第二章 心の強さと危機感

勇者を強化しよう計画です





 ◆◆◆◆



 翌日。

 恵美たち三年一組は訓練場に来ていた。

 


 訓練場は、普段、国に仕えている騎士や魔法使いが、いつかくる戦いに備えて日々強さを磨く場所だ。

 アイリス王国には、他の国の平均より多い騎士と魔法使いがいる。

 騎士は剣や拳など武器を持って戦う者。魔法使いは、武器では再現できないような魔法と呼ばれる現象を起こす者のことだ。

 そんな優秀なたくさんの騎士と魔法使いのために、この訓練場は建てられていた。


 アイリス王国は、黒の大陸ストラシスに唯一陸で繋がっている一本道がある国だ。なので、自然と優秀な人材が集まる。そのため戦いを生業にする者が多く、小国にも関わらずかなりの強さを誇っていた。


 そんな国で一番巨大なこの訓練場。

 その内側の景色に、恵美たちは動物園に来た時の子供のようなはしゃぎっぷりを見せた。

 騎士同士が模擬戦をしている姿。

 魔法使いたちが一斉に的に向かって魔法を打っている姿。

 複数と複数が連携して戦っている姿。

 地球では決して見ることができなかった武器と武器がぶつかり合う本当の戦い。地球ではありえなかったファンタジーを目の前で見ている。

 ファンタジーは異世界に存在していた。



「この光景は毎日見ることになるが、そんなにはしゃぐことなのか?」



 恵美たち勇者が盛り上がる中、ルイはあくびをしながら歩いてきた。



「あっ、ルイさん。……眠そうですねぇ」

「実際眠いし」



 歩いてきたルイに気がついた恵美が、そちらに駆け寄る。苦笑いしている恵美に、ルイは眠そうな目を向ける。



「そういえば、翼はあるのに空は飛ばないんですね」

「ああ、飛んでくればよかった。そうすれば、体を動かす必要がないから寝られたのに……」



 ガックリと肩を落とすルイの頭をそっと恵美は撫でた。



「っ、急に何をして」

「ええぁ! ごめんなさい。なんだか、私の幼馴染に似てるので」

「幼馴染、……具体的にはどんなところが?」



 ルイは恵美の方に一歩踏み込んで聞いた。その目つきは真剣なもので、なぜそこまで聞こうとするのか気になりながらも、恵美はルイの頭を撫でながら口をひらく。



「う〜ん、名前が同じところですかね?」

「……!!」



 それ以外は?! と期待する目で、ルイは恵美の顔を見る。

 恵美は何かを思い出したように「あっ!」とつぶやき、続けた。



「そういえば、背が低いところも似ているかもしれないです」

「…………」



 ルイに、目に見えない物理的ではない矢が突き刺さる。グサリと深くまで刺さっていて、なかなか消えない。

 それはそうだ。

 転生してからも一番気にしていることなのだから。

 転生して、もしかしたらと期待していたが結局身長は伸びることなく、しかも転生前以上に性別を間違えられるようになったのだから。

 背が低いことが、ルイの数少ないコンプレックスなのだから。



「名前、青花 恵美だっけ」

「……そうですけど」

「あんまり身長のことは言うな」

「まあ、はい」

「とりあえず、これから勇者を強化しよう計画について話すから、あのはしゃいでいる勇者を止めてほしい」

「じゃあ、それは金竜に丸投げしてきます!」



 恵美はそそくさと男子と共にはしゃいでいる金竜に話しかける。

 そのまま、「まとめるのはよろしくね!」と丸投げ。

 全てを任された金竜は、狼狽えた後、何事もなかったかのように誠司の方に向かった恵美を見て、顔を真っ青にさせた。

 恵美に抗議をしに行こうとする金竜。


 流石にしんどいだろうと、誠司が恵美を引きずって、金竜の方に歩いていく。

 一緒にクラスをまとめることになった。


 声をかけ始めて真っ先に集まったのは穂乃果。

 アリスは最初から近くに立っていた。

 集合しないクラスメイトは、誠司が強制的に引っ張ってくる。

 こっそり離れようとする人を、金竜がせきとめる。


 そしてやっと、全員が集合し、話を進めることができるようになった。






「うん、じゃあ勇者に戦う力を身につけてもらおう」



