あなたは命を奪えますか?
ルイは、勇者たちに問いかける。
「改めて、君たちは命を奪うことができる?」
その問いに、誰も答えることができない。
わからない。
としかいえない。
さっきまではできるかもしれない。という気持ちがあった。
だが、実際に腕を切られて苦しむゴブリンを目の前で見ると、その気持ちはすぐに揺らいでしまう。
ルイは、当たり前のようにゴブリンの腕を切った。
恵美は、先ほどのルイと全然違うルイを見て、恐ろしく感じた。
ただひたすらに怖い。
目の前でいまだにぴくついているゴブリンの腕を見て、気分が悪くなる。
「これでも決められないんだ……。じゃあーー」
ルイは、素人にでも見えるように、わざわざ剣を作り出した。
ルイが何をしようとしているのか、金竜はいち早く気が付く。
「っ! やめろーー!!」
その叫びを気にもせずに、ルイはゴブリンの首を切った。
再び腕の時のように、恵美たちがいる方に首が飛んでいく。
金竜の目の前でゴロゴロと転がる生首。
ゴブリンの目は見開いている。口も開きっぱなしで、悲鳴をあげようとしたことがわかる。
ルイの横にいる、首と腕がなくなったゴブリンは、パタリと力なく倒れ、そして動かなくなった。
恵美の息が止まる。
口を両手で押さえて、もう動くことのない怯えた表情のゴブリンの生首を見る。
血で汚れた剣を縦に一度振り、付着していた血をはらう。
地面に紫色の血が飛び散る。
そのままルイが使った剣は粉々に、地面に飛び散った血は地面に吸い込まれ、跡形もなくなった。
「ねえ、今さ、どんな気分?」
ーー悪趣味だ。
どう見ても気分が悪そうな金竜の方に歩いていき、真っ青な顔を見ながらルイは聞いてくる。
はっはっと呼吸を整えながら、ルイのことを睨みつける金竜。
「最悪の気分です。ルイさん……なんで殺したんですか?」
「え? 殺さないといけないから」
「……なんで!!」
金竜はルイにしつこく聞く。
そんな時でもルイは笑顔のまま。
ただ、目は全く笑っていない。
何を考えているのかが、全く分からない。
「殺さないと、緑の大陸の害悪だから。殺さないと、こっちが殺されるから。勇者を召喚しないといけないほど、切羽詰まってるから」
これでいいか? とでも聞くように座り込んでいる金竜のことを見た。
金竜は、さらに目を鋭くして睨み返す。
「まあまあ、そんなに睨まなくても……。どっちにしろ君たちも今からやることになるんだから」
ルイはチラリと横目で見て、騎士たちに合図を送る。
そのタイミングで、騎士たちに連れてこられてきたのは縛って拘束してあるゴブリン計19匹。
召喚された勇者の人数分連れてこられたゴブリンを見て、恵美は、これから何をやることになるかを理解した。
「……!!」
ーー自分も殺さなければいけない。
19匹のゴブリンを、召喚された勇者一人一人の前に連れていく。
「じゃあ、勇者たちもやってみようか」
誠司や金竜のような剣をメインにするようなジョブの勇者は騎士に渡された剣を持たされ、恵美のような魔法使いタイプの勇者は杖を渡される。
恵美は渡された木の杖を持ち、ゴブリンの前に立つ。
一歩でも踏み込めば、触れるくらいの距離だ。ここまで距離が近いと息遣いやその臭いまではっきり感じることができる。視線も、どこを見ているのかがはっきりわかる。
自身の胸の方にゴブリンの視線が向かっていたため、恵美は少し殺意を抱いたが、それでも殺すまではいかない。殴るほどのことでもない。
殴ったら痛がってしまうではないか。
そもそも拘束している時点でかなりの問題だ。
できることなら解いて離してあげたい。
よくよく見ると、皺がよっているゴブリンも可愛く見えるような気がしてきた。一度そう思ってしまうと、攻撃しようとしても攻撃できない。
最初から攻撃はできないため、最初とほとんど変わらない。ゴブリンの認識がなんか怖いというものからよく見ると可愛いかもというふうに変わったくらいだろう。
「……やっぱり、攻撃なんてできないよ」
ゴブリンを前にして、恵美はポツリと呟いた。
一応持たされた杖を構えてはいるものの、ただ構えているだけで、恵美はこれからどうすればいいか分からなくなっていた。
ーー君たちは命を奪うことができる?
そんなルイの問いかけが、恵美の頭の中をよぎった。
「私は、命を奪えないです……」
恵美は静かに杖を下ろした。
ゴブリンを倒すことができなかった。だから、怒られてしまうかもしれない。
そう思って何か言われることを覚悟する。
だが、ルイの返答は実にあっさりしたものだった。
「そっか。ならよかった。とりあえず少しずつ慣らしていこうか。魔法とかなら実際に殴ったりするわけじゃないし」
それ以外には何もなかった。
もっと言われるかと考えていたが、そこまででもなかった。
ルイは、恵美が倒せなかったゴブリンを回収すると、静かに首を切った。
「え……、えっと、なんで?」
「……? なんでって、教材として連れてきたけど使えなかったんだ。しょうがないよね」
そこで恵美ははっきりと理解した。
ここは地球ではない、本当の異世界だということ。
今まではどこか遊び半分だったのかもしれない。いや、遊び半分だった。ただ、新鮮な体験を楽しんでいた。
もっと早く気づくべきだった。
やっぱり考え方が地球と異世界では違う。
「っ……、ごめんなさい。少し気分が悪いので、隅で休んできます」
「あっ、俺、恵美を連れて行きます」
「うん。早く良くなって戻ってきてね。誠司も、まだやらないといけないこと残ってるから」
誠司は恵美を、人がほとんどいない訓練場の隅に連れて行く。恵美は壁に寄りかかり、膝から崩れ落ちるように座った。
体育座りで体を丸める恵美のことを、誠司は心配そうにみる。恵美の顔があまりにも真っ青だったため、誠司は少し様子を見るだけだから……と恵美の隣に座った。
しばらく無言の時間が続く。
チラリと一度、ルイがこちらを見てきたが、何も言われることはなかった。
「ねえ……。誠司は、ルイさんみたいに簡単に命を奪える?」
ずっと静かだった恵美が、誠司に聞いた。
聞いたらわかると思った。
誠司なら、答えを知っていると思った。
「俺は奪えねえかな。だって、初めてなんだし、突然それをやれと言われてできないのも当然だろ?」
簡単なことだった。
本当に単純なことだ。
初めてだから。
「簡単なことだったじゃん」
今は、命を奪うことができない。
だが、これからできるようなってしまう。
「ありがとう、誠司。とりあえず頑張ってみる」
「おう、よくわからねえけど恵美が何かに気付いたなら頑張れよ。俺はもうちょっとサボってるわ」
恵美は立ち上がり、いまだにクラスメイトがゴブリンを前に怯えている場所に戻る。
立って様子を見ているだけのルイに、恵美は話しかける。
「ルイさん、私、命を奪うことはできないけど……まずは少し慣らさせてくれないかな?」
とりあえず頑張ってみよう。と決めた恵美。
考え方が少し変わった恵美の様子を見たルイの返答は決まっていた。
「うん。それくらいなら別にいいよ」
俺は勇者召喚で転生した こおと @waonn_towa
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