病気を持ってると考えていいような存在なので、警察官のキャリアが長いとその辺の泥棒より怖く感じるのがこいつら野生動物なんです。

 絶対に触るなよとポン太に釘を刺し、距離を取る我々。アライグマは特定外来生物に指定されている防除対象ですが、今の装備での捕獲は無理なのでどっかに行ってもらうしかありません。


「薮さん、僕らどうすればいいんすか?」

「今の俺らに駆除は無理や。明日の朝イチで役所に連絡するしかないな」

「いやでもアイツ、危ないんすよね?」

「……なんでまた拳銃出そうとしてんねん。当たらんやろ、お前確か拳銃初級やろ」

「中級寄りの初級です!」

「やっぱ初級やん。ほんでそもそも撃てへんねん。どこに使用要件あんねん。お前警察学校でなに学んできてん」

「動物にも撃てるって習いましたよ?」

「クマとかならな! ほんで襲いかかってきた場合だけな!」


 と、そんなこんなで。結局我々はアライグマが山へと帰っていくのを見届けて、本署に『本件は事案にあらず。対象はアライグマと判明するも現場から逸走』と無線送信し、現場対応を終えました。


 もうポン太とは二度と組みたくない、と思わせるに充分なポンコツっぷりでしたが、しかし私はこの先もポン太に色々と悩まされることになります。ですがそれは、また別のお話で。

 ていうかコレ、自由に書きすぎてエッセイにもなってないですね。いやぁ本当に、すみませんでした。



 ……ただ、後で思ったんですけど不思議なんですよね。

 通報では「賽銭泥棒ではないか」と入っているので、その不審者は通報者にとってはハズなんですよ。アライグマと人を見間違えるのはどう考えたって無理がありますからね。

 それによく考えると変なんですよ。その神社ってマジで町から離れた山裾にあるので、夜は人の出入りなんてまずないんです。ていうか市街地から離れすぎててですね、夜中にそんな神社の近くにいること自体、おかしいんですよ。


 つまり


 ──いやぁ、考えれば考えるほど、謎は深まるばかりです。


 




【終】

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