 それだけでは何もわからない。

 だからルイは、近くに居てもらった騎士に声をかけて、事前に準備していたものを持ってきてもらった。

 だが、数が多いため、ルイも連れてくるのを手伝う。


 騎士やルイに連れてこられたのは、緑色の肌で筋肉がないのかと思うほどにガリガリな魔物。人ではない言葉も話さない生物。

 地球から召喚された勇者にとってはファンタジーの魔物といったらでかなり最初に出てくる魔物。



「ゴブリン……」



 騎士に引っ張られて連れてこられ、ドサリと恵美たちの目の前に置かれるゴブリン。ルイが自身の隣に置いたゴブリン。

 姿はそっくりで、違いなどほとんどないように見えた。


 ゲームや絵ではアニメ調にデフォルメされ、ポップで可愛いように描かれることもあるが、実際に見るのとでは訳が違った。

 現実では、匂いも形も凹凸も、全てがわかってしまう。

 


「これから勇者たちには、こんな、人ではない魔物をたくさん倒してもらう訳なんだけど……」



 恵美たちはごくりと唾を飲み込んだ。


 ーーこれを倒すことになるのか。


 全くもってできないわけではなさそうだな。

 大抵はそう感じていた。目の前で動いているのを見て怖いと思っても、倒せないわけではなさそうだと。


 ルイは、勇者たちを見る視線を鋭くした。



「コレ、君たちは殺せる?」

「…………!!」



 指でゴブリンを差しながら、勇者に問いかけた。


 倒すと殺す。

 倒すは魔物を戦闘不能にするということ。

 殺すというのは、その魔物の命を完全に奪うということ。



「それは、どういうことですか?」



 戸惑いながら、金竜が聞いた。



「まず、君たちは魔王を倒さないといけない。だけど、倒すだけではいけない。勇者は魔王を完全に殺さないといけない。その前にもたくさん殺す場面があると思うけど、そこで殺せないと君たちが大怪我をする」



 ルイは勇者たちに説明をする。

 どうして殺すことが必要なのか。



「僕たちは殺しがいけないという場所から召喚されました」

「それが何?」



 金竜が主張するが、ルイはそれがなんなのかと聞き返した。



「……殺しは犯罪です」

「こっちの世界では最悪の場合では犯罪ではない」



 地球と異世界では、常識自体が違う。

 冷や汗を垂らしている金竜に向かって、周りでそれを見ている恵美たちに、はっきりと断言する。



「この世界は命の価値が軽い。殺さないと殺される」



 そう言いながら、ルイは、隣に置いていたゴブリンの腕を切り落とした。

 ゴブリンの腕が取れ、恵美たちの方に飛んでくる。


 地面を転がるゴブリンの腕。

 恵美たちはそこから一定以上離れようとした。


 腕を切り離されたゴブリンは、声にならない悲鳴をあげた。

 切断部分からは、紫色の血がドクドクと流れ出てくる。



「っ、何をやっているんだ!」



 ルイの方に歩いて行き、大声で金竜は聞いた。

 

 慌てて悲鳴をあげている勇者と、叫ぶ金竜を見ながら、さも当然のことのようにルイは言う。



「何って、ゴブリンの腕を切っただけ」

「傷つけるのはいけない!」

「いけなくないんだよ。魔物は倒すもの。それがこの世界の常識だ。勇者たちの世界でも、鳥とか牛とか魚とか、殺してる人がいるんだろ?」

「それとこれとは違う……」

「同じなんだよ」



 言いくるめられ、不満げな感情を抱いている金竜に、真っ青な顔をしている勇者たちに。

 ルイは改めて問いかける。



「改めて聞く。勇者たちは、コレの命を奪うことができる?」









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現時点のルイについて


前名前・白鳥 涙   現名前・ルイ=ヴァイス

死因:異世界召喚の際の異世界転移

種族:天人族(黒翼)

外見:白髪金目低身長


一言:身長は伸びなかったなぁ


 

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